剣術同好会


「僕も放課後、君の同好会に参加してもいいかな」

 ホームルームが終わったタイミングを見計らって、僕は有希に許可を取りにいった。

「いいよ。じゃあ16時半になったら武道場まで来て」

 有希はニコニコと嬉しそうに承諾し、しかして待機するように命じてきた。

「なんで?」

「ビックリさせたいから」

 有希は真人たちと同じくニヤニヤした顔になる。あれ、もしかしてこの子、けっこうサドな感じ?



 結局僕は有希の頼みを聞き、教室で宿題をして時間を潰す。

 僕は問題にペンを走らせながらも、同好会という名前から、なんとか手かがりが掴めないか模索していた。

 この学校には部活動というものが存在しない。あるのは『同好会』という名のサークルのようなもので、生徒の自主運営によって成り立っている。

 で、そこで剣術をやるとしたらやっぱりなんとか流とかになるだろうな。けど、そこにどうやって驚かせる要素がある?

「さっぱり分からん」

 僕は現状の結論を出して伸びをした。



 武道館は第一体育館の地下にある。そのため僕たちの教室から行くのであれば、体育館に一度入り、そこから階段を使って降りるのが手っ取り早い。

 約束の時間5分前になったタイミングで、僕は荷物をまとめて教室を後にしていた。

 そして体育館に向かいながら、朝に出会った子を思い出していた。名前は確か結衣だったか。彼女も剣術同好会に入ってるんだよな。

「彼女はパッと見、普通だったよな」

 僕は記憶の中の少女を思い出す。ポニーテールにしたカワイイ子(有希には勝てない)ということ以外は、取り立てて変な所はなかった。


「ここか」


 なんて考え事をしていたら、あっという間に武道場の前まで来てしまった。扉はしっかりと閉められてて中は見えない。

 この先に驚くことが待っている。それが予告されているせいか変にドキドキしていた。さて、どんな活動をしているのだろう?

 僕は息を吐いて気持ちを整えると、ゆっくりと武道場の扉を開けた。



 そして、気がつくと異世界転生していた。



 否、まるでそう錯覚してしまうほどの強烈な光景が広がっていた。

 武道場にいる生徒たちが、コスプレめいた格好をし、武道場を縦横無尽に飛び回っているのだ。さらに消えたり現れたりしながら、バトル漫画も真っ青な剣戟を繰り広げている。

「なんだ……これ?」

 僕は困惑の極みである。目の前で起こっていることがとても信じられない。

「あっ! 来ましたよ有希さん!」

 すると中から聞き覚えのある声が僕に気づく。声の先を見ると結衣さんが、壁に日本刀を突き差しながらコチラを見ていた。格好はミニスカ・ハイソックスの女剣士である。

「あの人が?」

「かっこいい!」

 彼女の声に他の人たちもコチラを見る。そして全員が空中で静止しながら、口々に僕への所感を述べている。

「どう? びっくりした?」

 すると、僕の隣から有希が嬉しそうな顔でコチラを見ている。ホントに、憎々しいぐらいにいい笑顔を浮かべている。

「それはもう……んでコレは何? VR?」

「いや現実だけど? アーサーだって吸血鬼が空を飛ぶの見たんでしょ?」

「それはそうだけど、何処から突っ込んだらいいか」

「まあまあ、まずは挨拶にいきましょ? その後に体験させてあげるから」

 有希はそう言って降りてきたメンバーに近づいていく。僕は説明が聞きたいんだけどなぁ。

「来たか」

 すると、真っ黒な格好をした奴がこちらに近づいてきた。あれ? この声聞き覚えあるぞ。

「アーサー。待ち侘びたよ」

「お前、響也か?」

 カッコつけた物言いで僕に話しかけて来たのは、昼休みにここを匂わせた響也だった。お前もここの一員だったのかよ。

「そうとも。僕もここの一員なのさ」

「じゃあ真人もいるのか?」

「いや僕だけだ。言っただろ? 『偶に』見るとって」

「そういえば言ってたな。……それでだ、教えてくれ。ここは何をしているんだ? というかどうして空を飛べる?」

「……そうだね。分かりやすく言うと、ここはバトル漫画のような剣術を楽しむことができる。然気という、不思議な力を使ってね」

 然気⁉ 吸血鬼の言ってた奴か⁉

「然気にはそんな効果があるのか?」

「そうとも。身体能力を強化し、魔法、超能力、気功といった二次元的エネルギーの源になっている。極めれば魔法使いにも超能力者にも、武道の達人にだってなれる」

 なんじゃそりゃ。なんでもアリじゃないか。

「じゃあお前も、ブラッド・パージが使えるのか?」

「なんだねそれは? なにかの呪文かい? いずれにしても、僕は自力じゃ然気を使えない」

「え? じゃあどうやって……」

「はい! それじゃあみんな集合!」

「おっと、武藤くんからの号令だ。詳しい話は彼女から聞こう」

 僕の疑問は、有希の合図によって先延ばしにされてしまった。



「それじゃあみんなに紹介するわね。彼はアーサー、これから剣術同好会の仲間になるわ」

「えっ⁉ まだなるとは言って……いや、よろしく」

「よろしくー」

 僕は一瞬ツッコミそうになったが、すぐに所属する方向に切り替えた。ここは有希が所属する同好会。しかもなんか変とは言え剣術までやれるのだから、騎士である僕が入らない理由がなかった。

「早速だけど模擬戦をしましょう。アーサー対みんなで」

「え? 大丈夫なんですか?」

 結衣さんが心配そうに尋ねる。そりゃあそう思うのも仕方ないだろう。なにせ剣術同好会は13人もいるのだ。

「大丈夫よね? アーサー?」

「うん。僕はこれでもローレンスから剣の手解きを受けてるからね」

 僕は別に強がるでもなく、事実を事実として伝えた。

「マジすか⁉ あの本物の騎士に⁉」

 円卓の騎士の一人が興奮する。やっぱりローレンスって有名なんだな。

「そうだよ。だから剣術の腕には自信がある。そう簡単に負けはしないさ」

「まあそういう訳。だからみんな準備して。私も着替えてくるから」

「え? 有希も戦うの?」

「そうだけど。なんか問題あった?」

「いや無いけど……」

 てっきりマネージャー的な役割かと。お姫様だし。

「じゃあ着替えてくるから、みんな少し待ってて。アーサー、付いてきて」

 そう言った有希は、僕を連れて準備室へと向かった。



「どうこれ! 中々いい出来だと思わない?」

 そうして差し出されたのは、白の騎士服に赤いマントという、正しく騎士という出で立ちだった。僕が思い描く白馬の王子像と一致する部分がある。

「これはすごい。でも、よくこんな精巧なモノを用意できたね」

 僕は衣装をじっくり眺めながら言った。生地から装飾、その他諸々どれを取っても、コスプレで着る衣装の域を遥かに超えているからだ。

「あなたの身長や体重は知ってたから、それを元にオーダーメイドしたのよ。素材もかなり拘って作ってるから、出来については保証するわ」

 い、色々と気になる点はあるけど、僕のために用意してくれてたという事実だけでお釣りが来る。ありがとう。

 僕は恋人からの初めての贈り物を抱き締めた。

「さ、早く着替えて。私も自分の服に着替えるから」

「ゆ、有希もここで着替えるのかい⁉」

 有希の促しに、僕はドキマキしてしまう。

「大丈夫。そんなわけないから。朝も言ったけど盛りすぎ」

 有希は辛辣な物言いで却下する。僕はその発言にホッとすると同時にとても残念な気持ちになった。

 そして有希は、軽く睨むような顔で準備室から出ていった。

 普通の人なら軽く流しそうな所をしっかり返答するあたり、有希が恥ずかしがり屋なのは間違いなさそうだな。


 ん? ちょっと待てよ。それにしては朝のアレは用意が良すぎた気がするな。まるで最初から分かっていたみたいな……


 僕は朝の有希を思い出す。僕と椿さんの動きを察知して動くには、準備がよすぎた気がしないこともない。


 なんてな、椿さん分かりやすい人だし予測可能だろ。


 僕は自分の脳内にツッコミを入れながら、制服のベルトに手をかけた。



 騎士服はジャストサイズなこともありすんなりと着ることができた。着心地も素材がいいだけに抜群に良い。有希が拘ったというのも納得だ。

 着替え終わると備え付けてある鏡で自分の姿を確認する。準備室の鏡は小さいので全容を把握することはできないが、間違いなく白馬の王子様になっていた。

 次に腰に差す予定の剣を見る。さっきから気になって何度も確認しているが、どう見ても真剣にしか見えない。僕にはローレンスの剣を手入れしてきた経験があり、剣の真贋の見分けはつけられる自負がある。その目から見ても、これは真剣だと訴えかけていた。

 まあ後で聞けばいいか。今はそれよりも重要なことがある。


 早く有希の衣装を鑑賞しなくては。

 それから有希にこの衣装を褒められたい。カッコイイって言われたい。


 僕は脳内で有希の褒め言葉を妄想しながら武道場に戻る。しかし辺りを見渡しても有希の姿は見当たらなかった。まだ着替え終わっていないようだ。

 僕は期待したものが見れず肩を落とす。

 仕方ないので他メンバーの衣装を物色しようと思ったけど、それもそのほとんどが女子のため見るのは憚られた。それでも、チラッと見るだけでもよく作り込まれているのが分かる。あれらの衣装も、職人の腕を持って作られたようだ。

 衣装をチラチラと物色するうち、何人かが視線に気づいたようだ。そして向こうも同様に、僕の格好について評論を始めたようである。

 自慢じゃないけど似合ってるはずだ。きっと高評価を貰えてるだろう。



「おまたせ!」

 しばらく寸評会のモデルになっていると有希が元気な声とともに戻ってきた。僕は期待感の現れから、その声に反射的に振り返った。

「おお、これは……」

 僕は、有希の独特ながらもカッコいい格好に心を射抜かれる。

 有希は黒い和服に身を包み、その下も同色の袴を履いていた。その袴は僅かに長さが短くなっていることから、おそらく外ではブーツを履くのだろう。所謂ハイカラと呼ばれる和服の着こなしである。

 有希はさらにその上に、赤黒いレザーコートを身に着けていた。これが中々に禍々しいのだが、却ってソレがいい。黒い和服と違和感なく混ざり合っている。

「どう? 似合ってる?」

 有希は自信満々に感想を求めてくる。有希としても、この格好はお気に入りのようだ。

「似合ってる。制服の時はかわいかったけど、今はかっこいい」

「へへぇ、やった!」

 僕が正直な感想を言うと、有希は嬉しそうに笑う。訂正、やっぱかわいい。

「僕の格好はどう?」

 僕は有希に褒めてもらおうと、ポーズを取って見せびらかす。

「とっても似合ってる。やはり私の目に狂いはなかった」

 有希はドヤ顔でフフンと胸を張った。かわいい。



「よし、じゃあ始めましょうか」

 そして数分後、僕の目の前には円卓の騎士がズラっと並んでいた。様々な格好をしているが、みんな一様に剣を構えて臨戦態勢になっている。

 僕も剣を構えようかと思ったが

「ところでこの剣だけどさ……」

 その前に、どうしても気になることを尋ねた。

「どう見ても真剣だよね。これ」

「そうだけど? もしかして真剣使ったことなかった?」

 有希はなんか、変にズレた心配をしてくる。

「いやいや、使ったことはあるよ! そうじゃなくて! 真剣を使って戦うのは危なくないかな!」

「大丈夫、許可は得てるし。バフも配るし」

 観客席で眺めていた有希がそう言うと、僕達に両手をかざすように広げた。

 すると次の瞬間。僕は底から力が湧いてくるような感覚を感じ取った。

「なんだこれ?」

「そういえば言ってなかったっけ? 私が然気を配れるの」

 有希は伸ばした手を下ろし、うっかり忘れてたとばかりに言った。まさか、響也が言ってたのって⁉

「ではスタート!」

 有希の合図によってバトルはスタートした。



 僕に向かって、一斉に同好会のメンバーが迫ってくる。持ってるのは正真正銘の武器だというのにどうして誰も怯まないのか? 流石の僕も、有事でもないのに凶器を振り回すのには躊躇いがある。


 仕方ない。ここはできるだけ剣の平で叩くようにしよう。


 向かってくる少女たちの動きは、バフのおかげがとにかく俊敏だ。およそ通常の人類では目で追うことすらできない速さといっていいだろう。


 だが、伊達に本物の騎士の下で修行してきたわけじゃない。そう簡単に負けてたまるか。


 円卓の騎士たちの武器はどれも多種多様で個性に溢れていた。日本刀やサーベルなどのよくあるモノから、軍刀に斧剣などの変わり種、そして両剣といったロマン武器まである。これは凌ぐのは少し面倒だ。

 僕は剣で騎士たちの一太刀を受け止め、躱し、そうして作った隙に丁寧に一太刀を浴びせいく。

 何人かに攻撃を当てていく中で、僕は自分の身体が強化されていることを実感した。自分でも信じられないほどに身体が軽い。素早い動きやトリッキーな動き、予期せぬ不意打ちにも容易に対応することができる。

 しかも、僅かに攻撃が当たっても痛くも痒くもない。これは『ブラッド・パージ』を使ったときと同じ感覚だ。


 確かに、これなら真剣を振り回しても大丈夫かもしれない。


 僕はそれを確かめるべく、円卓の騎士の一人の攻撃を敢えて腕で受けた。もしバフが効いてないなら、僕の腕は斬り口を境に泣き別れることになる。

 しかし予想通り、腕が斬り裂かれることはなかった。そればかりか痛みもない。よし、これなら遠慮なく振り回していけるぞ。

 勢いに乗った僕は、向かってきた騎士を一太刀で吹き飛ばした。すごい、まるで無双ゲームじゃないか!

 大半は、今の一撃をモロに食らってダウンしていた。けどすぐに起き上がるのでダメージはない様子。

 そして残っているのは、今の一撃を凌ぎきった2人。奇しくも結衣さんと響也という、僕が見知った人間だった。

「流石は有希さんが選んだ人です。でも、負けません!」

「よし、ここからは一対一だ! 僕が揉んでやる!」

 僕は結衣さんに応える。それを合図に試合が始まった。

 お互いが向かい合った状態で、集中力を充実させていく。

 そして次の瞬間には、剣と刀のかち合う音が火花と共に響いていた。瞬時に動いた僕たちが、互いに鋭い一撃を見舞ったのだ。


 この子、強い!


 一太刀で分かる。彼女の腕は生半可じゃない。明らかに長年剣を振ってきている太刀筋だ。

 だが動じはしない。僕はこれまで何度もローレンスと試合をしてきたのだ。その道うん十年のベテランに比べれば、大したものではない。

 鍔迫り合いから押し返して距離を取る。そして、間髪入れずに再び間合いに入りこんだ。

 一足一刀の間合いの中で剣戟を交える。その速さは凄まじく、剣から飛びる火花だけが僕たちの居場所を教えていた。

 打ち合っているとよく分かる。彼女の剣には華があった。僕の剣が愚鉄から鍛えられた錬鉄なら、彼女の剣は生まれながらに美しい花だ。完成された刀の軌道は、まるで舞っているようにすら感じる。

 僕は彼女との間合いを一旦離し、頭の中で次なる一手を組み立てていく。

 彼女の剣は天才のそれだ。このまま腕を磨いていけば、いずれ僕でも敵わなくなるだろう。

 だが今の実力なら勝機はある。隙があるほど彼女の剣は未熟ではないが対応は可能だ。

 僕は剣を正眼に据え、結衣さんが動くより早く次なる一手を撃ちにいった。

 結衣さんは刀で受け止める。よし、狙い通りだ。僕はそこから反撃を許さぬように、絶え間なく太刀を浴びせていく。

 攻撃は最大の防御。泥臭いと思われるかもしれないが、西洋剣術の代名詞力押しだ。

 結衣さんは僕の攻勢に耐えかねたのか、距離を取ろうとバックステップで後退する。そうはさせない。

 僕は瞬時に間合いを詰めて、続けざまに攻撃を仕掛けていく。

 僕の猛攻に対して、結衣さんは徐々に焦りのようなものを見せ始めていた。なるほど、まだその域には至っていないのか。

 焦る姿から彼女の弱点を推測する。おそらく、結衣さんは明鏡止水の境地に達していない。

 剣を極めるにおいて腕が良いだけではダメなのだ。精神こころを乱さず、常に一定でなくてはならない。


「……!」


 だから僕は、剣を大きく振り上げて隙を作った。

 突然の猛攻が晴れ、大ぶりになった僕に結衣さんは飛びつく。きっと彼女自身も、これが罠だと気づいたはずだ。

 しかし、気づいた所でもう遅い。僕は彼女の水平斬りを剣で抑えつけ、そのまま流れるように剣を滑らせ、結衣さんの胴を打った。

 これで残るは響也一人。



「負けてしまいました」

 僕に胴を斬られた結衣さんは残念そうに顔を落とす。

「いい勝負だった。後はその腕に精神さえ付いてくれば、僕も勝てなくなるだろうね」

 実際、精神面に差がなければ負けていた可能性は十分にあった。

「それ有希さんにも言われました。やっぱり分かるもんなんですか」

「ん? 有希もそういうの分かるのか?」

「? 有希さんなら当然じゃないですか」

 僕達はお互いハテナマークを浮かべる。なんだろう、この話の噛み合わなさ。何か重大な前提を見落としてるようなこの感じ。

「有希だったら当然とはどういう?」

「え、知らないんですか⁉ 有希さんから聞いてない?」

「聞いてないです」

 僕は結衣さんの迫力に圧されてつい敬語になる。

「有希さんは小さい頃から屍人狩りをしてる生粋の剣士なんです! その強さは人類最強と言ってもいいぐらい! 私はそんな有希さんに憧れて、この剣術同好会を作って貰ったんです!」


 有希が……人類最強? あのあざといぐらいにかわいい少女が?


 結衣さんの興奮気味な語りは、本当に憧れてるって感じだった。なるほど、確かに有希は尊敬されている。それが分かったのはよかった。

 けど、僕はここ最近で1番ダメージを受けた気がする。守る対象のお姫様が、まさか人類最強とか考えもしなかったからだ。

「響也先輩の後に有希さんとも戦って見てください! 百聞は一見にしかずです!」

「いいね、私もアーサーと闘ってみたいな」

 有希は座った姿勢のまま頬杖を付いていた。その仕草から強者の風格を感じ取る。コレは更かしでもなんでもない。本当に有希は強いぞ。

「なるほど。確かに嘘ではなさそうだね」

 僕は実際に戦って確かめるしかないと決心する。そして、そのためにもまずは

「響也、試合を始めるぞ!」

 僕は響也に呼びかけた。まずは、響也に勝ってこの模擬戦を終わらせる。話はそれからだ。

「ようやく準備が整ったようだね。こちらはいつでも準備万端だ」

「さあ、やろう!」

 かくして、僕と響也の戦いが始まった。



 僕の声が響也に届く頃には、互いの得物が火花を散らしていた。

 僕はやろうといった瞬間には踏み込んでいた。先手で攻撃し、すぐにでも決着を付けるためだ。

 しかしそう上手くはいかない。響也は腰に差した二本の刀で僕の動きに対応してきた。

 そしてそのまま剣戟に突入していく。響也の振るう二本の刀は、どちらも美しい漆の艶を出していた。

「響也は黒が好きだな」

「そういう君は白が好きなんだろ?」

「その通り!」

 僕は響也を上空へと跳ね上げる。響也は天井に叩きつけられそうになるも、回転で勢いを殺しながら天井に着地した。そのまま天井を足場にして鋭く降下してくる。

 僕は響也の落下に合わせて跳び上がり、空中で迎え撃った。一撃を交え、天地を入れ替えた僕たちは、武道場を縦横無尽に動いて攻防を繰り広げていく。

 そうして打ち合いを続ける中で見えてきたことがある。

 彼の太刀筋は僕に似ていた。凡人が必死に鍛えた剣。彼に経験値があれば、僕といいライバルになるだろう。

 が、それはあくまで仮定の話だ。今の実力ならば僕の方が強い。時間は掛かるが、僕が勝つのは間違いない。

 でもそれではダメだ。今は彼との戦いを楽しむ気はない。


 しばらく打ち合いが続き、僕と響也は地面に着地する。


僕たちの身体には無数の傷ができていた。僅かに血も滲み始めている。

「まったく二人して熱くなって! 後で治すこっちの身にもなってよ!」

 耳の端に有希が文句をつけるのが聞こえる。心配しないでほしい。すぐに決着をつけるから。

「響也。このままだと、僕たちの戦いはジリ貧だ。だから次でケリをつけたいと思う!」

 僕は誘いをかけるように響也に宣言する。さあ、乗ってこい!

「ほう、どうするんだ?」

 響也は狙い通りに尋ねてきた。よし、勝った!

「こうするのさ」

 僕は勝ちを確信するようにニヤリと笑う。


「ブラッド・パージ!」


 僕が呪文を述べた次の瞬間、身体からはあの時のように光が発せられた。そして全身を包み込んだ光は、熱となって剣に集約されていく。エネルギーを纏った刀身は金色の輝きを放っていた。

「それが君の力! まるで聖剣だ!」

 響也は興奮するように叫ぶ。

「これで決める!」

 そう叫んだ僕は一気に響也へと詰め寄り、ありったけを込めて一撃を放った。ギリギリで攻撃を受け止めた響也は、耐えきれずに床を擦って後退する。

「凄まじい……なんて重い一撃だ」

 響也は受け止めた一撃に感嘆する。だがまだ諦めた訳ではないようだ。


 なら畳み掛ける!


 僕は響也を完膚なきまでに倒すため、連続で攻撃を仕掛けていく。悪いな響也、今度じっくり剣を交えよう。

 響也は二刀を盾のようにして攻撃を防ぐが、僕の猛攻に反撃することは不可能だった。

 やがて僕の連続攻撃も防きれなくなり、武道場の端へと追い詰められる。

 そして、それを嫌った響也は逃げるように空中へと跳んだ。

「……トドメだ!」

 僕はそれに瞬時に追いつき、追い抜いて上空から強烈な一撃を叩き込んだ。

 それをまともに受けた響也は、地面へと叩き落とされる。

 こうして、模擬戦は僕の全勝で幕を閉じた。



 僕と響也の戦いに決着がつくと、武道場からは歓声が起こった。

「すごい! なんですか今の!」

 中でも結衣さんは興奮するように叫んでいた。

 僕の攻撃を食らった響也は地面に激突し動かない。耐えられる程度に攻撃したつもりだったんだが、大丈夫だろうか。

「よっと」

 響也は僕の心配を払拭するように跳ね起き、外れた眼鏡を掛け直した。そして、上空から戻ってきた僕に対して

「なるほど、武藤くんの然気に自分の然気を掛け合わせたのか。実におもしろい」

 と興味深そうに頷いていた。

「僕の敗北だ。地力に明確な差があったね」

 響也は爽やかに敗北を認めると、握手を求めてきた。

「その握手は受け取れない。僕は有希と戦いたくって楽しむことができなかった」

「なら、コレは再戦の握手としようか」

「上手いこと言いやがる」

 僕は降参だと響也の手を握った。



「僕の剣。どうだったかな? 屍人狩りになっても大丈夫だろうか?」

 僕は有希に自分の剣技について感想を求める。屍人狩りになるのはもう少し先だと思うけど、先達がいるのなら意見を聞いておきたい。

「予想以上だった。これなら、屍人狩りになっても大丈夫」

「よかった。足手まといにはならなさそうだね」

 僕はお褒めの言葉に安堵する。どうやら最低限の実力はあるらしい。

「じゃあ今度から一緒に仕事しましょうか。まずは私の補助に着いて現場の空気を体感しましょう」

「僕一人だと流石に力不足かな? できれば君にはあんまり戦ってほしくないんだけど」

「これから戦えば分かると思うけど、私は強いよ? だからアーサーが補助の方が私の安全は確保できると思う。なにより、それだとアーサーに万一があったら助けられないでしょ?」

 確かに有希の指摘は最もだ。『ブラッド・パージ』を使った後は疲労困憊になる。もし途中で切れでもしたら……

「それにしても、ローレンスも人が悪いな。こんな力があるなら教えてくれればよかったのに」

「それで気になったんだけど『ブラッド・パージ』ってなんなの? 然気はその道の達人なら自然に使えるようになるから、そういう呪文はいらないはずだけど」

 有希は疑問を問いながら、同時にキツイ事実を開かしてくる。なら使えない僕はまだその域に至ってないってことなのか? じゃあ『ブラッド・パージ』はそんな僕の救済措置?

「分からない。僕も脳内に響いた声に従っただけなんだ」

 僕はメンタルにダメージを受けながらも、平素を保って質問に応える。

「脳内に響いた声?」

「そう、襲われてるときに聞こえてきたんだ」

「私はそんな声聞いたことないなぁ。まあ、そのお陰で然気が使えるんだしいいんじゃない?」

 有希はポジティブな考えを提供してくれる。その通りだ。役に立たずに足手まといになるより何倍もいい。



「それじゃあ有希、お手合わせ願えるかな」

 気を持ち直した僕は、改めて有希にお願いする。

「いいよ。最初から全力で来て」

「それって君のバフ込みの話?」

「もちろん。普段は私も一緒に屍人狩りに行くから、バフは常に掛けられると思うし」

「あのときの僕はかなり強いと思うけど、それでも大丈夫なの?」

「うん。余裕だと思う」

 すごい自信だ。けど、自信に溢れた有希はとてもカッコいいな。これはこれで悪くない。

「なら、僕も手加減できないな」

「アーサーの全力、私に見せて」

 その言葉を最後に、僕たちは武道場の中央に移動する。武道場は静寂に包まれていた。円卓の騎士が僕らを見守っている。

 有希が右腰に差した刀を左手で抜き放つ。どうやら有希は左利きらしい。

 そのまま刀を下段に構えて臨戦態勢に入る。構えを取る有希の瞳は、寒くなりそうなほどに冷徹になっていた。円卓の騎士たちとは比べ物にならない威圧感を感じる。

 僕は威圧感を押し退けるように剣を抜いた。そして標準を合わせるように有希へと向ける。まさか、お姫様に剣を向けることになるなんてな。

「行くよ!」

 僕の声を合図に、有希との戦いが始まった。



「ブラッド・パージ!」

 僕は呪文を唱える。それに伴って一気に光が全身を駆け巡った。そして、刀身へと集約していく。

 有希はその一部始終を眉一つ動かさずに見ている。有希から動く気配はない。明らかに待ちの態勢だ。

 そう確信した僕は、強く地面を蹴って有希の間合いに踏み込んでいく。その速さは閃光といっても過言ではない。

 僕はそのまま、流れるように袈裟斬りを繰り出す。まずは手始め、様子を──え?


 一瞬、確かにだが閃光が奔った気がした。気がしただけで見間違いかもしれない。

 でもそう思ったときには、僕の攻撃は弾かれてしまっていた。有希が、刀を振り上げて払い除けた……らしい。


 今……まったく攻撃が見えなかった。


 僕は有希の桁違いの速さに驚愕する。有希の剣の、その始動から閉止までまったく目視できなかったのだ。

 強化された目を持ってしてもである。まるで過程を置き去りに、結果だけを発生させたかのようだ。その一太刀で明確な差を突き付けられる。

「まだまだぁ!」

 僕は負けじと連続で剣を振るっていく。その一太刀一太刀は目にも止まらぬ早さのはずだ。しかし、有希は飄々と躱し、もしくは振り払うように剣で弾いていく。

 そして、有希の強力な一振りで僕は強制的に後退させられる。その一振りは単純でゆっくりだが、その威力は竜巻が飛んでくるように強力だった。どれだけ防いでも威力を殺しきれない。

 そんなやりとりを、手を変え品を変え何度も繰り返した。回り込んだり、フェイントを入れたりと工夫を凝らすが、有希を後退させることすらできない。

「今度はこっちから行くから」

 僕がその言葉を聞き終わる頃には、有希は間合いに潜入してきていた。

 有希の一撃にギリギリで防ぐ。いや、有希は間合いに入ってから攻撃速度を緩めていた。同じ速度で攻撃を加えられていたら、僕は防げていなかった。

 有希はそんな一撃を、まるでゲームの弱攻撃のように連続でしかけてくる。僕にとって必殺技の威力を持つそれは、瞬く間に僕を防戦一方に追いやってしまった。

「はあ……はあ……」

 有希の一撃は僕の体力を根こそぎ奪う。一撃の衝撃で体力がごっそり持っていかれる。

 そんな凶悪な威力を持つくせに、一つ一つの動きは研ぎ澄まされ芸術の域にあった。美麗な太刀筋に見惚れてしまう。

 さらに太刀筋と共に舞う真紅の花弁。どういう原理で出ているのか分からないが、これが有希の動きにさらなる彩りを与えていた。


 歯が立たない。何もかもが別次元だ。


 僕は圧倒的な実力差に確信する。有希は結衣さん以上の才能を持ち、さらにそれを限界以上に極めていた。

「ははは、すごい! 言葉もないよ!」

 僕は有希の新たな一面に歓喜する。かわいいだけじゃなく、強くてかっこよくて美しいなんて!

「けど、せめて一矢報いたい!」

 僕がそう決心し剣を頭上に掲げた。すると、剣に宿った光が巨大な剣となり限界まで伸びていく。

「即席で考えた必殺技! その名も!」

 僕は大剣を振り下ろす。


「聖なる裁断!」


 剣は巨大故にゆっくりに見えるが、その実もの凄い速さで有希に迫っていく。普通の人間ならば一溜まりもないはずだ。

 だが有希なら凌いでくれる。僕はそう信じていた。


ついの居合・炎華えんか


 僕の耳に冷淡な声が響く。その先には、居合の構えを取った有希がいた。

 すると次の瞬間、武道場に凄まじい爆発が起こる。その爆発から出た赤黒い炎によって、僕の大剣は燃やし尽くされた。



「アーサー、大丈夫?」

 有希は僕に手を差し伸べて問いかける。

「うん。それよりも武道場は大丈夫かな?」

「平気平気。然気で強化してたからまったく問題ないわ」

 有希はあっけらかんと返す。すごいや、僕と戦いながらそこまでしてるなんて。

「有希、君は本当に強いな。確かに、ここまで強いなら僕が補助の方がよさそうだね」

「でもいいの? 白馬の王子様としてのニュアンスは変わってしまうけど」

「ははは、そうだね。でもそれは追々探していけばいいかな。今はただ、君の新たな一面が知れてよかったと思うよ」

「アーサー……」

「顔、赤くなってるよ」

「うっさい! 指摘してくんな!」

 僕は有希の顔を見て安堵する。確かに有希は強いけど、だからといって今までの印象が変わるわけじゃない。

「ほら! 手ぇ貸してあげるから」

 有希は照れた顔をしながらも、僕を起こそうと手を伸ばしてくれた。

 しかし、僕は伸ばされた手を掴もうとするも、全身から力が抜けてまともに立てない。

「ダメだ。全然力が入らない」

「みたいね。ひとまず、アーサーは力を使ってもへばらない体力をつける必要がありそう」

「そうだね。1つよろしくできるかな?」

「もちろん。この剣術同好会の顧問として、手抜かりなくやらせてもらうわ」

 僕に肩を貸しながら宣言する有希は、とても頼もしかった。

 コレは有希が同性に人気があるのも納得できるね。


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