第32話 偽装駆け落ち案

 それから暫く歩いていると、農具を持った作業服の女性が前から歩いてきた。

 赤髪茶眼で、きりっとした表情のやや気の強そうな女性だ。歳はアリシアと同じくらいだろうか。作業服なので体型はわからないが、綺麗な顔立ちをしている。


「こんにちは」


 アリシアがまず笑顔で声を掛けた。続いて俺もぺこりと頭を下げる。


「……こんにちは」


 その女性も挨拶を返してくれたが、胡乱な表情で俺とアリシアを見比べていた。どうやら警戒されているらしい。

 まあ、それも仕方ないだろう。聖職者風の女性と、剣を背負う傭兵風の男が一緒なのだ。商人とも違うし、貴族でもない。実際自分でもこんな凸凹コンビを見たらどんな感想を抱くのか、想像もできない。


「どちらさん? この村の人じゃないよね。旅人さんかしら?」


 その女性は外観通りの厳しい口調で話し方で訊いてきた。その瞳は警戒心に満ちている。

 そういえば以前商人の護衛をしていた時もこうした対応をされたな、と俺はふと思い出す。こうした辺境の地ではよそ者は災いや混乱をもたらすとされている事が多いし、外の人間にそもそも慣れていない。

 ただ、挨拶を返しているところを見る限り、悪い人ではないのだろう。


「俺達はこのポトス村に移住したくて来たんだ。手続きとか、そういったものがあるなら教えて欲しいんだけど……どこにいけばいい?」


 とりあえず目的を包み隠さず言った。

 先に移住したい旨を伝えた方が楽だと思ったからだ。


「こんな片田舎に住みたいの? 言っとくけど、めちゃくちゃ不便よ?」

「ああ、それでも構わない。ここに住みたいが為に、遥々モンテール王国から来たのさ」

「モンテールから⁉ めちゃくちゃ遠いじゃないの!」


 女は目を丸くして吃驚の声を上げたかと思うと、それから俺とアリシアを再度見比べ、ハッと何かに気付いたかの様な顔をする。


「わかったわ、駆け落ちしてきたんでしょ⁉」

「は?」

「良いって良いって、詳しくは聞かないから! そうよねえ、どっからどう見ても身分の高そうな女の人に、粗暴そうな男だもん。おかしいと思ったのよねー!」


 女は何やら一人で納得して、うんうんと頷いていた。

 いや、アリシアが身分が高い女の人である事は間違いないし、傭兵風情の俺が粗暴そうに見えるのも致し方ないとして、人からはっきり言われると腹が立ってくる。


「安心して! あたしが村長のところまで案内してあげる。二人で安息の地を求めて遥々ポトスに……いいじゃないのー! 応援してるわ!」


 嬉々として言う女に、俺は何となくその本心に気付いてしまう。

 多分、片田舎故に新しい話題がないから、きっとここの連中はめちゃくちゃ娯楽に飢えてるんだ……さっきの気の強そうで怖そうな印象どこいった。


「ちょっと待っててね! これだけ畑に置いてくるから!」


 女はやや高めのテンションで農具を指差すと、先程俺達が通ってきた道を小走りしていく。


「な、何だか凄い勘違いをされてしまいましたね……」


 女の背を見送りながら、アリシアが困った様な、やや恥ずかしそうな笑みを浮かべた。

 だが、俺は女のその勘違いについて別の考えを思い至っていた。


「駆け落ちか……案外悪くないかもな」

「へ⁉」


 アリシアが間の抜けたような声を上げた。目を白黒させている。


「いや、さっきあの子が言った通りさ、俺とアリシアは見掛けからして身分が違い過ぎるから、怪しく見られるかもしれないだろ? これまでは旅の神官と護衛って言ってきたけど、移住するとなったらそれも変だ」

「確かに……それもそうですね」

「だろ? だからさ、いっその事駆け落ちしてきた事にした方が良くないか?」


 なんだかナロンにからかわれた事を思い出すが、この場合はその理由が自然なように思える。

 俺は傭兵だか冒険者で、アリシアは貴族だかの出にすればいい。それに、それらはあながち嘘ではない。家出がしたかった王族と国から裏切られた傭兵という形ではあるが、あまり差異はないだろう。

 村人達の警戒心を解くのにも有効であるし、傭兵上がりの男がいるとわかれば村の男達もアリシアに変な事をしようとも思わないはずだ。


「それはわかりましたが……その、シャイロはいいのですか?」


 俺の説明に納得はしたものの、アリシアがどこかおずおずといった様子で訊いてくる。


「え? 何が?」

「私と恋人同士に見られて、迷惑ではないんですか? ここの村で、新しい女性との出会いもあるかもしれないのに」


 やたらとアリシアの声が小さい。どうしたというのだろうか。それに、やや顔も赤い気がする。


「嫁探しにこんな場所まで来たわけじゃないさ。それに、それを言うならアリシアだって同じだろ? 傭兵上がりの俺が彼氏役なんて、嫌だろ」

「そんな! 私は全然、嫌じゃないというか、むしろ……嬉……というか」

「え? むしろ何だって?」


 声が小さくて、後半がよく聞こえなかった。


「い、いえ! 何でもありません!」


 ただ訊き返しただけなのでに、アリシアは妙に狼狽して手をぶんぶん横に振ると、何故かそのまま俯いて黙り込んでしまった。

 どうしたのだろうか。何だか変なものでも食べさせてしまったか?


「まあ、ともかく。とりあえずそういう事でいいか?」

「……はい。宜しくお願いしますね、シャイロ」


 アリシアはどこか面映い表情を浮かべながらも、微笑んで頷いていた。その表情は恥ずかしそうでありながらも、どこか嬉しそうでもあった。

 偽装駆け落ちを装うというのに、何故嬉しそうなのだろうか。

 その真意はわからないが、それから先程の女の案内のもと、俺達は村長のところへと向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る