第24話 恋する乙女は胸躍らせる③ ◆アリシア視点

「では、シャイロ。今日は楽しんでみませんか?」


 アリシアはシャイロが串焼きを食べ終わった頃を見計らって、そう提案した。


「は?」

「ほら、行きますよ! 皆と一緒に踊りましょう!」


 楽しげにそう言うと、王女は青年の手を引いて立ち上がる。


「いやいや、俺踊った事とかないんだけど⁉」

「さっき仲間と歌ったり踊ったりしてたって言ったじゃないですか」


 アリシアの手痛い指摘に、シャイロは「うっ」と呻いた。

 身から出た錆というやつだ。自ら適当な嘘を吐いてしまったせいで、逃げ道を一つ防ぐ事になってしまったのである。


「いやいや、王女様と一緒に踊れる器じゃないから」

「今は旅する神官とその護衛ですよ?」

「そういう問題じゃなくて、ヘタクソなんだよ!」

「私、ダンスのリードには定評がありますから! 安心していいですよっ」


 右と言えば左である。一つ一つ、シャイロの言い訳を潰していく。


「……わかったよ。下手でも文句言うなよ」


 王女が諦める気配がない事を悟ったのか、シャイロは観念した様に大きな溜め息を吐いた。


「はい、文句なんて言いません」


 アリシアは嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませ、皆が躍る営火えいかのもとへと彼をいざなっていく。

 踊り場に行くと、村人達は歓喜して二人を迎え入れた。村の救世主二人が踊るとなって、会場は大盛り上がりだ。

 四カウントで新しい曲が始まると、アリシアは楽曲のテンポに合わせてシャイロをリードしていく。

 民謡に合わせて踊るなどアリシアとて初めてであったし、しかもフードを深く被りながらなので、これまでのパーティーや舞踏会で踊ってきたものとは大きく勝手が異なる。ただ、特に決まりもなく自由に踊って良いみたいだったので、リズムと曲調にさえ慣れてしまえばもうこちらのものだった。

 シャイロは案の定ダンスの経験が全くなかったようだが、もともと武芸に優れていて運動神経も良かったことから、すぐにコツを掴んだようだ。それから二人の息が徐々に合うようになってきて、まるで新しい演舞の様に二人の舞いが始まる。

 その華麗な動きから、村民達はますます盛り上がって拍手喝采だ。


 ──どうしてでしょう? 凄く、ドキドキします。


 自らの胸が早鐘の如く打ち鳴っている事に気付き、その音が彼に聞こえてしまうのではないかと一気に恥ずかしくなった。

 王の一人娘という事もあり、アリシアは貴族の男性からダンスの誘いを受ける事が多かった。ダンスの上手い男性、そうでもない男性、無駄に身体に触れてこようとする男性……様々な貴族や他国の王族からエスコートを受けて、踊ってきた経験がある。だが、今回のダンスほどドキドキした事はなかった。

 シャイロと手が自然に合わさり、たまに腰を支えられたり、支えたりもして、自然と互いの身体が触れ合う。彼に触れられた場所がくすぐったくて、じんわりと熱くなってくるから不思議だ。

 フードを深く被っていてよかった、とアリシアは思った。きっと今、昨日下着を干そうとしているところを見られた時以上に顔が赤くなっているに違いない。例えダンスとは言え、気になっていた殿方から触れられると、こんなにもドキドキするのかと彼女自身驚いていた。


 ──シャイロはどうなのでしょうか?


 こっそりとシャイロの顔を覗き込んでみる。

 彼はアリシアに恥をかかせまいと一生懸命に踊っているが──その頬が、いつもより赤くなっているように思えた。表情にも、照れや恥ずかしさを堪えているといった感じだ。

 そんな彼を見て、高鳴る胸にきゅんとした痛みが加わる。先程感じた胸の痛みよりも、もっと強い痛み。でも、その痛みはどこか心地よくて、もっと味わっていたくなる……そんな不思議なものだった。

 アリシアは咄嗟に顔を伏せて、自らの表情を悟らせないようにした。きっと今、頬が緩んでしまっていて、とんでもなくだらしない顔をしてしまっているような気がしてならなかったからだ。


「……シャイロ」


 アリシアはそんな気恥ずかしさを抑え込み、彼の名を呼んだ。

 彼には伝えなければならない事があったのだ。


「ん?」

「今日は気を遣わせてしまい、すみませんでした」


 本当は今日に限った話ではない。彼はずっと、アリシアに気を遣ってくれていた。

 だが、いつも以上に今日は気を遣わせたのだと思う。その御礼を言いたかったのだ。


「別に、これが一番手っ取り早くて効率が良いって思っただけさ。俺も、タダで服を何着も貰って申し訳なかったしな」


 踊りながら、アリシアにだけ聞こえる程度の声でシャイロが応える。

 もしかして彼は気を遣うのが趣味なのだろうか。それとも、王女だから気を遣わせてしまっているのだろうか。その理由はわからないが、できればこうした気遣いが不要なほどの仲に早くなりたい──アリシアはそんな事を考えるようになっていた。


「ポトス村でもダンスのお祭りがあったら、一緒に踊りましょうね」

「勘弁してくれ。今だって、足を踏まないように必死なんだ」

「シャイロは武芸が達者ですから、ダンスも上手です。少なくとも……私はシャイロと踊るのが、これまでで一番楽しいですから」

「えっ──」


 アリシアの言葉に驚いたシャイロが、思わずつんのめった。彼は呆けた様子で、フードで目元が隠れている王女を見つめている。


「ほら、シャイロ。どうしたんですか? 曲が変わりますよ?」


 アリシアは冷静を装って、口元だけで笑みを作ってみせる。フードの下では、自らの発言に顔を真っ赤に染めているのを何とか誤魔化そうと必死だ。

 ただ、次にシャイロと踊る時は、フード無しで、しっかりと彼を見つめて踊りたい──そんな願望を、王女は抱いたのだった。


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