第27話 〝逃がし屋〟ナロン②

「ねえ、一体君は王女殿下に何を吹き込んだの?」


 ナロンが訝しんだ様子で俺に小声で訊いてきた。

 いや、俺は何も吹き込んでないんだけど。ただウィンディア王国の片田舎でのんびりと暮らしたいと理想を語っただけだ。どうしてアリシアがこれほどまでに固い決意を結んでいるのか、当の俺にもさっぱりわからない。

 ただ、おそらく考えられる事は、あのミンスター村での経験だ。これまで教会から課せられていた、助けたい人を助けられなかったというは、彼女にとって最も苦痛な事だったのだろう。


「まあ、王女殿下がそこまで仰るなら、僕は僕の仕事をするだけですけどね」


 ナロンは両掌を空へ向けて肩を竦めると、俺の方を向き直った。


「でも、出国の手配はできても入国の手配は僕にはできないからね? もう一回入ってくる時はそっちで何とかしてよ?」


 彼の言葉に、しっかりと頷いて見せた。

 もともと俺は一度出たら戻ってこないつもりだ。アリシアに関してはわからないけれど、万が一戻りたいと言い出したなら、ジャクールとモンテールの関所に連れて行って王女が帰ってきたなどと言えば後は何とかなるだろう。

 そこから先は俺の知った事ではない。俺は誘拐依頼を受けただけであって、家まで送り届ける依頼までは受けていないのだから。


「ジャクールからウィンディアまでの行き方は知ってる?」

「それは問題ない。前に一度行った事があるからな」


 ジャクール公国からウィンディア王国へは関所を通らなくても入れる。モンテール王国とジャクール公国ほど行き来が難しいわけではないし、国境付近の地形も穏やかで山越えの必要もないのだ。食糧さえ用意できれば、関所を通らなくても国境は越えられるだろう。

 ジャクール公国に入ってから馬車を買えば、その分移動時間も短縮できる。一か月もかからないうちにポトス村に辿り着けるはずだ。


「了解。じゃあ、僕も急いで準備するよ。君の死体が見つかってないとなれば、連中は今も君の事を探しているはずだろうしね」


 訃報はあくまでも目撃証言を集める為だと思うよ、とナロンは付け加えた。

 死んだ人間を見掛けたとなれば、誰かが噂する。その目撃情報や噂を国は欲しているのだ。そこからシャイロの足取りを追っていくつもりなのだろう。


「アリシアについての情報は?」

「王女殿下の失踪については公にはなってないよ。だから僕も驚いたんじゃないか」


 でも、とナロンは前置いてから続けた。


「なんだか領主館の方が今朝から騒がしいんだよね。もしかすると、王女殿下の捜索を秘密裡にしているのかもしれない」

「それなら……」

「うん、なるべく急いでこの国を出た方がいいと思う」


 俺とナロンが話し合っていると、アリシアが「あの……」と遠慮がちに手を上げた。


「はい、どうしました? 王女殿下」


 ナロンがすぐさま手を揉んでアリシアの方へと身体を向ける。

 貴族や金持ち商人を相手に仕事をする事が多いからか、こうして自らへりくだる態度が上手い。このあたりのナロンの能力はさすがだ。


「えっと……料金の方なのですが、どれくらいになりそうでしょうか? 私の手持ちで足りるといいのですが」


 アリシアが不安げに訊いた。

 そういえば、肝心な事を忘れていた。俺は過去、ナロンに亡命人を引き渡すまでの護衛を請け負った事はあるが、肝心の〝逃がし〟にどれほどの費用が掛かるかまで聞いていなかったのだ。


「その手持ちの半分……と言いたいところですが、シャイロには過去に何度か仕事を貰った事がありますからね。今回は特別割引で、更にその半分で構いません」

「えらく気前がいいじゃないか。どうした?」


 こちらの持ち金の確認もせずに四分の一と言ってきた。

 もし少額しか持ち合わせていなかったらどうするつもりなのだろう? これまでの亡命もそんな感じでやってきたのだろうか。


「〝逃がし屋〟だなんて言っても、僕にとってはただ荷物が一つ増えるだけだからね。お金は貿易の方でも十分稼げてるのさ」


 曰く、ナロンはもう何年もジャクール公国との貿易を行っている事から、関所はなのだと言う。積み荷もチェックなしだそうだ。

 ただ長く続けているだけでなく、モンテール王国に利益が出るような交渉をしてくるので、国家からの評価も高い。彼が顔パスで楽に〝逃がし屋〟ができるのは、そういった事情もあるようだ。


「じゃあ、何でこんな〝逃がし屋〟なんて危ない橋渡ってるんだよ。バレたらその信用を失う事になるどころか一発で人生終わるぞ」

「うーん……一言で言うと、趣味かな?」

「趣味?」

「うん。亡命するってなると、皆それぞれ色んな事情を抱えてる。僕はその人達の人生を垣間見るのが好きなんだ」


 少年の様なおっさんは少年みたいに笑って言った。

 意外な理由だった。もっと他に理由があるのだと思っていたが、本当にそれでは趣味だ。


「その亡命に至る理由を聞かせてもらうのが、主な料金ってわけなのさ。その理由を僕が面白いと感じれば安くするし、つまらないと感じれば高くする。脱税して捕まりたくないから亡命とか、そんなつまらない理由で僕を使おうってんなら、それ相応の対価は支払ってもらうさ」


 ちゃんと税金を納めておけばよかったと思う程にはね、と少年おやじは付け足した。


「それで言うと、宰相から暗殺を目論まれた挙句に王女殿下を連れ去って亡命だなんて、過去最高に運命的でたぎる理由だったよ。割引にはそのあたりの付加価値もあるのさ」

「悪趣味な奴め」


 こっちは気が気でないというのに、随分と勝手なものだ。それでもこいつしか頼る者がいないから余計に質が悪い。

 ナロンは俺の言葉に「知ってる」と悪戯げに笑ってから、こう付け加えた。


「後は亡命した先で幸せに暮らしてくれたらそれでいいさ。辛い思いをしたなら、その分幸せになる権利があると僕は思ってるからね」


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