第39話 同年代の家具職人

「あんたは?」


 俺はほんの少しだけ警戒心を持ちつつ、荷車を引く若者に訊いた。荷車には厚い布カバーが掛けられており、何を乗せているのかわからなかった。

 若者と言っても俺と同じくらいの年齢なのだが、茶髪で面長、切れ長な目をしていて不機嫌そうだ。もしかすると村の新入りという事で何かしら因縁をつけられるのかもしれない。村長が良い人だからと言って、村人全員が良い人であるとは限らないのだ。

 俺は無意識にちらりと壁に立てかけられた〝禍黒剣ティルフィング〟までの距離を確認する。そう離れているわけではないが、相手が手練れだった場合はもしかすると、武器を取るまでに苦労するかもしれない。万が一アリシアを人質に取られた場合は最悪だ。どうすべきか立ち回りを考えていると──


「ああ、俺はこの村で家具職人やってるジュリアムってもんだ。村長から新入りの家具を作ってやってくれって頼まれてな」


 茶髪の不機嫌そうな青年──ジュリアムはそう名乗り、荷車を指差して続けた。


「とりあえず寝床は必要だろうって事で急ぎで作ってきたんだ。他にもテーブルとか椅子とか、とりあえずあった方が良さげなものは持ってきたよ。欲しいものがあったら持って行ってくれ」

「おお……マジか」


 俺は警戒心を持ってしまった自分を恥じた。

 ちょっと目つきが悪いだけでただの良い奴だった。しかも、レイモンドさんも俺達と別れた足で家具職人の家まで行って、頼んでくれたのか。それで急ぎでこの男もベッドを作ってくれたのだと言う。

 レイラといい、ジュリアムといい、レイモンドさんといい、マノアさんといい、ここの村良い人しかいなくないか? 俺もこの村で暮らす以上、無駄に人を警戒する癖を直した方がいいのかもしれない。


「わあ……! わざわざ家具を持って下さったんですか! ありがとうございます!」


 アリシアが両手のひらを重ねて、瞳を輝かせた。


「おお。良いって事よ。ところで、あんたら名前は?」

「あ、すみません。はじめまして、ジュリアムさん。私はアリシア、こちらはシャイロと言います」


 アリシアはこほんと咳払いをして、スカートの裾を少し摘まんで貴族の令嬢の様に挨拶をする。俺も彼女に習ってぺこりと頭を下げた。

 アリシアのそんな反応に、シュリアムは「うおお、貴族の御令嬢さんなんて初めて見た! すげえ!」と興奮を隠せないでいる様子だ。まあ、貴族ではなくて王女殿下なのだけれど、ここでは駆け落ちしてきた貴族の御令嬢だ。


「じゃあ、えっと……シャイロさんだっけか。ベッドは解体してあるから、組み立てるのを手伝ってくれないか?」

「ああ、わかったよ。あと、年も近そうだしシャイロでいいぞ」

「おう、了解! じゃあ、シャイロ。荷台の荷物を寝室まで運んでくれ」

「あいよ」


 ジュリアムの指示に従い、ベッドの部品らしき材木を中に運んでいく。


「あ、そうだ。アリシアさん」


 木材を運んでいる最中、顔を輝かせて荷台の家具を見ていたアリシアにジュリアムが声を掛けた。


「はい、何でしょう?」

「ベッドに関してはこの家の壁色に合いそうなもの作ったんだけど、そこにある家具については作り置きしていたものを持ってきただけなんだ。貴族のお嬢さんの好みなんて俺にはわからないから、もし気に入らなければ言ってくれ。作り直すからさ」

「いえ、そんな! どの家具も素敵です。ぜひ使わせて下さい」


 アリシアとジュリアムがそんな会話を交わす。

 このジュリアムという男、気が利き過ぎてないか? それとも、これがポトス村の基準なのだろうか。俺ももっと色々精進しないといけない。


「おー、もうこんなに掃除したのか、すげえな。結構汚かっただろ」


 掃除された家の中を見てジュリアムが言った。


「ん? 何で知ってるんだ?」

「ああ、ここの前の掃除当番、俺だったんだよ。だから寝室の大きさも大体わかってたからベッドも作れたってわけ。まあ、微調整は必要かもしれないけどな」

「なるほど……」


 どうやらこの家を保全してくれていたのはジュリアムらしい。

 とりあえず俺は感謝の意を込めて「ありがとう」と頭を下げた。


「ん? そりゃ何の礼だ?」

「いや、あんたが掃除してくれていた御蔭で、俺達は随分楽させてもらったからさ」

「よせやい。俺は村長から言われた通りやっただけだ」


 ジュリアムは眉間に皺を寄せて、首を横に振った。

 不機嫌そうに見えるが、どうやらこの男はこれで照れ笑いを堪えているつもりらしい。色々表情で損をしていそうな男だった。


「さあ、さっさとベッドの組み立てだけでもやっちまおう。暗くなる前には終わらせたいしな」

「わかった」


 アリシアがリビングに家具を設置している傍ら、俺はジュリアムの指示のもとベッドを組み立てていく。そして、その最中にある事に気付いて、愕然とした。

 ベッドが二つある気配はない。大きな一つのベッドなのである。


「あの、ジュリアム。これは、もしかして……所謂ダブルベッドというやつなのでは」


 俺は恐る恐る訊いた。

 答えを聞かなくてもわかってはいるが、もしかしたら否定してもらえるかもしれないという可能性に一縷の望みを掛けたのだ。


「ん? おお、そうだぜ!」


 俺の一縷の望みは一瞬のうちに断たれた。


「村長から聞いたよ。あんたら、異国から駆け落ちしてきたんだろ? 新しい愛の巣でたっぷり愛し合ってもらう為には必須だと思ってな」


 気合入れて作ったんだぜ~、と家具職人の青年は少し誇らし気に語った。

 ジュリアムの気が利き過ぎ問題が発生していた。

 いやいや、これアリシアになんて説明すれば良いんだ。ただ、駆け落ちしてきた者同士がいきなり別々のベッドで寝たいというのも変な話であるし、せっかく作ってくれたのだからその気持ちを無碍にはできまい。


「ちょうど羊毛がたくさん手に入ったから、サービスで持ってきてやったぜ。これでマットもふかふかで安心だ!」


 良い奴だと思っていたけれど、いきなりジュリアムが下世話野郎になっていた。

 まあ年頃の男なら大体こんな感じなのは村の連中も傭兵も変わらない。俺はあまり参加していなかったが、傭兵同士の飲み会も大体下世話なものだった。


「はぁ……畜生、いいなぁお前。俺も一度でいいからあんな別嬪べっぴんと……今度感想聞かせてくれな?」

「……何の感想だ、それは」

「バカ、言わせんなよ! どっちもだよ」


 ジュリアムは俺の腹を肘で突いて小声で言う。ベッドの寝心地と、このベッドを別の用途で用いた感想をご所望らしい。

 頭が痛くなってきた。絶対にアリシアには聞かせられない会話だ。

 ちょっと気が利き過ぎる問題はあるが、根は良い奴なのだろう。先程から言葉に悪意などが一切ない。


 ──悪意が一切ないのも困りものなんだよなぁ。


 俺はベッドを作りながら、小さく溜め息を吐くのだった。

 とりあえず後々の事を考え、ソファだけ追加でジュリアムに注文しておこう。それまでは床で寝ればいいだけの話だ。

 それから二人でベッドを作る事三〇分……ようやくダブルベッドが完成した。マットは羊毛でふかふか。作りも頑丈で色々な振動にも耐えられそうな優れものだそうだ。一体何の振動に耐えられるかどうかは考えてはならない。絶対に。

 アリシアはテーブルや椅子の配置で頭を悩ませてくれていた御蔭でまだこのベッドを見ていないのだが、それもいずれ時間の問題だ。


「よし、んじゃあお二人さん。今日はとりあえずベッドだけで帰るけど、棚やらはまた今度うちまで買いに来てくれ。さすがに一度に全部持ってくるのは無理だったからな」

「ありがとうございます、ジュリアムさん。また明日にでも寄らせてもらいますね」


 アリシアがジュリアムに代金を支払い言った。

 テーブルと椅子のセットにベッド代含めて、僅か銀貨二枚。

 ほとんど材料費くらいじゃないかと思うような低価格だったが、この村はそれで経済が回るらしい。金よりも現物で交換する事も多いそうだ。


「ほい、まいどありー。あ、食糧やらは商店でも売ってるけど、レイモンドさんちでも管理してるから、そっちでも売ってもらえるぞ。まあ、最初は大変かもしれないけど、困ったら誰かに相談したらいい。基本的に村人はみんな家族みたいなもんだって思ってるから、誰かしら助けてくれるはずさ」

「ああ。そうさせてもらうよ。色々ありがとな」

「いいってことよー。じゃあな」


 ジュリアムは俺の方に手を振ると、空になった荷車を引きながら家路へとついたのだった。


「シャイロはもうジュリアムさんとは仲良くなったんですね」

「そうか? 普通に話してるだけなんだけど」

「はい。お友達同士みたいに見えて、ちょっと羨ましかったです」

「歳が近いからかな。親しみ易い奴ではあるよな」


 目つき悪いけど、と付け足すと、「失礼ですよ」とアリシアが苦笑して付け足した。


「あっ、そうでした! もうベッドできたんですよね?」

「待てアリシア、それを見る前にまずは説明を──」

「え──?」


 俺がそう呼び掛けた時には手遅れだった。

 アリシアは寝室に入って、ベッドをみるや否や、まるで石化魔法を掛けられたかの如く固まってしまったのだった。

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