第38話 二人で大掃除

 レイモンドさんから掃除用具を受け取った俺は、早速〝掃除と炊事のアリシア〟と共に掃除を開始する。

 家の中の様子は、それほどひどい有り様だというわけでもない。埃っぽいが、それでも最低限の状態は保たれている。家の壁に関してもひび割れなどの破損している箇所はなく、とてもいい状態で保たれていた。

 というのも、ここポトス村では空き家を劣化させないよう、交代制で掃除を行っていたらしい。いつでも新しい住民を受け入れられるように、との事だ。全く、とことん気前の良い村である。俺達みたいな流れ者には有り難い限りだ。

 但し、この家は前回掃除をしてからそこそこ日が経っているらしいので、埃っぽい事この上ない。まずは換気をして空気を入れ替えるところから始めよう。

 窓と扉を全て開けてから、さあ掃除だと箒で掃き掃除を始めようとした瞬間──


「ゲホッゲホッ、ゲホォッ!」


 おもいっきり咳き込んでしまった。

 埃が舞い上がって鼻や口に一気に入り込んできたのである。


「シャイロ、掃き掃除をする前にちゃんと口元を覆った方がいいですよ。これ、使って下さい」


 そう言って、既に口元を布で覆って埃対策ばっちりなアリシアが俺に絹布を差し出す。さすがは〝掃除と炊事のアリシア〟といったところだろうか。

 アリシアから布を受け取ると、口と鼻を覆って首の後ろでぐっと結ぶ。


「なんだか、その髪型で口元を隠すと盗賊みたいですね」


 アリシアは布の上から口元に手を当て、くすくすと笑った。

 言われてみれば、この黒髪ポニーテールで覆面をすると暗殺者アサシン盗賊シーフみたいだ。


「ええい、やかましい。どこから始めればいいか教えてくれ、〝掃除と炊事のアリシア〟さんよ」

「では、全体の掃き掃除をお願いしても良いですか? 私は一番手こずりそうな台所から攻めていきます」

「承りました、王女殿下」

「もうっ、殿下はやめて下さい。誰かに聞かれたらどうするんですか」


 そんな軽口を交わしながら、俺と王女殿下は早速空き家の掃除を行っていく。

 箒を掃く度に埃が目に入ってショボショボするが、こればっかりは仕方ない。さすがに目元をカバーしてしまうと何も見えなくなってしまう。

 それから俺は、リビング、浴室、寝室、物置、トイレと順に掃いて回り、ちりとりに入れて外に捨てる作業を繰り返す。こうして空き家を掃除するなんて初めての経験だが、結構大変そうだ。

 一方、王女殿下たるアリシア=ヴィークテリアスは鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌な様子で台所に取り組んでいた。本当にこういった家事が好きなのだろう。もしかすると、彼女の前世は家政婦だったのかもしれない。

 アリシアが汚れの酷い台所と戦っている間、とりあえずは次の指示があるまで家の外壁張り付いた雑草を剥がしていく。家回りに雑草がたくさん生えていて、それが壁にまで伸びて張り付いてしまっているのだ。

 とは言え、それほど量が多いわけではないので、手で抜き取るだけで何とかなりそうだ。

 一本一本手で抜き、時にはナイフで根っこを穿り出すなどしながら、雑草を除去していく。

 雑草の除去が終わって家の中に入ると、アリシアがちょうど台所の掃除を終えて腰を伸ばしていたところだった。


「あ、雑草抜いてくれたんですね。ありがとうございます」

「ああ、次は何を──って、すごいな。あの汚かった台所が綺麗になってる」


 台所の方を覗き込んでみると、愕然とした。

 おそらくこの家で一番汚れが酷かった箇所だったと思うのだが、新居みたいに……とまでいうと大袈裟だが、それと見紛うくらいにピカピカになっていた。


「〝掃除と炊事のアリシア〟ですから。これくらいお手の物ですっ」


 アリシアが俺の反応を見て、嬉しそうに顔を綻ばせた。その頬や手は汚れており──聖衣を着ていない事も相まって──とてもではないが〝聖王女〟たる姿ではない。


「では、次は壁や窓を水拭きしていきましょう! 床はその後にして下さいね? 布がどろどろになってしまいますから」

「なるほど、承知した」


 アリシアから指示を受け、早速バケツを持って小川まで行くと、水を汲んでくる。

 魔道具を使って風呂に水を溜めてもらおうかとも思ったのだが、まずはその風呂を綺麗にしない事には意味がない。

 近くに井戸もあるが、拭き掃除なら小川の水で十分だ。

 バケツに水を汲んで室内に戻ると、拭き用の布に水をしみこませて二人でせっせと拭いていく。

 汚れた水を変えるために何度も小川を往復し、何度も布を絞り、そして拭くを繰り返した。ひたすら台所、リビングの拭いていき、それが終わると奥の寝室だ。


 ──っていうか、寝室一つしかないからここで二人で寝る事になるんだよな。


 寝室を見て、その事実に気付いてしまう。

 部屋の間取り的に、この家はリビングに重きを置いていて、後は寝室・風呂・納戸・脱衣所の四部屋だ。二人が別々に寝るスペースはない。


 ──それほど広い部屋ではないけど、まあベッドはギリギリ二つ入りそうかな? でも、大丈夫なのかな。


 るんるんと拭き掃除をするアリシアをちらりと見て、ふとそんな不安を抱く。

 ウィンディアまでの旅路で何度か一緒の部屋で寝た事はあるが、毎日となるとまた話は違ってくるだろう。まあ、もしアリシアが毎日一緒に寝るのは嫌だと言ったら、リビングにソファでも置いてそこで俺が寝ればいいだけなのだけれど。一緒の部屋となると俺も緊張してしまうし、むしろその方が気が楽かもしれない。


「おお……大分綺麗になったな」


 夕暮れ前に掃除が終わり、俺は思わず感嘆の息を吐く。

 アリシアの指示通りに掃除をしていくだけで恐ろしい程に効率的に進んでいき、無事日暮れ前に掃除を終える事ができた。どうやら〝掃除と炊事のアリシア〟の異名は間違いないらしい。


「さすがに疲れましたね……夕飯、どうしましょうか?」

「とりあえず今夜は村長さんのところでお世話になるしかないんじゃないか? 家具どころか調理器具も何もないしな」


 俺とアリシアは二人して家の外に出て服の埃を叩きながら、そんな会話を交わしていた時だった。


「おーい、新入りぃ!」


 荷車にいくつかの家具を積んだ男が、俺達に声を掛けてきたのだった。

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