第20話 猛獣退治
「
翌朝──村の集会所で対
唐突な俺の申し出に、村人達がざわつき周囲の者とぼそぼそと話し始める。あの神官殿の護衛なら強いに決まっているし安心だ、という意見と、これ以上二人の世話になるのは村としてどうなんだ、という意見で分かれているようだ。
「シャイロ……? その、いいんですか?」
村人達が会議する傍ら、アリシアが小声で訊いてきた。
「いいって、何が?」
「いえ、その……シャイロはきっとハイラテラの町に行く事を優先すると思っていましたから」
ちょっと意外でした、と王女殿下は付け加えた。
ああ、その通り。本当なら一刻も早くこんな村から出てついでにモンテール王国領内から脱して安全を確保したいところだ。こんな危険地帯で、しかも身バレしそうな痕跡を残している場合ではない。
「でも、アリシア。どのみちあんたはこの問題を解決しないとここから離れようとしなかっただろ?」
「別にそんなつもりは、ありませんけど……」
アリシアはそう言いつつも、気まずそうに視線を泳がせた。
何となくこの王女殿下の行動規範というか、お人好しぶりはこの数日間で理解したつもりだ。それならば、いちいち言い争うよりも、とっとと問題自体を解決してしまった方が手っ取り早い。敵がドラゴンとかならさすがに俺も躊躇するが、せいぜい獣の
それに、
「申し訳ない……旅の方。昨日に続いて、あなた方の力を借りても構いませんでしょうか?」
村長のジェフリー爺さんがおずおずとこちらの顔色を伺うように言った。
結局、
俺としては面倒な限りだが、村を預かる身としては英断だ。恥や外聞なんぞは腹の足しにもならない。利用できるものは利用して、自分達の安全や収入を確保するのは何も間違った事ではないのである。
「その代わり、ハイラテラの町まで同乗させてくれる馬車を用意するって話は確約させてくれ。それが俺からの条件だ」
「それはもちろん! 元からそのつもりでしたから、商人にはもうお連れするように伝えてあります」
「じゃあそれで問題ない。後は、俺が獣狩りをして、今夜はここで熊鍋パーティーでもすればいいさ」
俺は村長にそう言うと、昨夜瀕死の傷を負っていた青年へと視線を移した。
「さあ、
「あの、旅の方。本当に大丈夫でしょうか? いくら剣士様と言えども、あの化け物は人の力が及ぶところではありません。俺達だって、
若者が怯えた様子で言った。
彼が怯えるのも無理はない。この青年は昨日、腹から肋骨までぱっくりと爪で引き裂かれていたのだ。あと数分アリシアの治療が遅ければ、今こうして話している事はなかっただろう。
「俺を誰だと思ってるんだよ?」
危うく、お前も知ってる〝黒曜の剣士〟だぞ、と言いそうになって、思わず口を噤む。
正体をバラしちゃいけないって言ってるのに、何を自分から言おうとしているんだ俺は。
「俺は、偉大なる奇跡を起こしたこの神官殿の護衛に選ばれたんだ。魔物くらいに負けているようじゃ、神官殿の旅の御供は務まらないのさ」
そう言って、アリシアに向けて肩を竦めて見せた。
彼女はフードで顔を覆っているものの、口元に笑みを浮かべている。
「じゃあ、アリシア。ここで待っててくれ。さっさと終わらせてくる」
話がまとまり、村の青年何人かが準備をしている最中、俺はアリシアに小声で話し掛けた。
「はい。お待ちしてますね」
アリシアは、意外にも笑顔でそう答えた。
「あれ? てっきりついてくるって言って譲らないものかと思っていたんだけど」
俺の疑問に、王女殿下はくすっと笑ってこう答えた。
「シャイロの強さは、よく知っているつもりですから」
*
「剣士殿、準備が整いました」
自警団の青年達が俺のもとに駆け寄ってきた。
彼らには案内するだけで良いと伝えているのだが、それだけでは悪いと思ったのか、青年達も武装している。
尤も、それは武装と呼ぶには随分と心許ないものだった。皮を鞣して作った鎧に盾、刃毀れしていそうな剣や槍……
「戦うのは俺一人で十分だと言っただろうが」
「ですが、剣士殿。俺達にも援護くらいはさせて下さい」
青年達は俺を見据えてそう言った。
彼らなりに、旅人に全部おんぶに抱っこというのは避けたいという気持ちの表れなのだろう。正直、本音としては下手にうろつかれると邪魔だし、アリシアの仕事を増やすだけになりそうなので、ご遠慮願いたい。
だが、若者達の決意を無碍にもしたくなかった。彼らは彼らで、村を守りたい気持ちから申し出ているのだ。
「わかったよ。でも、邪魔はしないでくれ。昨日あんたらが生き残れたのだって、ただ運が良かっただけなんだからな」
俺は厳しい目つきで若者達に言う。
「心得えております。それでは、早速向かいましょう!」
青年達は俺の言葉に緊張した面持ちで頷きそう言うと、馬車まで先導して案内してくれた。
馬車に乗る前に、アリシアの方をふと振り向く。
彼女はフードから顔を少しだけ覗かせ、俺に笑顔を向けてくれた。
『シャイロ、気をつけて下さいね』
その笑顔は、まるでそう言ってくれているようだった。
俺は彼女に手を振って応えてみせると、自警団の馬車へと乗り込んだ。
不思議とその笑顔を見ると、やる気のようなものが溢れてくる。特段獣退治などにやる気を出す必要もないのだが、頑張ろうと思えてくるのだ。
──にしても、俺の強さについては知っているつもりとさっき言ってたけど、あれは一体どういう事なんだろう?
アリシアが俺の戦いについて見た事はないはずだ。王女様が戦争の状況やその功労者について知っているとも思えない。
──ま、過去の戦績や吟遊詩人の詩で聞いたのかもしれないな。
王女殿下の耳に入る程度まで活躍できていたのなら、それはそれで光栄な話である。彼女が俺の事を信用してくれているのも、そういった傭兵時代の積み重ねがあったからかもしれない。
尤も、その傭兵〝黒曜の剣士〟はもう死んだものとして扱われているのだけれど。
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