みなき武具店
僕が円卓の騎士に加入し、有希の強さ知った次の日のこと。僕は足取りも軽く武道場に向かっていた。
何故かって? そんなの、円卓の騎士での活動が楽しみで仕方がないからに決まってるじゃないか。
有希の力のおかげとはいえ、バトル漫画のような闘いができるのだ。そんなの、心に少年を飼い続けている人間にドストライクなのは言うまでもないだろ?
「アーサー。今日の帰りにあなたの武器と鎧を取りに行きましょう」
そして時は飛んで練習終了後、シャワーを浴びに行こうという所で有希に呼び止められた。
「武器と鎧? そんなの頼んでたっけ?」
「なんでも、ローレンスが自分の武器を加工するようにお願いしてたらしいわ。私も母さんから聞いたんだけど、あまりの突拍子のなさに意表を突かれたもの」
あの遺言ってそういうことだったのか。ローレンスはこうなるのが分かっていたんだな。というか、やっぱり同業者だけあってご存知だったんですね。
「ねえ有希、ローレンスって何者なの? 有希なら色々と知ってるんじゃ?」
「うーん、実は私もそこまで知らないのよね。ただ不思議な人なのは確かね。『君は初恋の人と結ばれることになる。だから彼が会いに来るまで待っててほしい』って言われたし」
「僕も似たようなことを言われたよ。やっぱりローレンスは色々と知ってたんだ」
「そうみたいね。でも取り敢えず 着替えて。早くしないと風邪引くわ」
有希は僕の背中を押して更衣室へと押し込んだ。
僕が着替えを済ませて更衣室から出てくると、有希は武道場の客席で待っていた。
「おまたせ。待った?」
「それ私のセリフじゃない?」
「細かいことは気にしない。さっ、行こっか」
「オケ、じゃあ手を握って」
有希は僕に手を差し出してきた。一体、この手はどういう意図だ?
「手を繋いで、そこまで行くの?」
「そう」
ここに来てまさかの手つなぎ要請とは。こういうのって初デートとかですることじゃないのか? いきなりのことに僕はすぐに手を握れなかった。
「どうせいつかするんだから。ほら、遠慮しないの」
有希は手ずから僕の手を引き寄せる。積極的な有希の姿勢に僕はタジタジだ。
「じゃあ、行くよ」
僕の手の感触を味わった有希はそう言って歩き……出さなかった。
はらりと薔薇の花びらが舞ったかと思えば、いつの間にか知らない場所に立っていた。
「あれ?」
僕は周りを見回す。周りには剣やら鎧やらが散見されていた。おかしい。さっきまで武道場にいたはずだ。
「お邪魔しま〜す。
有希は何処についたのか把握してるらしい。来客として挨拶していた。『みなき』ってことは、ここはみなき武具店なのか?
「ねえ、有希」
「なに?」
「どうやって僕たちはここまで来たんだっけ?」
「瞬間移動だけど?」
僕の質問に、有希はなに当たり前のこと言ってんの? とばかりに答える。僕は当然の如く困惑の極みへと落ちる。何サラッととんでもないこと言ってるんです?
「アーサー。そろそろ手を離して。また帰る時に繋がせてあげるから」
有希は僕の手を視線で差しながら言った。僕はその言葉であっ、と気づいて手を離す。
「ごめん……ってまた繋いでもいいの?」
「そりゃあ、アーサーが武具を歩いて持って帰りたいってなら私は止めないけど」
「いや、それはご遠慮します」
「でしょ?」
ぬか喜びも束の間、有希の合理的な理由に僕は納得させられた。
「有希ちゃん。いらっしゃい」
奥の方から、口ひげを生やした優しそうなおじさんが出てきた。どうやらこの人がみなきのおじさんのようだ。
「こんにちは皆木さん。約束通り武具を取りにきました」
有希は深々とお辞儀して要件を告げる。
「じゃあ君が……」
「アーサー・P・ウィリアムズです。この度は武具を作っていただきありがとうございます」
僕も有希に続いて会釈し、お礼を言いながら自己紹介する。
「君がアーサーくんか。なるほど、製作した鎧の似合いそうな子だ。奥に来てくれ、武具についての感想を聞きたい」
僕たちは皆木さんに連れられて奥の鍛冶場へと入っていく。部屋には大きな布で覆われた物体があった。これが今回の目的物か。
「確認を頼むよ」
みなきさんは覆っていた布を取り払う。
布の下からは、全身を覆う白銀の鎧と肩から垂れ下がる蒼いマントが姿を見せた。
「どうかな?」
「凄いです。本当に、こんないい物を頂いてしまっていいんですか?」
「もちろん、君のために作ったモノだからね」
「ありがとうございます!」
みなきさんにお礼を言った僕は有希の反応を伺う。有希は僕が着ているのを想像しているのか、見惚れるように衣装を凝視していた。
「試着してみるかい?」
「是非! お願いします!」
皆木さんの提案に僕は即決した。なにせ断る理由が一欠片もない。
皆木さんに着込みを手伝ってもらいながら鎧に身を包む。鎧に身を通すなんて初めてだけど、皆木さんの手伝いによりすんなりと着ることができた。
しっかりとした鎧だが着心地は想像以上に軽い。有希が用意した騎士服とほとんど変わらなかった。
最後に蒼いマントを羽織る。これで完成。まごうことなき白馬の王子様だ。
「この鎧は生前、ローレンスから細かく仕様の注文を受けてね。彼の武具が不思議な素材でできてることも合わさって、加工するのにとても手間取ったよ」
みなきさんはヤレヤレといった調子で、自らの苦労を話す。
「ローレンスが言ってました。私の鎧はオリハルコンで出来てるって」
昔、ローレンスが自慢するように言っていたのを思い出す。当時はかなり嘘くさい話だと思っていたが、色々経験した今ではありそうな気がしている。
「私も聞いたよ。けど、その時は一笑に付してしまった。そんなファンタジーの物質が、この世に存在するわけないと思ってね」
「僕もそう思ってました。けど、最近色々と経験してからはあり得る気がしています」
「私もこの鎧を作った今はそんな気がしている。彼の超然的な振る舞いは、まるで啓示を受けているようだったよ」
みなきさんは遠い過去を懐かしむように、ローレンスへの印象を述べる。
「おっと、いけないいけない。君にはもう一つ、渡さなければならないモノがあるんだ」
みなきさんはここで待っててくれと付け加えて、店の奥に入っていった。
おそらくは剣だろう。鎧を着たからには剣がないとね。
さて、待ってる間に必須の確認事項をクリアしておかねば。
「有希。どうかな?」
僕は有希に感想を求める。この格好するのは10割で有希のためなのだ。彼女の満足いくデザインでなければ意味がない。
「すっごく似合ってる。……本当に、アーサーは私の白馬の王子様なんだね!」
有希は頬を染めて、120点の解答と一生忘れないであろう笑顔を見せてくれた。
「アーサーの鎧って、私の服と色が反転した感じよね」
「言われてみれば確かに。まさかローレンス、そこまで見越してこのデザインを注文したのか? もしそうなら……あっ」
まさかローレンスは、未来を見ることができるのか⁉
僕はあまりの先読みっぷりに、未来視を使ってる疑惑が噴出する。
「ねぇ有希。ローレンスってもしかして未来が見えていたりとかしたのかな?」
「私もその可能性を疑ったけど、ローレンスからはそんな様子は感じなかった。多分、未来視は持ってないと思う」
「じゃあ、どうやってローレンスはここまでの先読みをしたんだろう?」
「さあね、少なくとも今の私たちには把握しようがないわ」
「真相は闇の中ってことか」
「……そうなるわね」
なんともすっきりしないが、分からない以上はどうしようもないか。
「アーサーくん。実は少し困ったことが起きてね」
皆木さんは戻ってくると、申し訳なさそうに言った。
「どうしたんですか?」
「実は剣を持ってこようとしたときに誤って落としてしまったんだ。それで、抜こうと頑張っていたんだがどうにも抜けないんだよ」
みなきさんはそう言ってため息をついた。
「……それって剣が床に刺さった状態ってことですか?」
僕はある可能性が思い浮かんだ。もし僕の考えがあっていれば、みなきさんが落ち込む必要はないかもしれない。
「そうなんだ。ごめんよ、せっかく楽しみにしてくれていたのに」
やっぱり。
「いえ、大丈夫です。それよりも、僕にその剣を抜かせてもらってもいいですか?」
「それは構わないけど……ああ、そういうことなのか。つくづくローレンスの周りには不思議が付き纏うな。すまないがよろしく頼むよ。きっと、
僕たちは剣が刺さった場所へと通される。案内された場所には、ロングソードと思しき剣が床に深々と突き刺さっていた。
そう。これはアーサー王伝説にも登場する『選定の剣』だ。これを引き抜けるのは選ばれた者だけという、古今東西で使い古されたエピソード。
そのエピソードが今、僕の前に実態をなして存在していた。
「有希。悪いんだけど、一度この剣を抜いてみてくれないか?」
「オケ。行くよ!」
そう言った有希は剣の前に立つ。有希は僕よりも力があるはずだ。その彼女でも抜けないのならば、間違いなくこの剣は本物ということになる。
有希は剣に手を掛けて、力の限り引っ張り始めた。僕の目には、少なくともびくともしている気配はない。しかし
「有希〜、ちゃんと力入れてる?」
僕は念の為に確認をする。有希の場合、抜けるけど敢えて手を抜くとかしそうだから。
「入れてるわ! 少なくとも昨日よりも全力使ってるっつうの!」
僕の確認に有希はキレ気味に言った。
「ああ、もう! 無理!」
有希は吐き捨てるように言って剣から手を離した。僕は息を切らしている様子から、彼女が本気で抜こうとしていたことを確信する。
そして、ちょっとだけ悔しい気持ちになった。この剣のヤツ、昨日の僕よりも遥かに有希を苦戦させたんだよな……実質勝ってるし。
くそっ、今に見てろよ。すぐに引き抜いてやるからな!
「それじゃあ僕が行くよ」
「頼むわ。私の
「もちろん。そのつもりさ」
なんでか、有希と妙に熱いやりとりをした僕は剣の前に立つ。さあ剣よ。今引き抜いてやるからな。
僕はロングソードの柄に両手を掛ける。
そして、力の限り引っ張ら……なかった。
結果、剣はするりと床から抜き上げられ、その刀身が明らかになる。やっぱりか。
「ふはは! 見ろ! 私の打った剣が聖剣になったぞ!」
みなきさんは伝説の再現にテンションをぶち上げる。
「どうだい? 僕は今、伝説を再現してるぞ!」
「アーサー! そのままの姿勢キープ!」
「え? どうし──」
パシャ
有希はスマホをこちらに向けて、僕の姿を写真に収めていた。うわ、見せてほしい! 絶対絵になってるはず!
「はいオッケ! もう動いても大丈夫よ」
「有希! 撮れた写真見せてくれ!」
「私も見せてもらっても構わないかな?」
「いいけど、順番ね! 順番!」
有希は興奮する僕と、遠くから自己主張する皆木さんに対して、声を少し荒らげて言った。
有希の撮った写真をひとしきり堪能した僕たちは、冷たいお茶でクールダウンしていた。撮られた写真は、自画自賛できるほどに絵になっていたので、後日、現像して配られることになった。
「アーサーくん。早速試し斬りをしてみないか?」
冷たい麦茶をクイッと煽ったみなきさんは、冷静さを取り戻せたのか上品に言った。
「いいんですか!」
「もちろん。むしろ、君がそう言うのを待ってたぐらいだよ」
「私もその聖剣の切れ味みたいかな」
ウズウズしていたのは僕だけじゃなかったようで、有希も同意してくれた。そうして、僕たちは試し斬りをするためにお店の裏庭へと移動する。
やって来た裏庭の試し斬り場には、既にこうなることを見越してか、藁がいくつか用意してあった。
「さあ、好きに斬ってみてくれ」
皆木さんの口調から自信が溢れ落ちている。
僕は剣を鞘から抜き放ち、軽く素振りしてみる。剣の重さは丁度よく、取り回しが良かった。
何度か素振りをしてフィーリングを確認した僕は、藁の前まで行き、剣を上段に構える。
そして、全身を使って藁を袈裟斬りにした。僕の一閃を受けた藁はすざっという音を立て、綺麗に斜めに斬られていた。
これは……すごい。
僕は確かに剣を振った。しかし、その一連の流れの中で、藁に触れた感触をほとんど感じなかった。
今まで、ローレンスの剣を借りて何度か藁を斬ったことはある。けど、ここまで滑らかに斬ることができたのは初めてだった。
「すごい……! すごい斬れ味ですよこれ!」
僕ははしゃぐように剣の斬れ味に感動した。まさかここまで凄いとは!
「ありがとうございます! 大切にします!」
「ああ、是非ともそうしてくれ。手入れが必要な時はいつでも連絡してほしい」
「はい! そうします!」
僕は興奮冷めさやらぬ態度でみなきさんに返事をした。
「それで、だ。後は名前だね。実はこの剣にはまだ名前がないんだ。アーサーくん、君の好きな名前をつけてやってくれないか」
名前……か。確かにこの聖剣には、それに相応しい名前が必要だ。
僕はしばし沈思黙考する。そして、一つの結論に到達した。
「この剣の名前はエクスカリバーにします」
イギリスの伝説の王、僕の名前に由来する聖なる剣。アーサーを名乗る僕がエクスカリバーを持つことは、とても自然なことのはずだ。
「エクスカリバーか。君にピッタリの名前だ」
みなきさんは僕の案に素直に賛成してくれた。
「有希はどう思う?」
「私もいいと思うよ。これで後は剣が光れば完璧ね」
有希はナイスな提案をしながら賛成してくれた。有名な話だが、エクスカリバーは松明100本分の明かりを刀身に宿している。この剣をエクスカリバーとするなら、刀身を光らせることは必須事項になるだろう。
そして幸いにも、ブラッド・パージがあれば再現可能だったりする。もうここまで来ると偶然とは微塵も思えなくなってくるね。これは必然なんだろうな。どういう意味があるのかまではわからないけど。
「よし! それじゃあこの剣はエクスカリバーだ!」
僕は、剣を上空に掲げて高らかに宣言した。
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