白馬の王子様の居候生活
「ここは?」
ベッド以外何もない、無菌室のような部屋で僕は目覚める。
僕は起き抜けのぼんやりとした意識の中で、自分の置かれた状況を把握しようと部屋を見渡した。しかし分かるのはこの部屋には何も無いことと、埃っぽくないことから手入れが行き届いていることぐらいだった。
今度は自分の格好を確認する。服装は制服から病衣に着替えさせられていた。頭を触ってみると包帯が巻かれている。
僕は得られた情報から、誰かがここに運んで手当てをしてくれたのだと推理した。
誰が手当てしてくれたんだろう?
僕は記憶を思い返す。僕にある最後の記憶は紅い瞳に手を伸ばす所だった。……ってことは、ここはお姫様の家か!
僕のテンションは一瞬でマックスに──いやいや、まだここが病院って可能性も……
いやいや待て待て。ここにはベッド以外には何もないんだぞ。普通、病院ならナースコールとかあるはずだ。それがないってことはここは病院ではないはずだ。うん、そうだ。だから間違いない!
コンコン
突然のノックにドキリと心臓が跳ね上がる。うわっ! びっくりした!
ついにお姫様と対面できると僕の鼓動はどんどんと早まっていく。緊張しすぎて、今にも心臓が飛び出てきそうだ。
だだだ、大丈夫だ。僕はローレンスの元で修業したんだ。きっと受け入れてもらえる。し、心配いらない!
僕は脳内でそう言い聞かせると、深呼吸して心を整えた。そして、「どうぞ」とノックに答える。
ガチャリ
扉はゆっくりと開かれていった。僕は息を飲み、お姫様との邂逅を待ちわびる。
しかし、入ってきたのは珍妙な格好をした女性だった。僕は本能的に、彼女はお姫様ではないと判断した。というより、僕のお姫様がこんな変態な訳がないと信じたかった。
何故ならその女性は、下着姿に白衣というあまりにも痴女めいた格好をしていたからだ。
「目は覚めたようだな」
白衣の女性は表情を崩すことなく淡々と述べる。
「ええ、あなたのおかげでイヤでも覚醒しましたよ」
「目が泳いでいるぞ。本能と理性のぶつかり合いが見て取れる」
僕は顔を朱に染めて目を逸らした。男所帯の長い僕には女性の下着姿に免疫がない。
オマケにその女性は均整の取れたプロポーションをしているもんだから、ますますもって目に毒だった。
「ほっといて下さい! ……ところで、あなたが私を助けてくれたんですか?」
白衣の女性に目線を合わせず質問する。その様子に白衣の女性は薄く笑みを浮かべて
「人にモノを頼むときは目を見て言うものだ。それができないのならば、君の望む解答をくれてやる訳にはいかないな」
と、強引な論法で無理難題を押し付けてきた。
「い、いいでしょう」
僕はチラチラと白衣の女性に目線を合わせる。けどやっぱり直視するのは照れくささから躊躇われた。
「中々かわいい反応するじゃないか。しかしこれではいつまで経っても話が進まないな。仕方ない、頑張ったご褒美に望む情報をくれてやろう」
どうやら白衣の女性は満足したようだ。僕は安堵と同時に少しだけ残念な気持ちになる。
「君を助けたのは私じゃないし、私のような女でもない。安心しろ、真逆と言ってもいいぞ」
彼女はからかうような口調でそう言い残し、部屋から出ていこうとする。しかしドアノブに手を掛けた所で
「そうそう、君の傷は既に完治している。後遺症の心配もない。その包帯はフリだ。痛みがないのなら外してしまって構わない」
と告げてから、今度こそ部屋から出ていった。
台風一過。僕の脳内にはそんな言葉が思い浮かんだ。
コンコン
しかし、秋の台風のように間髪入れずにノックの音が聞こえてくる。僕の心臓は再び跳ね上がった。
こ、今度こそ僕のお姫様のはずだ。ま、まずは自己紹介からだな!
僕は脳内で会ってからのシミュレーションを行い、抜け作にならないように注意を払う。
「ど、どうぞ」
そして意を決してノックに応じた。僕の声は僅かに震えている。心臓は心拍数をぐんぐん上昇させ、身体はあちこちから発汗していた。
ガチャリ
部屋の扉は再びゆっくりと開かれていく。僕はお姫様との邂逅にゴクリと唾を飲み込んだ。
そして次の瞬間。僕は彼女に釘付けになる。
「えっと……久しぶり?」
僕は少女の姿に言葉を失う。
脳内で既視感が暴れ回っていた。少女を見た瞬間に頭にかかっていたモヤが晴れ、夢の中で何度も惚れ込んだ、愛しいお姫様の顔を思い出していく。
僕は知っている。この少女を。ずっと前から。
遂に出会えたのだ。僕が何度も夢に見た紅い瞳の少女に。
艷のあるボブカットの黒髪。僕を導いてくれた真紅の瞳。透明感のある白い肌。どこか儚げな印象の顔つき。そして長い手足の映えるスラッとしたスタイル。その何もかもが鮮明に蘇ってくる。
間違いない! この人だ!
僕は、予定通りに一目惚れした。脳内でカチカチと歯車が噛み合うように、彼女の白馬の王子様として、生涯この少女に尽くすビジョンを幻視する。
僕はこの子を幸せにするために生きている!
暴走する妄想は、己の生存理由を悟るまでに至った。
「あの……大丈夫?」
少女が僕に呼びかける。凝視しながらも反応がない僕に困惑してる様子だった。
そんな少女の呼びかけに答えるために僕は
「愛してます」
と開口一番に愛の告白をした。
「ええっ⁉」
少女は至極まっとうな反応を返す。自分で言うのもなんだけど、いくらなんでも過程を飛ばしすぎだと思わなくも……いや、思わない!
「じょ、冗談だよね?」
「冗談じゃないよ。僕は君を愛している。結婚を前提にお付き合いして欲しい」
「け、結婚⁉」
驚いている少女を他所に、僕はさらに攻勢をかけていく。
「ずっと君を探していたんだ。君に会える日を、楽しみにしていた」
「や、やめてよ、恥ずかしい……」
少女はそんな僕の言葉に顔を紅くする。満更でもない表情は心が満たされるね。
「いいや、やめない。今日、ここで君と出会うことができたのは運命なんだ。間違いない」
「あれ? もしかしてアーサーは私のこと、覚えてない?」
少女は僕の言葉が予想外とばかりに問いかける。
覚えてない……? そういえば、彼女はさっき久しぶりって……
もしや、過去にどこかで会ったことがあるのか⁉
僕は過去の記憶にすぐさま検索をかける。そして唯一、自分の記憶の中で思い当たる節を見つけた。
「もしかして、君も夢の中で?」
「夢?」
しかし、少女は僕の意図を測りかねているようだった。じゃあ一体いつ?
「もしよかったら、いつ会ったか教えてくれないかな?」
僕は少女に質問する。自分で考えても分からないとき、すぐに尋ねるのが僕のモットーだ。
「まさか忘れてるとは……私とアナタはね、4歳の頃に公園で遊んだことがあるのよ。2週間だけだけど」
「そ、そんなことあったっけ?」
「あった。そのときに私はアナタを好きになったのよ。そしてアーサーも『僕も好きだよ』って言ってた。さらに言えばいつか結婚しようともね」
「ぼ、僕がそれを⁉」
「うん」
やばい、まったく記憶にございません。
なんで覚えてないんだ僕は⁉ お姫様との大事な約束じゃないか!
……いや待て。会っていたからこそ夢に彼女が現れたんじゃないか? 忘れてる癖に恋心だけ残ってたってのは残念極まりないが、そう考えると辻褄は合う。
けどやっぱり忘れるのはないわ!
「でも、やっぱり運命よね。ローレンスが言ってた予言がずばり的中したわけだし」
「き、君もローレンスから予言を⁉」
「うん。訳あってローレンスと会う機会があってね。その時に、『君は初恋の人と結ばれる。だからそれまで操を立ててると、彼が喜ぶよ』って言われたの」
少女は照れくさそうに頬を掻く。ローレンスは、彼女にもコンタクトを取っていたのか。
「でだけど……その、不束者ですが、よ、よろしくお願いします!」
「えっ? 何を?」
「だからアナタのさっきの告白!」
「告白? ……まさか、それって⁉」
「だからお付き合いオッケーってこと! 恥ずかしいから何度も言わせんな!」
少女は怒ってるのか照れてるのか、顔を紅くしながら言った。本当に? 正味ウヤムヤになると思ってたんだけど。
「い、いいの?」
「うん」
「実は冗談とかじゃなくて?」
「しつこい! 私もアナタのことが好き! これで満足か!」
疑り深い僕にとうとう少女が怒った。本当にいいの? こんなに幸せなことが起こって明日死なない?
「やれやれ、まさかここまで大胆になるとはな」
「うわ!」
「ひょあ!」
僕と少女は突然の来訪者の声に飛び上がる。そして2人でシンクロするように振り返ると、そこにはさっきの下着白衣の女性が立っていた。
「まったく……明美ってばびっくりさせないでよ」
少女は呆れるように抗議する。しかし、白衣の女性はそれに対して怯む様子も見せずに
「私は驚かせようなんてしてないぞ。普通に声をかけただけだ」
至極真っ当な反論をしてきた。
「それにだ、付き合うにしろしないにしろ、まずは自己紹介するのが常識だろう」
その最もな指摘に僕らは押し黙った。非常識な格好してるくせに、なんとそんな筋の通ったことを。
「それじゃあ自己紹介しましょうか。アーサーは忘れてるみたいだから、私からさせてもらうね。私の名前は武藤有希。アナタと同じ第三に通ってるの」
「やっぱり! クラスメイトが言ってた武藤さん!」
「もしかして同じクラス?」
「そうだよ。身体の方は平気?」
「そういえば……うそっ⁉ 大丈夫みたい⁉」
「本当か⁉ 確認させてくれ!」
明美さんは、武藤さんの身体を診察しようとサワサワしている。やっぱり白衣着てるだけあって医療関係の人みたいだ。
「本当だ。完治してる……」
明美さんは驚きをあらわに診断結果を発表する。
「なんかよくわかんないけど、体調がよくなったならよかったよ。よろしくね、武藤さん」
「有希でいいよ。改めてよろしく」
武藤さん、改めて有希はニコッと笑顔を向けて言った。その笑顔に心臓を鷲掴みにされる。
「じゃあ、次は僕が自己紹介しないとね。僕はアーサー・ウィリアムズ。君の白馬の王子様さ」
僕は負けじと自己紹介に入る。コレで少しでも有希をドキッとさせたい。
「白馬の王子様?」
しかし、有希はその言葉に疑問符を浮かべていた。
「そう。お姫様を守る、お姫様のための正義のヒーローさ」
なので追撃としてその意味を述べていく。これならどうだ。
「もう、アーサーってば愛が重いんだから」
有希は僕の言葉に嬉しそうに照れた。やったぜ。
「おい、おべっかにデレデレするのはいいが会話を続けたまえ」
白衣の女性は照れた有希に釘を刺す。有希はその指摘にまた顔を
「別に照れてないし。……話を変えましょう。アーサー、アナタに大事なお知らせがあるんだけど」
と真面目な口調で言った。
「何かな? ま、まさか彼氏がいたとか……」
脳裏に、見知らぬ誰かと仲良くしてる有希を想像して絶望的な気持ちになる。
「いや、そこは安心して。ちゃんと操を立てたから」
しかし、有希は心配を打ち消すように否定の言葉をくれた。
「やったぁ!」
これは思わぬ誤算だ! 有希は信じられないほどの美人! そんな彼女に、男性経験が無いなどありえないと諦めていたのに! 神は僕に味方している!
「アーサーは私への愛に溢れすぎてない? 別に嫌ってわけじゃないけどさ」
有希は文句があるのかないのか分からないことを言う。追及したい気持ちもあるけど、話が進まないので追及はやめておこう。
「ごめんごめん。それで、改めて話って何かな?」
「その話っていうのは……」
有希はそこで一呼吸置いて、それからこう言った。
「あなたの家、修理が必要なの。だから私の家に居候してもらおうと思うのよ」
僕は一瞬なんのことだか分からなかった。ああそうだ。僕の家壊れて……って!
「いいのかい⁉」
僕としては願ったり叶ったりな提案だぞ! 好きな人と両思い確定からのまさかの同棲⁉ ここまで幸運が続くとか明日僕死ぬのか⁉
「ええ。だけど、一応母さんの許可を取ってからね」
「娘さんを僕に下さい!」
「許可します!」
「待って待って! 勝手に話を進めない!」
お義母さんとの面談を命じられた僕は、リビングに座っていた白髪赤眼の美人に、開口一番に結婚のお願いをしていた。
そして、その結果がこれである。
「ってあれ?」
白髪赤眼の美人は違和感に気づいて首を傾げる。
「ねぇ有希。アーサーくんはここに住みたいって言ったんじゃないの?」
「言ってないわ母さん。この人、シレッと私を下さいって言ってた」
「いや別にそれはいいんだけど、まずはお付き合いからでしょ?」
「そう思うわよね。もっとアーサーに言ってやって」
「すみませんお義母さん。印象に残るようにと思って言ってみました」
僕はお義母さんに釈明する。実際は未来で結婚するわけだが、こういうのは段階を踏まないとね。
「それでは、改めてお願いをさせてもらいます。私はアーサー・ウィリアムズと言います。桜丘第三高校に通っているのですが、実は家が戦闘により壊れてしまったのです。それで厚かましいとは思いますが、しばらくの間でいいので居候として住まわせてもらうことは可能でしょうか?」
僕は自分の分かる最大限の敬語で話す。さっきの流れから大丈夫だとは思うが、筋は通すべきだろう。
「構わないわ。気の済むまでいて頂戴」
「ありがとうございます」
僕のお願いはあっさり受理された。しかも、永久的な居住権まで降りてしまったぞ。
「迷惑だと思ったらすぐに言って下さい。その日の内に出ていきますから」
「大丈夫よ。ウチは居候がもう1人いるし、執事やメイドも住み込みだしね。1人増えたからって大して影響ないのよ」
お義母さんは穏やかな口調で言った。その口調になんの強がりや誇張も感じられない。
「ありがとうございます。お金に余裕があるのですね」
「まあね。だから心配ご無用」
僕は無事、第一関門を突破することができた。
しかし、最大の難所を超えなくては本当の意味で安心はできない。
「ところでお義父様は? お義父様にも挨拶をしたいのですが……」
こういう場合、両親どちらからも許可を取るのが筋だ。なにより有希を貰っていく以上、今のうちから仲良くなっておきたい。
しかし、思惑とは裏腹に有希は顔を曇らせ、亜美さんは困ったような顔を浮かべていた。
その顔で、僕は地雷を踏んでしまったのだと察する。
「父さんなら死んだよ。ずっと前に……」
有希は苦しそうに言葉を紡ぎ出す。顔は平然としてるけど、辛くないはずがない。
「ごめんなさい! 余計なことを!」
「大丈夫、気にしないで。私は折り合いはついてるから。けど、一応あの人の墓前に言ってあげて?」
お義母さんはなんでも無いように言う。しかし、有希にとって過去になってないのは確かだった。
「はい、そうします」
「お願いね。……さっ! いつまでも暗いままだとよくないわ! これからここに住むんだし、色々と家の中を案内しましょう!」
亜美さんはパッと空気を変えようと、明るい口調で言った。
「その前に、前川や椿の紹介しといた方がいいんじゃない? というか、母さんの自己紹介もまだでしょ?」
「そうね。じゃあ、自己紹介しましょうか。まずは私から。
私は武藤亜美。有希の母親よ。ちなみにこの髪と瞳の色は生まれつきね。いわゆるアルビノってやつ。多分、有希の瞳が赤いのは私の遺伝。気軽にお母さんって言って頂戴」
亜美はそこまで言って自己紹介を終えた。
「よろしくお願いします。お義母さん」
「ええ、よろしく。……それじゃあ有希、明美さんを呼んできてくれる?」
「わかった」
有希はお義母さんの指示に従ってリビングを後にした。
「……あの、所でお義父さんはどうして?」
僕は有希がいないことをいいことに、お義母さんに尋ねる。
「屍人になっちゃったのよ。アーサーくんなら分かるでしょ?」
「ああ……」
僕は自分の過去を思い出す。僕の母さんは屍人になり、父さんを殺したのだ。
「お義母さんは僕のことご存知なのですね」
「ええ、ローレンスさんからね」
「ローレンスから?」
「そう、頼まれたのよ。アナタの後見人になってくれってね」
そうだ……僕はまだ十七歳だから保護者が必要じゃないか。まさかローレンスは、こうなることまで見越していた?
「じゃあこの話は一旦終了! 亮二くんと
お義母さんのかけ声を合図に、キッチンの方から執事とメイドが出てきた。その振る舞いには品があり、僕の目からも『本物』だと分かる。
「私はここで執事をしております前川亮二と申します。今後、何かあればなんなりと申し付け下さい」
執事の前川は左手を腰に、右手を前に回して挨拶をする。その所作はとても高貴で洗練されていた。
「私はここでメイドとして働いております東雲椿です。よろしくお願いします」
メイドの椿さんはスカートの端をつまみ上げ挨拶する。僕は初めて見る本物のメイドに息を飲んだ。
「2人ともよろしくお願いします」
僕も2人に習い頭を下げる。居候の自分には過ぎた存在だと、卑下したくなるほどに彼らの所作は訓練されていた。
「まったく3人とも硬いわ。これからみんなで暮らしていくんだから、取り繕っても無意味よ」
「けど亜美さん。やっぱりここはメイドとしてビシッと決めないとダメだと思うんです」
メイドの椿さんは我の強そうな口調で反論する。
「そうは言うけどねぇ。いずれ剥がれるメッキなら最初から剥がしたほうがいいんじゃない?」
「いえいえ、そう簡単に剥がれませんよ」
メイドの椿さんは自信満々だ。そもそも、主人に口答えしてる時点で既に剥がれかけてる気もするが。
「ではご存知ですかな? 彼はアナタの推しの彼氏さんですよ」
「えっ! マジで! あっ」
あっ、ボロっと剥がれた。
「こういう方です」
執事の前川さんが結論づける。
「なるほど、なんとなくどんな人か分かりました」
「ちょ! アンタまでなんで納得してるのよ!」
椿さんはウガーと擬音が出そうな勢いでツッコミを入れる。もうメッキはボロボロだ。
「3人とも、椿いじりは程々にね?」
有希が呆れ声と共に戻ってきた。椿さんは有希が帰ってきたのを見るや咄嗟に抱きつき
「さっすが私の推し! 私だけがあなたの味方よ!」
と嬉しそうにじゃれついていた。メイドというかファンだねコレ。
「少しは落ち着いたらどうだ? 君は優秀なんだから、落ち着きさえあれば立派に見えるだろうに」
そう言って有希から椿さんを引っ剥がすのは、相変わらず下着に白衣という出で立ちの明美さんだった。
「これが私の売りなの! ゴーイングマイウェイしない私なんて私じゃないわ! というか、下着白衣のアンタに言われたくないっての!」
椿は胸を張って主張する。もはや最初の面影はどこにもないなと、僕は遠いメイドの記憶に思いを馳せた。
「じゃあ明美さん、自己紹介よろしく!」
「はい。私は立花明美。白衣着てるから分かるだろうが色々と研究をしている。ついでに、この武藤家の専属医でもある」
「よろしくお願いします」
僕は視線を上手に泳がせながら、改めて挨拶をする。
「どうした? こっちを見たらどうだ?」
明美さんは口角を上げてコチラを覗き見る。しかも、わざわざ谷間が視線に入るようにしてきてる! そういうのやめて!
「明美。有希の彼氏に何してんの!」
僕の様子に気づいた椿さんが明美さんにツッコミを入れる。ありがとう。助かります。
「仕方ないだろう? 彼のリアクションがあまりに愉快でな」
しかし、明美さんは悪びれる様子はない。
「明美。私としても、あんまりそういうことしてほしくないんだけどなぁ」
有希は威嚇百パーセントの笑顔で明美さんを見る。僕にはゾッとするほど恐ろしいのだが、明美さんは平然としていた。心臓に毛でも生えてるのか、この人。
「さあ、そろそろご飯にしましょう? アーサーくんもウチに来たことだし、豪華なご飯にして頂戴」
お義母さんの音頭で有希は怖い笑顔を解く。そしてサラッと僕と明美さんの間に入ってきた。白馬の王子様が守られることになるとは。有希さんすみません。
「でもその前に、アンタも挨拶しなさいよ。まだ私と前川さんは、アンタの名前知らないんだけど」
椿さんは気の強い口調で挨拶を要求してくる。確かに、僕も挨拶するのが筋だ。
「じゃあ改めて。僕はアーサー・ウイリアムズと言います。この度は吸血鬼から助けて頂きありがとうございます。居候の身分ではありますが、よろしくお願いします」
僕は助けてもらったお礼も合わせて自己紹介し、頭を下げる。僕が頭を上げてみんなの反応を見ると、何故か全員固まっていた。
「「「吸血鬼⁉」」」
そして、有希とお義母さん、椿さんがツッコミを入れる。あっそうだ、吸血鬼について言ってなかった。
「椿さん! 急いで食事の用意を! この話、たっぷり聞かせてもらいましょう!」
「合点です! ご主人様!」
そうしてお義母さんと椿さんはテキパキと動き始める。
「どういうこと? 詳しく話を聞かせて」
そして、有希は僕の腕をがっちり掴んできた。
「あの、そんなにこの話気になります?」
「めっちゃ気になる」
有希は僕の腕を掴んだままテーブルへと引っ張っていく。
「ちょ、有希! 痛い痛い!」
僕は妙に強い有希の力に抗議しつつも、されるがままにテーブルへと連れて行かれた。
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