第18話 聖王女の本領発揮

 女主人に案内されて、村の中心部にある集会場へと案内された。

 集会場に近付くにつれて血の臭いが漂っていて、まだ状況を見ていないにも関わらず、その悲惨さが伺われた。

 屋外の集会場に辿り着くと、俺とアリシアは咽返るような血の臭いに思わず顔を顰める。

 地面に怪我人達がずらりと並べられていて、それぞれが痛々しい呻き声を上げていた。


 ──胸糞悪い光景だ。


 思わず、戦争時の野戦病院を思い出してしまう。戦でもこうして、地面に怪我人達が寝かされ呻いていた。その中でも重傷者は治療が間に合わず息絶える事も多い。野戦病院では騎士や王国兵士から順に治療されていくので、俺と同じく傭兵だった者や義勇兵達の多くは命を落としていったのだ。

 と、今はそんな事はどうでもいい。

 ざっと辺りを見回すと、怪我人は二十人弱。命も重傷者は五人といったところだろうか。中にはもう間に合わないのではないか、という者もいた。

 怪我から見て、鉤爪にでもやられたようだ。ぱっくりと爪の形に身体が引き裂かれている。


「重傷の方から順に診ていきます。一番怪我のひどい方のところに案内して下さい」


 どう治療していくんだとアリシアに訊こうと思った時には、彼女は率先して自ら動いていた。この状況を前にしても、落ち着いている様だ。


 ──なるほど、さすが城から脱走までして家出するお姫様だ。肝が据わってやがる。


 俺はそんな様子のアリシアを見て、思わず感嘆の息を吐いた。

 そういえば、俺の傷を見てもすぐに治療を開始してくれたんだっけか。あまりあの時の事は覚えていないが、怪我人を前にする事に慣れているのかもしれない。

 村人に一番重傷者のところまで案内してもらうと、これまた酷い有り様だった。爪で身体が引き裂かれていて、骨ごと持っていかれてしまっている。意識もないので、あと数分命を保てれば良い方だ。


「しっかり! すぐに治療しますから、もう少し頑張って下さい!」


 アリシアがそう呼び掛け、〈治癒魔法ヒール〉を唱えようとした時だった。


「待って下され、神官様!」


 村長のジェフリーがアリシアの治療に制止を掛けた。


「すみません、ジェフリー様。今は一刻を争う状況です。お話なら後でお伺いしますので……」

「ですが、神官様。その怪我ではもう司祭様の魔法でないと無理ですじゃ! それに、これほどの怪我を治してもらうほどの寄付金を納められる程の財力がこの村にはありません。せめて軽傷の者だけでも──」

「こんな時に、何を言っているのですか! お金なんて、どうでもいいです。私に救える人が目の前にいるなら、全員救います!」


 アリシアは鬼気迫る声で村長を一喝すると、そのまま〈治癒魔法ヒール〉を唱え始めた。

 村長もアリシアの気迫に押され、ほうけた様子で引き下がっている。周囲の村人達も『本当にいいのか』などと目配せで語り合っていた。

 これほど熱意ある神官を目にしたのは、きっと初めてだったのだろう。無論、俺も初めて見た。そして、それが神官ではなくこの国の王女というのだから、驚く他ない。

 そして彼女の今の怒りは、民にその様な思いをさせてしまっている不甲斐なさから来ているのかもしれない。気軽に神官に対して治療してくれなどと、一般市民は言えないのだ。

 

「……と言うわけで、ちょっと変わってる神官様なんだ。動ける奴は俺と一緒に重傷者をここに運んでくれ!」


 俺は周囲を見回すと、そう声を張り上げた。

 おそらく運び込まれた順に怪我人が並んでいて、重軽傷者がそれぞれ入り混じっている。このままでは非効率だ。事態は一刻を争う。アリシアが移動する時間でさえも惜しい状況だ。

 重傷者達を荷台の上に移し、村の人達と協力して順にアリシアの周りに並べていく。

 アリシアの〈治癒魔法ヒール〉はさすがといったところで、鉤爪で引き裂かれた腹や骨もみるみるうちに元通りになっていた。


「バカな……あんな重傷まで一瞬のうちに! 司祭様でさえ治せるかどうかといった様子なのに……あの神官様は何者なんだ⁉」


 治癒魔法の効力に村人達は驚きの声を上げていたが、アリシアは気にした様子もなく次々と治療して行く。

 何者も糞も、彼女はこの国一番の回復術師たる〝聖王女〟だ。司祭程度の魔力など比べるまでもない。

 重傷者の治療はアリシアに任せて、俺は軽傷者の治療を手伝いに回った。


「一体どんな魔物にやられたんだ? 大狼ウルフにしちゃ爪痕がでかい気がするけど」


 隣で同じく軽傷者の治療に当たっていた宿屋の女主人に訊いた。

 大狼ウルフ程度の魔物にこれだけ多くの者がやられるわけがない。魔物が蔓延るこの大陸では村それぞれにもある程度の自衛力が求められているので、大狼ウルフぐらいならばどの村でも撃退できるはずだ。というか、そうでないと村の安全が守れない。


豪傑熊グリズリーよ」

豪傑熊グリズリー? こんな人里付近に豪傑熊グリズリーが出るのか?」


 豪傑熊グリズリーとは、三メルト程の巨大な熊の魔物である。凶悪で攻撃的な性格の魔物ではあるが、森の奥深くに棲息しているので、街道付近で出くわす事など滅多にない。


「何年かに一度くらいは道に迷ったのか食べ物欲しさかでこうして出てくるのよ。領主様に討伐依頼を出すんだけど……退治されるまで気が気じゃないわ」

「なるほどな」


 万が一にも豪傑熊グリズリーが村に攻め込んできたら、大惨事になる。それに、豪傑熊グリズリーが出る村など旅人達や商人も近寄ろうとしないので、退治されるまでは村の経済が滞るのだと言う。村としても死活問題だ。

 俺はちらりと〈治癒魔法ヒール〉を唱えているアリシアを見た。

 その表情はフードに覆われているのでわからないが、きっと必死な形相だろう。頬や首に汗が伝っている。


 ──こんなところで道草食ってる場合でもないんだけど……まあ、あの王女様がその状況を知って、何もしないわけないよな。


 俺は苦笑いを浮かべながら、軽傷者に包帯を巻いて行く。

 どうやらハイラテラに着くのは予定より少し遅くなりそうだ。


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