武藤有希という少女への見解


 かくして、僕は有希の家で居候することになった。

 それからと言うもの、物事はトントン拍子に進んでいく。


 僕が食事中に吸血鬼のことについて話し終わると、今度は僕の部屋についての話になった。

 その結果、僕が寝かされていた部屋はそのまま僕の部屋になることが決まり、元の家にあった荷物はその日のうちに運び込まれることになった。さらに家具・家電も要望に沿ったものが用意してあるとのこと。ローレンスが予期してたにしても手際がよすぎないか?

 そして部屋の準備がされている間、僕はお義母さんと家の設備を見て回っていた。家の内装はどれも高級品が使われておりとても素晴らしい。中でもお風呂が素晴らしく、露天風呂にサウナ、ジェットバスなど、およそ一般家庭ではお目にかかれない物が設置されていた。お義母さん曰く『プールの代わり』らしい。

 その次に、家の外観についても見て回った。美修院高校が貴族の屋敷なのに対して、こちらは白亜の城といった様子だった。これはお義父さんが結婚した際に、お義母さんに相応しい家にしようとリフォームした結果なのだとか。結果、僕や有希が済むに相応しくなってるんだから、お義父さんには感謝するしかない。


 さらに、この家には地下室まであった。


 中に入ると医療器具のようなモノが大量に配備されており、病院の集中治療室を思わせる施設になっていた。おそらく、明美さんの研究施設なのだろう。

 何を研究してるかは教えてくれなかった。いずれ時期がくれば教えるということだけど、一体どういうことだろう?

 そうして僕の部屋へ戻ると、中は見事なまでに整理されていた。

 しかも、家具の配置が僕のイメージまんまである。誰にもリクエストしてないのに、一体どうやってここまで完璧に仕上げたんだ?

 ちなみにこの用意をしたのは、前川さんと椿さん、そして有希の3人だったらしい。やっぱりどう考えても仕事量がおかしい。

 僕は部屋の前で控えていた前川さんに声をかける。

「何かご不満な点がございましたか?」

「いえ、完璧な仕事です。だから聞きたいんです。一体どうやってここまでの速さで仕事をしたのですか?」

「ふふっ。それはひとえに愛ですよ。旦那様」

 前川さんはそれだけ言うと踵を返して去っていった。

 愛……か。確かにそれなら納得できる。今日はそのおかげで僕は死なずに済んだのだ。きっかけは誰かさんの声だったけど。

 そういえば、あの声は一体なんだったんだろう? あの時は確かに聞こえたのに、今はまったくもって聞こえてこない。まあ今度聞こえてきたら聞けばいいか。少なくとも悪い奴じゃないだろうし。

 僕は有希たちが整えた部屋に戻ると、寝かしてもらっていたベッドに改めて横たわる。

「今日は色々なことがあったなぁ……」

 僕は今日の、正確には数時間前のことを思い出す。いきなり現れた吸血鬼にお姫様との出会い。そして居候生活と、この短時間で環境が目まぐるしく変化した。

「とりあえず、まずは有希について知っていかないとな」

 恋人になっておいてアレだが、僕は有希のことをよく知らない。有希に限って僕と相性悪いってことはないだろうが、とにかく有希のことを少しでも知りたいのが本音だった。

「よし、明日はクラスメイトに有希について聞いてみよう」

 僕はそう決心すると瞼を閉じる。実を言えば、目覚めてからずっとヘトヘトだったのだ。有希と出会ってテンションがおかしくなったから気づかなかったが、こと落ち着いてくると一気に疲れがぶり返してきた。

 そうして僕は、心地よいベッドの上で微睡みに沈んだ。きっと、今日は有希の夢を見ることはないだろう。



 そして次の日。

「おっはようございま〜す! ご主人様!」

 僕の朝は、椿さんのハイテンションな声と共に始まった。

「おはようございます。朝からテンション高いですね」

 僕は椿さんに挨拶を返す。そのニュアンスに若干の呆れが入っているのはご容赦いただきたい所だ。

「そりゃあ推しに恋人ができた記念すべき日だからね! テンションだって高くなるってもんよ!」

 現在時刻は朝の6時半。僕は朝に強い方とはいえ、初っ端からこのテンションは中々に重たかった。

「正確に言えばそれは昨日じゃないですか?」

「細かいことは気にしない!」

 僕の指摘に、椿さんはビシッと指を差して跳ね除けた。面倒だからもうそれでいいや。

「それで? わざわざ朝起こしに来た理由はなんですか?」

 僕は起こしに来たことへの抗議も込めて尋ねる。本来、僕が目覚まし時計で設定していた起床時間は7時なのだ。

「決まってるじゃない! 有希の部屋に行くのよ!」

 僕はその発言に思わず「はい?」と声が出た。

「ごめんなさい。どうしてそうなるのかまったく分かりません」

 要領を得ない僕に椿さんはやれやれと首を振る。

「まったくアンタってばとろいわねぇ。せっかく同じ家に住んでるんだから、ここは一つ、目覚めのキッスでもかますのが礼儀ってもんでしょ」


 ⁉


 僕はその言葉に一気に意識が覚醒した。

「いったい何を言ってるんですか! そんなのセクハラじゃないですか!」

 僕は有希との関係を築き始めたばかりなのだ。いきなり壊すようなことはしたくない。仮にするとしても、寝込みを襲うようなマネは騎士の名に恥じる行為だ。到底受け入れられない。

「あんた優男に見えて頭固いわねぇ。いい? アンタ有希の恋人でしょ? なら、ほんの少しオイタしたって許してくれるわよ!」

 それに対して椿さんは大丈夫と太鼓判を押す。

「でもそれは……」

 僕は尚も渋る。これで乗り気になれるほど僕は手慣れていない。

 すると、椿さんは「仕方ないわね」と言って僕の耳元に顔を近づけてきた!

「えっ、ちょっ!」

 免疫のない僕は、女性が至近距離に近づいてきたことに動揺する。

「それに、もしかしたら有希のあられもない姿が見れるかもしれないわよ……」

 椿さんは僕にささやくように耳打ちする。『有希のあられもない姿』というのはとても魅力的だ。それを見れるならばする価値はあるかもしれない。いや、だが、しかし……

「そ、それでもまだするべきでは……」

 僕の自制心は、有希のあられもない姿にも耐え凌いだ。

 そんな僕に椿さんはチッと舌打ちして

「ええいこのウブガキが!」

「えっ、ちょっ、待っ!」

 僕は椿さんに腕を強引に引っ張られ、有希の部屋へと連れて行かれた。



 そうして、僕は椿さんと共に有希の部屋の前に立っている。


"有希"


 ドアに掛けられた木の板にはシンプルにそう書かれていた。

 僕は心臓をバクバクと高鳴らせている。緊張度で言えば、昨日の吸血鬼との一件に匹敵するほどだ。


 こ、この先に有希のあられもない姿が……


 その姿を想像して生唾を飲み込む。

「さ、開けるわよ」

「っ……」

 僕は息を飲み、ドアの先に目を凝らす。するとそこには────


「おはよう」


 ばっちり制服に着替えた有希が、いい笑顔で待っていた。

 僕と椿さんはその笑顔に身の毛がよだつ。有希の表情は笑ってはいるものの、感情的には怒っているのが手に取るように分かったからだ。

「さて、ノックもなしに入ってきた不届き者の言い分を聞かせて貰いましょうか」

 有希はますますいい笑顔になる。それに比例して僕と椿の顔はみるみる青ざめていった。

「あ、いや、これは……」

 僕はしどろもどろになってまともに返答できない。有希の笑顔は、昨日の吸血鬼より遥かに死の危険性を匂わせていた。

「ね、ねぇ有希。今からパジャマに着替えて二度寝する気はない?」

 椿さんは青ざめながらも未だに諦めていないようだ。

「椿。私がアナタの企みに気づいてないと思って?」

 有希は椿さんを見据える。その顔は相変わらず笑ってはいるものの殺意むんむんだ。

 椿さんは有希の言葉に「うっ、うっ」とジリジリと有希に追い詰められ、そして

「すんませんした!」

 勢いよく土下座を敢行した。



 現在、無断での侵入を図ろうとした僕と椿さんは、有希の部屋で正座をさせられている。

「さて、改めて何をしに来たのか、椿から聞かせて貰おうかしら」

 有希はさっきまでの笑顔の代わりに、怒った顔で椿さんに説明を求めていた。

「いや〜ほらせっかく推しに彼氏ができたわけですし、何かしらイベントの一つも起こしたいなぁと思いまして」

 椿さんは言い訳がましく動機を述べていく。

「ふーんなるほど、それでアーサーをここまで連れて来たと」

「イエス・マム。その通りでございます」

 椿さんは先ほどまでの勢いは何処へやら、すっかり萎縮してしまっている。その姿は丸まった猫のようだ。

「で、アーサーはそれに乗っかった。そういう訳ね」

「は、はい。そういうことになります」

 僕は有希の刺す視線に思わず目を背けた。自分もほんのちょっぴり期待していた手前、有希の不興を買う結果に罪悪感がある。

「まったく、朝から2人ともはしゃぎすぎ。こういうのはさ、もう少し親密度が上がってから起こるモノでしょ? ……2人のせいで早起きしなきゃいけなかったじゃない」

 そう言った有希は軽く欠伸をかきながら

「それで、何か言うことはないわけ?」

 紅く輝く瞳で僕たちを睨みつけた。

「「す、すみませんでした……」」

 僕と椿さんは息を合わせて謝罪した。



 僕と椿さんが有希に怒られたあと、朝食の時間になった。

 朝食の席にはお義母さん、有希と武藤家の住人に、居候の明美さん、執事の前川さん、メイドの椿さんも席についていた。

 出された食事は洋風のフレンチでありとても絶品だった。そのあまりの美味しさに、僕は朝からガッツリとおかわりをしてしまうほどだ。

「これスゴく美味しい。誰が作ったんですか?」

「作ったのはわ・た・し。料理の腕にはちょっとばかし自信があるのよねぇ」

 僕の問いに対して答えを返したのは、さっきまで一緒に怒られていた椿さんだった。

「椿ちゃんは料理作らせたら右に出る者なしだからね。私も初めて食べたとき、あまりの美味しさにびっくりしたもの」

 椿さんの料理を亜美さんが絶賛する。それに追々して有希や前川さんも頷いた。

 しかし、僕は少し複雑な気持ちになる。さっきまで一緒に有希の部屋で正座していた椿さんが、実はこんなに優秀だということを素直に受け入れられなかったのだ。



 食事を終えると僕たちは、前川さんの運転のもと車に乗って学校へ向かっていた。

 乗っているのはトヨタのセンチュリー。日本の要人のみ乗ることが許される高級車だ。流石というか乗り心地はすごくいい。

 さらにガレージにはNSXまで停まっていた。セダンとスポーツカー、2つのジャンルの最高級車を所持してるなんて、やっぱり武藤家はお金持ちなんだな。

 そんなセンチュリーは学校の上り坂をスルスルと登っていた。僕は後部座席の窓から、汗を流して坂を登る生徒の姿を眺める。僕も昨日まではあそこにいたんだよなと、改めて自分の環境の変化を実感した。

 僕たちを乗せたセンチュリーは、家からだいたい15分くらいで校舎に到着した。

 車から降りると僕たちは強い日差しと熱気に晒される。モワッとした空気は、僕たちの不快指数を瞬く間に押し上げた。

 僕たちは暑い外から逃れるため、急いで玄関へと向かう。

「武藤先輩! おはようございます。身体はもういいんですか?」

 下駄箱に入り、上履きに履き替えていると後ろから声を掛けられる。

 有希が1年と思われるポニーテールの子から挨拶を受けていた。

「おはよう結衣さん。身体の方は嘘みたいに元気になっちゃった」

 有希は笑顔で結衣さんに挨拶を返す。

「それはよかった! 今日は同好会来れそうですか?」

「もちろん。ビシバシ行くから期待しててね」

「はい! お願いします!」

 結衣さんは明るく元気に返事を返す。その笑顔から、心の底から楽しみしてるであろうことが伺えた。

「ところでそちらは?」

 結衣さんは僕の方に視線を移し質問する。

「彼? 彼はアーサー。訳あって一緒に登校してきたの」

「い、一緒に登校⁉ 一体どんな理由があってそんなことに⁉」

 『一緒に登校』という言葉に結衣さんは顔を赤くする。そして、ズズイと顔を近づけて有希に質問した。一体どんな想像をしたのだろう? 純真な少女の内面が気になる僕だった。

 有希はそれに少し困ったように

「詳しい話は放課後に、ね?」

 と結衣さんの質問をはぐらかすのだった。

「も、もしかして彼氏さんですか⁉」

 しかし、ボルテージの上がった結衣さんはグイグイ有希に迫る。その押しの強さに、有希はどうしようと言いたげな視線を飛ばしてきた。

 僕はそんな有希の視線に『任せなさい』とウインクをすると、コホンと咳払いして一歩前に出た。そして


「僕は有希の白馬の王子様なんだ。今はまだ両想いだけど、いずれは結婚して有希を幸せにする男さ。以後よろしくね」


 と我ながら完璧な挨拶を結衣さんに披露した。


 挨拶を終えた僕は有希に『どうだい?』と視線を送る。しかし、僕の視界に移ったのは顔を紅くしてプルプルしてる有希の姿だった。

「このアホー!」

 有希はウナーと擬音が出そうなほど怒鳴り散らした。

「白馬の王子様……結婚……」

 結衣さんは頬を紅潮させて口元を両手で覆う。

「待って、結衣ちゃん待って! 理由があって一緒に住んでるだけで、まだそういうんじゃないから!」

 有希はそこまで言って「あっ」と自分が墓穴を掘ったと確信したらしい。

「一緒に住んでる……」

 結衣さんはますます顔を赤くする。もう少女の顔は発赤限界だ。

 そしてありがたいことに、今の会話は周りの生徒にもばっちり聞こえていたようだ。周りからはガヤガヤと今の話について話しているのが聞こえてくる。

「と、とにかく詳しい話は後で! さ、アーサー早く!」

 有希は僕の手を引っ張り、逃げるようにその場を後にした。



「ちょい! 何さっきの発言⁉ 誤魔化すどころか最悪な方向に悪化したんだけど!」

 有希は人気のない場所まで僕を引っ張り、さっきの発言を追及する。

「ダメだったかな? 僕は嘘は言ってないよ?」

 僕はニコやかに両手を上げて釈明する。実際、僕の中ではすべて事実になる予定なのだから、嘘は一切ついていない。なにより、広まってくれた方が僕としては都合がいいのだ。

「ああ、そうだね! アーサーは白馬の王子様だもんね! そりゃあ堂々と言うよね!」

 有希は意味の分からない怒り方をする。僕はそんな彼女に視線を合わせながら

「でも君だって『まだ』って言ったじゃないか。僕はあれが聞けてとても嬉しかったよ」

 僕は有希の発言を追及する。正直に言えば、あそこでがっつり否定されたらけっこうなダメージになってたと思うから、有希のあの発言はめちゃくちゃ救われていたりするのだ。

「うっ、う〜」

 なんと反応していいか分からなくなった有希は、唸りながらドンドンと僕の胸を叩く。何このかわいい生き物、破壊力がヤバい。

「ごめんごめん、悪かったって。だからそのかわいいのやめて」

 このまま続けられると暴走して、抱きついてしまいそうだ。

「かわいいとか言うな! もう、今から教室に行くのが億劫なんだぞ!」

「大丈夫、そういうときのために僕がいるんだ。大船に乗った気でいてほしい」

 僕は有希にドヤ顔で胸を叩いた。

「信用できるか〜!」

 しかし、有希の反応は芳しくなかった。まあ前科一犯だから仕方ないね。



 僕と有希が教室に行くと、昨日と同種の視線が赤外線センサーのように浴びせかかった。その勢いのまま、僕たちは瞬く間にクラスメイトに取り囲まれる。

「おいアーサー。ちょっと……」

 そして僕はというと、複数の男子生徒に肩を組まれ、男臭い空間へと連行されることになった。

 チラリと有希の方を見る。有希は女生徒からの質問の渦に巻き込まれたようだった。

 高校生というのは往々にして恋愛脳である。男も女も自分の恋愛、他人の恋愛に興味津々な年頃だ。それは僕も例外ではない。そんな思春期真っ盛りの高校生が、さっきの話を聞けばこうなるのも頷けるというものである。

 しかし、中には興味深げな視線だけでなく明らかに怒気を孕んだ視線を浴びせる者もいた。しかも男子生徒からだけでなく、女子生徒からもそんな視線が感じられる。

 その中でも、特に印象的なのは項垂れるよう雰囲気を放っている真人だった。信じられないと言いたげに拒絶反応を見せている。

「アーサー。武藤と何があったんだ?」

 真人は真剣な口調で問い詰めてくる。

「昨日、お前と別れた後に吸血鬼に襲われたんだよ。で、色々あって家が壊れたから、彼女の家に住むことになったんだ」

 僕はその異様な雰囲気に呑まれそうになりながらも、実際にあったことをそのまま告げる。

「きゅ、吸血鬼? お前なに言ってんだ?」

 しかし、真人はその事実が受け入れられない様子。まあ、吸血鬼云々をすぐに信じるのは難しいだろうね。

「いや吸血鬼の部分はいい。それよりアーサー、武藤と一緒に住むということが、一体どれだけ羨ましいことかわかるか? アイツは今まで、どんな男のアプローチも断ってきたんだぞ。それが会ってその日に同棲なんて……はあ」

「それについては分からなくもないな。有希の方から提案してきて驚いたぐらいだ」

 真人の意見に僕も同調する。ローレンスの言葉があるとはいえ、少し思い切りがよすぎる気がしなくもない。

「いや、お前ならいいんだ」

 しかし、真人は急に意見を変えてきた。顔はどこか残念そうで、苦渋を飲み込んだようであるから、本意という訳では無い様子だが。

「どうしたんだ真人? らしくないぞ。いつか武藤を振り向かせるって言ってたお前が、そんなあっさり引き下がるなんて」

 他のクラスメイトたちも真人の言葉が意外らしく、真人に励ましの言葉をかけるほどだ。

「仕方ないだろ。だってコイツは有希の初恋の人なんだ。というか、今も好きな人なんだよ。そんな奴に出てこられたら勝ち目がねえじゃねえか」

 真人は悔しそうな顔をしながらも、先の発言の理由を述べる。

「なあ、お前は有希のこと好きなのか?」

「好きだよ。結婚を前提にお付き合いを申し込むぐらいには」

 僕の発言を聞いた真人は、どういう訳か笑みを浮かべて

「流石だな。何度も告白してきたけど、結婚を前提にしたことはなかったわ。流石は白馬の王子様だ」

「白馬の王子様? なんじゃそりゃ」

 男子生徒の1人が真人に尋ねる。

「アーサーが後輩の子に宣言してたんだよ。僕は有希の白馬の王子様だって」

 真人はからかうようなニュアンスで、さっきの僕の宣言について言及してきた。

「ふは! マジかよ。アーサー中々に病気だな」

「病気じゃないぞ。僕は真剣に白馬の王子様になるつもりだ」

「わかったわかった。頑張ってくれ」

「お前、馬鹿にしてるだろ」

「してないしてない」

「おっし、キレちまったぜ。オレァ……」

 僕は男子生徒の一人をヘッドロックする。どうだ? 少しは僕の本気が伝わったか!

「ギブギブ! わかったわかったって!」

 男子生徒はちょっと苦しそうにしながらも、楽しそうにギブアップ宣言をする。

「分かればよろしい」

 僕は彼のギブアップを聞いて即座に手を放す。別に本気でシメるつもりはない。

 この一連のやり取りで、尋問ムードからすっかり和気藹々としたムードになっていた。

 僕はこれならと、ある作戦を決行する。



「それでなんだけど、もしよかったら有希について色々と教えてくれないか」

 そう、僕がしたかったのは有希についての情報収集だ。せっかく集まっているのだから、これを利用しない手はない。

「なんだよお前、彼氏のくせによく知らないのかよ? とんでもねえ見切り発車だな」

 クラスメイトの対応は呆れたと言わんばかりである。仕方ない、なにせ出会ってすぐに恋人になったからな。

「ならずに後悔するより、なって後悔した方がいいってことさ。それで? 有希は学校ではどんな感じ? やっぱり人気ある?」

 僕の質問に一同はそれぞれ考える仕草を取る。

「武藤が人気あるのは確かだな。美人だし。しかもスタイルもかなりのナイスバディって話だ」

「えっ、そうなのか? 線が細いのは分かるけど胸は……」

 僕は有希の胸元を思い出す。僕の記憶が正しければ、有希の胸にはシンデレラが宿っていた。

「有希は極度の恥ずかしがり屋だからな。自分のスタイルをカモフラージュしてるって噂があるんだ」

「そうそう、俺らの中で巨乳派と貧乳派で派閥ができてるぐらいだからな。……ちなみに聞くが、お前はどっち派だ?」

 クラスメイトの問いに、僕は少しばかり思考を巡らせる。そして、ある結論に達した。

「僕は美乳派かな」

「美乳派? つまり、形が良ければサイズは関係ねぇと」

 クラスメイトの1人がズイッと顔を近づけてくる。再び尋問みたいだ。

「違う違う。僕は有希の白馬の王子様だから、例え有希が巨乳でも貧乳でも等しく愛でるよ。だけど、胸の形だけは綺麗であってほしい。これだけは譲れないんだ」

 僕は近すぎるクラスメイトの顔を抑えて離しながら願望を述べる。

 僕の拒絶によって距離を取ったクラスメイトは、その意見に対して

「……アーサー、俺はお前のこといけ好かない奴だと思ってたが、中々イけるじゃねえか。ちなみに俺は貧乳派だ」

 と僕に仲間意識を抱いたのか、僕の肩に手をかけて自分の好みを開示した。

「だな。お前のことだから『有希の胸ならどんな胸でも構わないよ』とか、カッコつけたこと言うかと思ったぜ。いや言ってたか? ……まあとにかく、ちゃんとこだわりあるのが好感持てる。ちなみに俺は巨乳派な」

 もう一人も好みを披露しながら同意する。他の生徒を見ても概ね好感触のようだ。

 どうやら、僕は今ので男子生徒の好感度を稼ぐことに成功したらしい。

「なぁアーサー。今後有希の(胸の)サイズが分かることがあったら、俺たちに教えてくれよ」

 男子生徒は邪な考え全開でお願いしてくる。あまりの下心に僕には鼻の下が伸びてるように見えた。

「それはお断りだ。有希の胸は僕だけが断固独占する。詳しくレビューなんて誰がしてやるか」

 僕はクラスメイトの願いを頑として拒否した。当然だ。自分のお姫様の(胸の)サイズをバラす王子様が何処にいる。どこの誰であろうと、決して教えてやらん。

「うわ、釣れねえ」

「諦めろ、白馬の王子は、明かさない」

 僕は俳句のリズムで念押しする。

「それに考えてみろ。分からなければ好きに妄想できるが、分かってしまったら少なくとも一方は否定されるんだぞ。こういうのは、分からないままにして置くのが華だ」

 僕は有希の胸を守るため1つ弁舌を振るう。それにある意味でこれは宗教だ。有希の胸を暴くことは1つの宗派を否定することに他ならない。

「確かに、一理あるな」

 クラスメイトたちは僕の意見に納得してくれた。うんうんと頷いている。

「そういうことでこの話は終わり。他にも何かあれば教えてくれ」

 僕は胸の話題を打ち切って次の話題を振る。その言葉にクラスメイトたちが「何かあったかなぁ」とそれぞれ考えるポーズを取る。

「そうそう、武藤は成績がいいな。天才って感じではないけど、真面目に授業を受けてる秀才って感じだ」

「優等生ってことか。素行が良いのは好感が持てる」

 僕は有希の生活態度に感心する。僕個人が真面目なこともあり、付き合うなら品行方正な子がいいと思っていたのだ。

「じゃあ運動神経は?」

「武藤に関しては良いなんてもんじゃない。あれはもはやファンタジーに両足突っ込んでる」

「どんだけだそれは」

 僕は答えてくれたクラスメイトの誇張表現にツッコミを入れる。が、ともかくめちゃくちゃ運動神経が良いということは理解できた。

「じゃあ性格は?」

「基本的に良い方だと思うぞ。誰に対しても優しいし、否定的なこと言わないしな。たまにキツイ物言いのときもあるけど」

「けど割と面白いから憎めないんだよな。毒吐くけど悪意があるわけじゃないっていうか」

「僕はイギリス人だから、毒舌や皮肉はむしろウェルカムだ。……なるほど、ここまでを総評すると流石は僕のお姫様って感じだ」

 僕はここまでの評判から、有希の内面の暫定的な評価を下す。やっぱり有希は最高だよ。外見だけでなく、内面も僕の好みをド直球に突いてくる。

「じゃあ、なにか欠点はないのか?」

 ではと、今度はクラスメイトから有希の欠点を探る。

「欠点ねぇ……そうだな、まず付き合いはあまりよくないな。遊びに誘っても来ないんだよ、あいつ。誰に対しても別け隔てなく接するけど、プライベートには人を寄せ付けない。だからこそ、今回のことが一大事件な訳だが」

 真人は過去を愚痴るように振り返る。真人の言葉から、僕は有希が意図的に踏み込ませないようにしているのだと察知した。

 そして、僕はその事実に深い安堵を覚える。独占欲の強い僕は、他の男子と仲良く喋ってるのを見ただけで心ここにあらずになりかねなかった。そんな僕にとって、有希の身持ちの堅いムーブは精神に優しい。

「マジで武藤はそういうの徹底してるからな。鉄壁と言えるぐらいにガードが堅い」

「ほんとにな! マジでアイツの徹底力はヤバい。胸もそうだけど、年中タイツ履いてて生脚見せねえし、ボディタッチしようとしても避けてくる。服が透けてんのを一度だって見たことないし、不可抗力のラキスケすら回避しやがる。隙がなさすぎて、正真正銘『高嶺の花』って感じだ。逆に、その隙のなさが女子の憧れになってるみたいだけどな」

 真人を中心に、クラスメイトたちは有希の難攻不落っぷりを愚痴るように吐き出す。ここまで隙がないと、男子としては面白くないだろうな。


 もしやこの徹底ぶりは、僕のためにしてくれてるのか? 


 ふとそんな考えが頭をよぎった。可能性は十分あり得るんだよな。どうやら初恋みたいだし。もしそうなら、男としてこんなに嬉しいことはないぞ。

「なるほど。びびるわけだ」

「だろ? いいよなぁ、オレも同級生と同棲してぇ!」

「ほんとにな! きっとラキスケとか見放題なんだぜ。羨ましいよなチクショウ!」

 クラスメイトたちは、口々に己の欲望をぶつけてくる。確かにそれは期待したい所なのだが、今朝の1件があるとそれも期待できない気がしてならない。まあ、手順を踏めばいつかは全部見れるんだろうから、焦る必要はないんだけど。

「でだ、話を戻すと、有希は才色兼備だがなんでもできるという訳じゃないぞ。体育とかでも球技は苦手そうだったし。あっ、でも料理は上手いな。調理実習のときに食べさせて貰ったが、中々に絶品だった。後は習字が下手。ピアノは弾けない。歌はそこそこ。後は……」

 話を出発点に戻した真人は、オタクの早口もかくやの速度で捲し立てる。

「な、なるほど……」

 僕は真人の繰り出す情報の洪水に、なすすべもなく流されてしまう。

「真人ステイ。流石にちょっとキモイぞ」

 クラスメイトが真人を制止する。真人は語り足りなそうにしながらも口を止めた。

「……なるほど、大変参考になった。ありがとう」

「別にいいよ。最初に囲ったのはオレたちだからな」

 僕のお礼に対して、クラスメイトたちは『大したことはしてないぜ』とばかりにあしらう。

 それでも僕としては、グッと有希への理解を深めることができたのだ。情報提供に感謝したい。



 有希を通した親睦会は、真希担任が教室に入って来たことで終わりを告げた。

 そしてそこからさらに時間は過ぎて現在の時刻は午後1時。美修院高校はお昼休みになっていた。

 僕は昼休みになるまでの毎放課、有希の理解を深めるために観察を続けていた。その過程でいくつか発見したことがある。

 有希は基本、誰かに積極的に話しかけにいくことはなかった。人だかりができているのを遠目に見ていたりはしていたが、それ以外は自分の席で読書をしたり、授業の内容をノートに書き込んでいる様子だった。一応親しくしている子もいるようだが、見た限りでは一人しかいない。

 まだ初日だから確認しきれていないこともあるだろうが、おおよそ有希は単独行動をしている時間が多かった。いわゆる内向的と呼ばれる人種なのだろう。僕としてはその方がお淑やかな感じがするし、儚さも感じられるのでアリだったりする。



「有希って友達少ないね」

 僕は真人、そして響也というクラスメイトと机を囲んで弁当を食べていた。真人と響也は元から一緒に弁当を食べる仲らしく、その輪の中に入れてもらった形だ。僕も椿さんお手製弁当に箸を伸ばす。

「そのようだね。だから普段はもの静かにしている」

「いても一人が二人だな。けど、ソレとは別に色々と尊敬を集めてる」

「へぇ、なんで?」

「お前本当に何も知らないんだな」

 真人はヤレヤレと言いたげに首を振る。

「だったら教えてくれよ。その理由を」

 僕はその態度に少しイラッとしつつも、冷静に質問で返した。

「気になるなら、彼女が所属している同好会に来るといい。その理由がわかるさ」

 しかし返答してきたのは響也で、帰ってきた返答は斜め上のものだった。

「同好会か。有希は何に所属してるんだ?」

「剣術同好会だな。剣道じゃないぜ。剣術な剣術」

 真人は念押しするように剣術であることを繰り返す。クドいとは思ったが、確かに聞き慣れない同好会だった。

「一体どんな活動をしてるんだ?」

「その辺も来れば分かる。とにかく放課後、武闘場まで来るんだ」

「行ったら腰抜かすぜ」

 響也も真人も含みを持った言い方で煙に巻いてくる。

「……お前ら、何か隠してるだろ」

 真人と響也の不審な態度に疑心暗鬼になる。絶対、何か裏がある奴だ。

「百聞は一見にしかず。いくら僕らがここで鞭撻を振るっても、そう易々と信じられるものではないだろうからね」

「そうそう、同じ世界なのか疑うからな」

 真人も響也もまず見てみろと口を割らない。

「わかったよ。そんなに言うんなら聞かないでおく」

「おう、そうしとけ」

 真人と響夜は、ニヤニヤとドッキリを仕掛けた奴みたいな顔をしている。


 そんなに自信満々なら引っ掛かりに行ってやる。


 僕は曖昧な2人の言を、そして有希が尊敬されている理由を確かめるべく、武道場に行くことを決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る