第12話 穏やかなる村ミンスター

 それから二日ほど牛車の後ろに腰掛けていると、目的地のミンスター村に着いた。

 アリシアが御礼を支払おうとしても、きこりは『ただ乗せていただけだから』と頑として受け取ってくれなかった。本当に良い人なのだろう。彼女はそうした国民性にも感動していた。

 樵とは村の入り口で別れを告げ、そのままアリシアと村の中を散策する。

 さすがにちょっとベッドがある場所でゆっくり寝たい。牛車に乗っている間は周囲に神経を尖らせていたので、一睡もしていないのだ(アリシアが俺の肩に頭を預けて眠っていたから動けなかった、というのもある。めちゃくちゃ良い匂いがしたのはここだけの話だ)。


「おや、旅の神官さんですかな? こんな辺鄙な村に、一体何の御用かな?」


 村を歩いていると、如何にも好々爺こうこうやといった様子の老人が俺達に声を掛けてきた。


「こんにちは、ご老人。こちらの神官殿が修行旅の途中でな。俺はその護衛役なんだ」


 フードを被ったアリシアを紹介しつつ、用意していた理由を話した。おそらくこの理由が一番俺たち二人の組み合わせとしては違和感がないだろう。名前は敢えて名乗らなかった。


「こんにちは、旅人達よ。わしはこの村で村長をしているジェフリーじゃ」

「一日ほどですが、お世話になります。ジェフリー様」


 アリシアはフードを深く被ったまま、頭を下げた。


「おや、神官殿は女性でしたか。綺麗な髪ですなぁ。何だか、噂によると王女殿下もあなたと同じ銀髪だとか」


 ご老人の言葉に、思わずぎくっとしてしまう俺とアリシア。

 やっぱり王女殿下の知名度は傭兵どころではない。肖像画などもあるので、当然と言えば当然かもしれない。


「い、いえ、そんな。王女殿下と同じだなんて、恐れ多いです」


 アリシアは顔を隠したまま、首を横に振る。

 彼女が謙遜していると感じたのか、村長は頰を緩めてそんなアリシアをうむうむと頷きながら眺めていた。特段怪しまれている様子はないので、ほっと安堵の息を吐く。

 今話しているのが王女殿下だと知ったら、この爺さんびっくりして死んでしまうんじゃないだろうか。


「俺達はウインディア王国を目指してるんだが、何分遠い道のりでな。この村に宿はあるか?」


 このままアリシアと会話をさせるとボロが出そうだと思ったので、俺は慌てて話題を変えた。


「ほう、ウィンディアとな! えらい遠くを目指しているんですなぁ」

「ああ。神官殿の修行地がそこにあるらしくてな」

「なるほどのお。神官殿も大変そうじゃなぁ」


 老人は感心した様子でアリシアを眺めた。

 それに対して、アリシアは何も答えず頭をペコリと下げただけだった。自分が何か言葉を発するのは色々まずいと思ったのだろう。良い判断だ。


「さすがにウィンディアとまでは行かんが、国境近くのハイラテラの町くらいまでなら送ってやれるかもしれん。ハイラテラに向かう商人が確か今この村に滞在してるはずじゃ。わしの方から頼んでみよう」

「本当か! それは助かる」


 俺は老人の好意に感謝を示した。

 国境を無事抜ける為に寄らなければならない場所こそそのハイラテラの町だった。ちょうどどうやってハイラテラまでの足を手に入れようか考えていたところなのだ。


「あ、宿屋じゃったな。それでは案内しようかの。うちの娘がちょうど宿屋の主人をやっていてな」

「それは良い! 世話になるよ。部屋が空いているといいんだけどな」

「なあに、こんな辺鄙な村の宿屋が埋まるなんて事も滅多にないわさ。わしの紹介とあらば、多少は割引いてもらえるじゃろ」

「何から何まで、感謝する。ジェフリー殿」


 それからジェフリー村長は村の事を説明しながら宿屋まで案内してくれた。

 この辺鄙な村の事情にはさほど興味はなかったので、俺は軽く聞き流しながら、村を見回す。話の相槌はアリシアに任せておけばいいだろう。


 ──お、商店発見。明日出発前に寄ればいいか。


 視界の片隅に、町の商店を発見する。

 とりあえずはハイラテラの町までの間ならここで食糧を買えば何とかなりそうだ。


 ──問題はハイラテラに着いてからだよな。まだあの町にいると良いんだけど。


 俺は何年か前に知り合った人物の顔をぼんやりと思い浮かべる。

 傭兵時代の仲間には頼らないと言っていたが、だけは別だ。俺達が無事に国境を抜けるには、その人物の協力が不可欠なのである。

 宿屋の前まで村長に案内してもらい、そこで礼を言って別れた。

 これからハイラテラへ行く商人に話をつけにいってくれるらしい。全く、優しい事だ。

 そして俺とアリシアは、宿屋へと入るのだった。

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