第33話 赤髪娘レイラ
先程出会った赤髪の女性はレイラというらしい。
レイラは村長宅まで案内する過程で、すれ違った村人達に「移住希望者だよ」と紹介してくれていた。俺達はぺこりと頭を下げて簡単に挨拶するだけで、必要以上に話さなかった。まだ住めると決まったわけではないからだ。
レイラの話では、住む住まないを決めるのは村長なのだと言う。村長が良しと言えば住めるし、ダメと言われたらダメだそうだ。
ただ、こんな辺境の村に移住したがる若者も滅多にいないので、移住者は大歓迎状態。基本的には許可が降りるだろうというのがレイラの予測だった。すれ違う人々もレイラから移住希望者だと言われると皆快く挨拶してくれているし、どうやら移住者を欲しているのは間違いないらしい。
ただ、きっとこれはレイラという女の子の信用もあるんだろうな、と思う。レイラが大丈夫と判断したなら大丈夫だろう、という彼女の持つ信用なのだ。もし彼女の付き添いなくこの村の中を歩いていると、奇異な視線を向けられていたに違いない。
「村の中にも花壇がたくさんあって素敵ですね!」
アリシアが民家を眺めながら、瞳を輝かせて言った。
この村の人達は花が好きなのか、各家で花壇を作って花を育てている。赤や黄色といった暖色で花を揃えている家もあれば、青や紫と寒色で色を揃えている家もある。ただの家だというのに、何だか見ているだけで癒されてしまった。
中には花の色をグラデーションカラーに変化させている花壇もあって、どういう植え方をしたのだろうかと興味を惹かれる。
「アリシアは花が好きなの?」
「はい、とっても!」
「花が嫌いな女の子って少ないもんね。ポトスはウィンディア王国の中でも草花の村って言われてるくらいだから、気に入ってくれてるのは嬉しいな~」
「ここの花畑が綺麗だとシャイロから聞いていたんですけど、想像以上でした」
アリシアとレイラは早速打ち解けたようで、気さくに会話を交わしていた。年が近い事もあってか、意気投合するまで時間はほとんど掛からなかった。
最初こそ厳しい印象が強かったレイラであるが、ただ単に俺達を警戒していただけの様だ。今となっては話しやすい女の子である。
「シャイロさんは、前にもポトスに来た事があるんだっけ?」
「商人の護衛で一度だけな」
「そうなんだー! 知り合いは誰かいる? もしいるなら呼んでくるよ!」
「いや、村の人達とは会話なんてしてなかったから、知り合いはいないかな」
「そうなの? まあ、シャイロさんは会話下手そうだもんねー」
レイラはハイテンションのまま余計な一言を付け加えた。
会話下手そうで悪かったな。実際に会話よりも剣の方が上手いのだから文句の一つも言えないのだけれど。
アリシアはそんな俺の何とも言えない顔を見て、くすくす笑っていた。
「知り合いもいないのに、一度来ただけのここに来ようと思ったの?」
レイラが意外そうに訊いてきた。
「アリシアを連れ出して、ふとどこに行こうかってなった時に……ここの花畑が目に浮かんでさ。こんなに花が綺麗なところで暮らせたら幸せだろうなって思ったんだ」
「そうなんだ~! なんだか自分が褒められてるみたいで嬉しくなっちゃうね」
レイラは村の印象を聞くと、嬉しそうにうんうん頷いていた。
きっとこのポトス村の人々にとっても、あの花畑は誇りなのだろう。野菜の様に食材になるわけでもないのにここまで綺麗に花を育てるだなんて、なかなかできる事ではない。
そして、だからこそこの村の人々は優しいのだ。花なんて、きっと心が優しい人でないとなかなか地道に育てられないように思う。あくまでも俺の先入観にしか過ぎないけども。
「はい、到着! ここが村長の家よ」
レイラが村の真ん中にある大きめの民家を指差して言った。
この家が食糧の備蓄を管理しているのか、裏には食糧庫らしき大きめの倉庫がある。
村長の家は他の家よりも植えられている花が多く、華やかだ。家屋が蔓で覆われていて、独特な雰囲気。自然が好きなのだなぁというのがよく伝わってくる。
「じゃあ、入るわよ。多分大丈夫だとは思うけど、話す事だけは考えといてね」
レイラは俺にそう言ってから、扉をノックする。
何だか、そう言われてしまうと妙に緊張してくる。こちとら王女と一か月半近く生活していて、今更身分の高い者と会うのに緊張などしないと思っていた。だが、この村長の意向に添えなかった場合は移住の許可が降りない。それを考えると、妙な緊張感が漂ってくる。
アリシアも緊張しているのか、背筋を普段よりもぴんと伸ばしていた。
「はいはい、どちら様ー?」
家の中から、女性の声が聞こえてきた。奥にいるのか、少し声が遠い。
「あたしよ。入るわねー」
レイラは声を少し張り上げてそう言うと、中の人の返答を待たずに、がちゃりと扉を開ける。
いやいや、中の人が出てくるまで待たなくていいの? 村長の家だろ、ここ?
「ほら、入って入って」
レイラは俺とアリシアにそう促すので、俺達は顔を見合わせつつも彼女の後ろに続いた。
これ怒られない? レイラのせいで移住許可降りなかったら堪ったものじゃないんだけど。
「レイラちゃん、いらっしゃい」
俺達を出迎えたのは、金髪碧眼の女性だった。落ち着いた雰囲気から、俺より二十くらいは上だろうか? だが、あまり年齢を感じさせない美しい奥方だ。
「あら、お客様? 珍しい髪色をした娘さんね。とっても可愛らしいわ!」
奥方はアリシアを見て吃驚の声を上げた。
銀髪の人間などモンテール王国でも彼女以外に見た事がないが、ここウィンディア王国でもどうやら珍しいらしい。ここにくるまでも、その物珍しさからアリシアはよく話し掛けられていた。偏に彼女が可愛らしいから話し掛けられていただけかもしれないけれど。
「うん、遥々モンテール王国から来たんだって。なんと、カップルで移住希望!」
「あらあらあら、駆け落ちかしら⁉」
あの……どうしてこの村の人間は駆け落ちだと決めつけたがるのだろうか。
こうまで勝手に勘違いされるとなると、駆け落ちで貫くのがやはり得策だろう。
「詳しい話は主人が聞きますから、奥で待ってて下さいね。主人を呼んできます」
「はい」
俺とアリシアは頭を下げ、奥方に促されるままに奥の部屋へと入った。
さて、とりあえずポトス村まで辿り着いて村長宅まで来れた。ここから上手くやらないと、これまでの移動が無駄になるので、しっかりしないといけない。
俺はアリシアと顔を見合わせ、互いにこくりと頷くのだった。
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