第23話 恋する乙女は胸躍らせる② ◆アリシア視点

 その日の夜は、村長の計らいで宴が開催される運びとなった。メインはシャイロが予言した通り、豪傑熊グリズリーの鍋だ。他にも熊肉を用いた料理を、村の女達がせっせと作っている。

 今回の豪傑熊グリズリー討伐での怪我人は奇跡のゼロ。なんと、シャイロが一人で三匹とも一瞬で屠ったらしい。自警団の青年達が、彼の武勇伝を我が事のように語り、皆に聞かせて回っていた。

 食事もそこそこ進んだ頃合いで、楽器を弾ける者による即興の演奏会が始まり、その音楽に乗って人々が踊り始めた。村の集会所が舞踏会さながらの光景だ。

 豪傑熊グリズリーの討伐を、村人達は心から喜んでいるのだろう。

 豪傑熊グリズリーは数年に一度、こうして街道付近に現れる事があるらしい。その度に領主の方に討伐依頼を出すのだが、領主の騎士団では討伐が終わるまで時間を要する。豪傑熊グリズリークラスの魔物となると、騎士団の被害も大きくなるので慎重になるからだ。

 その間はミンスター村を訪れる者は激減し、その結果村全体の収入も激減する。豪傑熊グリズリーが現れると、その脅威に怯えるだけでなく、経済的にも大変な時期を送らなければならなくなっていたそうだ。

 それが、今回はシャイロの御蔭で発見した翌日には討伐完了、しかも怪我人はゼロ。それに加えて、予想外の大きな臨時収入も入ったのだから、その喜びは尚大きいのだろう。

 というのも、宿屋の女主人によると、豪傑熊グリズリーの爪や毛皮は武器や防具の材料として高く売れるのだそうだ。いつもは領主が討伐してそのまま持って行かれてしまっていたが、今回はそれらが全て村のものである。村人達が浮かれるのも無理はなかった。

 だが、その豪傑熊グリズリーを屠った村の英雄ことシャイロは、自らの武勇を語って聞かせるのでもなく──むしろそれらは同行した青年達の仕事となっている──隅っこで一人座り、麦酒エールをちびちび飲んでいた。


「シャイロはいつも隅っこにいるんですね」


 アリシアはシャイロの隣に腰掛けて、手に持った皿から串焼きを一本彼に差し出した。彼はむすっとしつつ無言で串焼きを受け取ると、先っぽの肉にかぶり付く。

 アリシアもシャイロの食べ方に倣って串焼きを頬張った。フォークやナイフを使わずに直接肉にかぶり付くなど、彼女の人生では初めての経験だった。きっと、城の者が見たら卒倒してしまうだろう。


「……別に、いつも隅っこにいるわけじゃない」


 肉を咀嚼しながら、シャイロはやや不満そうに答えた。


「そうなんですか? お父様のパーティーでも、隅っこでこうしてちびちびとお酒を飲んでいたように思うのですが」

「……見てたのかよ」

「はい。シャイロは異質ですから、いつも目立ってました」


 王女の言葉に舌打ちをすると、シャイロは麦酒をぐいっと呷っていた。


 ──ほんとは、私がただ目で追っていただけなんですけどね。


 彼が恥ずかしがっている様子を見てアリシアは喉の奥で笑うと、営火えいかへと視線を送る。村人達は営火えいかを真ん中において、その周囲を楽しそうに踊っていた。

 これも一応パーティーというものなのだろうが、アリシアが知るものとは随分と違っていた。純粋に人々が宴を楽しんでいるせいか、参加していなくても何だか気分が昂ってくる。気を遣ってばかりで料理も満足に楽しめない王家や貴族のパーティーとは大きく異なるものだった。


「別に飲みの席が嫌いなわけじゃない。パーティーみたいなのが苦手なだけで、傭兵仲間達とはよく酒を飲んでいたし、バカ騒ぎもしていたさ」

「バカ騒ぎ? シャイロがですか?」


 意外な答えだった。

 どこでもこうして一人でちびちび酒を飲んでいるのだとばかり思っていたからだ。


「なんだよその反応は。おかしいか?」

「おかしくはないですけど……想像ができないというか」


 アリシアの知るシャイロは、いつも冷静で物静かだ。歩んできた経歴が過酷だったからか、どこか達観した雰囲気さえある。アリシアからすれば、随分と大人だという印象だ。


「バカ騒ぎをしているシャイロって、どんな感じなんですか?」


 疑問に思ったので、訊いてみた。

 

「どんな感じって言われてもな……説明が難しいんだけど。飲み比べして、酔っ払って、たまに吐いて、ふらふらになってなんか歌ったりとか踊ったりとか、そんな感じかな?」

「ええー? そんなシャイロ、想像がつきません」


 絶対に嘘だ、とアリシアは確信する。

 仮に酔っ払っていたとしても、この男はそうはならないだろうと思う。実際に、今も酒を飲んでいる割に普段とテンションが一切変わっていない。多分、飲み比べして酔っ払ったり歌ったりというのは、その仲間の話なのではないだろうか。


「ともかく、こういう場は楽しみ方がわからないってだけさ。こうして眺めているだけでも十分その雰囲気は伝わってくるし」

「眺めているだけ、ですか」


 おそらくこれが真実なのだろう──確証はないが、アリシアは何となくそう思った。

 彼はいつも遠くから楽しそうな光景を眺めているだけで、決してそこに参加する事はなかったのではないだろうか。仲間達が酒を飲み交わしている傍らで、その様子を眺めているだけ。何んとなくだが、そんなシャイロが一番想像に容易かった。

 良く言えば孤高、悪く言えば孤独。それがシャイロ=カーンという男なのかもしれない。

 そこで、アリシアはを思いつき、シャイロの方へと向き直った。

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