第13話 宿屋で生じたちょっとした問題
「いらっしゃい、『旅籠 香木亭』へようこそ!」
宿屋に入ると、二十代後半くらいだろうか。赤髪が印象的で少し肌が黒い元気な女性が俺達を出迎えてくれた。
スタイルも良くて、所謂美人で姐さん気質っぽい女性だ。この人が先程の村長の娘さんだろうか。
「村長の紹介でこちらに伺ったんだけど……」
「あら! お父さんの紹介ね。宿泊? それともお食事?」
赤髪の女は顔を輝かせた。どうやらこの女性が主人で間違いないらしい。
「へえ、ここは食事もできるのか」
「ええ。こんな小さな村じゃ、食堂を作ろうってお店も他にないからね。この村じゃうちが唯一の宿屋兼食事処ってろころさ」
屋内を見回すと、『食堂はこちら』という札が壁に掛けてあった。
少しそちらの方を覗き込んでみると、既に何組かの旅人らしき人達が食事をしていた。食堂の方から、良い匂いが漂ってきて、思わず腹が鳴る。
「一軒しかない食堂だからって甘く見ないでね? 地元の新鮮な食べ物を使ってるから、味は美味しいって評判だよ」
「そうか、それは楽しみだ。それで、宿泊なんだけど……二部屋頼みたい。空いてるか?」
俺はちらりと後ろにいるアリシアを見て、女主人に訊いた。
しかし、それを見た女主人は『あちゃ~』といわんばかりの露骨な表情を浮かべている。
「二人は兄妹とかってわけじゃないわよねえ……髪色も全然違うし」
「まあ……旅修行中の神官と、その護衛ってところかな。それがどうした?」
「今空き部屋が一室しかないのよ。今日は宿泊客が多くてね。二人部屋だから、ベッドは二つあるんだけど……大丈夫かしら」
「……マジか」
俺は言葉を詰まらせてしまった。
村長の嘘吐き。混んでるじゃないか。
いや、それにしても本当にマジか。仮にも王女殿下と同じ一室で寝るのは、色々まずいのではないだろうか。
もうこの丸二日くらいはもう一緒に過ごしているのだけれど、外で野宿するのと宿で寝るのとでは、色々意味合いが違ってくると思うのだ。
「どうかしましたか?」
俺が困っているのを怪訝に思ったのか、後ろで控えていたアリシアが声を掛けてきた。
「いや、部屋が一室しか空いてないらしくてさ。一応、二人部屋らしいんだけど……」
「……? それの何がいけないのでしょう? 何か問題があるんですか?」
アリシアは俺の説明を聞くと、きょとんとして首を傾げた。
「え? いや、男と二人部屋だぞ。嫌じゃないのか?」
「嫌も何も、もう何日も一緒に過ごしているじゃないですか。お部屋が一つしか空いていないなら、迷う事でもないように思いますけど……?」
その浅葱色の瞳は純粋なまでの曇りがなく、本当に何の問題があるのかはわかっていない様子だった。
──あー、なるほど。この子、相当あれだ。色々鈍い子だ。
何となくそんな気はしていたが、まさかここまでとは思っていなかった。おそらく、アリシアは男女が同じ部屋で寝るという事を、理解していないのだ。
「それに、お城ではいつも一人で寝ていましたから。誰かと一緒の部屋で寝るのも──」
「お城?」
アリシアの言葉に、女主人が
「あ、えっと……お城みたいに大きな神殿なんです。修道女ひとりひとりに部屋が与えられていて」
自分の失言に気付いて、慌ててアリシアが訂正していた。
女主人はアリシアの説明を特段疑問には思わなかったようで、「あ、そういうこと」と納得していた。
その様子を見て、俺はほっと安堵の息を吐く。この人があまり色々勘ぐらないような人だから良かったものの、今のは結構アブナイ発言だった。
「……というわけだから、一緒の部屋で大丈夫らしい」
それ以上この話をしても良い方向に行きそうにないので、とりあえず話を進める。同室も色々問題はあるが、正体がバレる方がまずい。
「じゃあ、そういう事で。宿泊代は二人分で銀貨二枚で、部屋の鍵はこれね。二階の一番奥の部屋だから、後はご自由に。食事の準備ができたら呼びにいくわ」
女主人は俺に鍵を渡すと、「あ、そうだ」とアリシアの方を向いた。
「共用だけど、お風呂があるから夕飯前に入ってきなさいよ。女湯はあっちね」
女主人は食堂がある方角とは逆の通路を指差して言った。ちなみに男湯はその逆側にあるらしい。
こんな小さな村でしっかりと風呂が用意(しかも男女別で)されているのは珍しい。普通は大衆浴場が村に一つあればいい方だ。
「わあ、素敵ですね! ありがとうございます」
アリシアはフードで顔を隠したままだが、丁寧にお辞儀をした。きっと、その表情には柔らかい笑みを浮かべているのだろう。
「それでは、先にお風呂を頂いちゃいますね」
「ああ。じゃあ、俺は部屋に行ってるから、交代な」
アリシアは「わかりました」と頷くと、俺に手荷物を渡して早速浴場の方へと向かって行った。心なしか、足取りが軽いように見える。
おそらくアリシアが家出をしてから風呂に入るのは今日が初めてだ。俺からすれば彼女は清潔に他ならなかったのだが、本人的には色々と気にしていたのかもしれない。そういえば、こっそりと服の臭いを確かめるような仕草もしていた。
とりあえず先に荷物を部屋まで運んでベッドで寝転がろうかと思っていると、女主人が「ちょっとあんた」と俺を呼び止めた。
「ん? どうした?」
「うちみたいな旅宿はさ、結構ワケ有りの人も泊まりくるから、別に珍しい事じゃないんだけど……ただ、ワケがあるなら、もうちょっとあの子にも気を遣わせた方がいいわよ」
彼女はそうとだけ言うと、奥の厨房に入って行った。
ばっちりと何かしら俺達がワケありな旅人だという事は悟られてしまったらしい。
「そりゃあ……あの言い間違いは勘付かれるわなぁ」
俺は大きな溜め息を吐いて肩を竦めると、荷物を部屋へと運んだのだった。
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