第11話 二人の共通点

 牛車に乗せてもらってからは、特に何も起こらず平和なものだった。

 魔物に襲われる事もなく、俺やアリシアに気付いた者もいない。途中で旅人が集まる休憩所なんかで旅人達からそれとなく話を聞いてみたところ、アリシアの失踪に関する情報については未だ何も出回っていないようで、ほっと安堵の息を吐く。おそらく王宮ではてんわやんわであるだろうが、国民に公示されていないのであれば、逃げ切れる可能性が高かった。

 だが、問題はもう一人の男──即ち、俺の方だ。〝黒曜の剣士〟シャイロ=カーンについては、モンテール河で溺死していたとの発表がされていたらしい。その前に王都の酒場で飲んでいたところを目撃されていたので、酔っ払って河に落ちたのではないか、と推測がされている。

 これはおそらく、怪鳥騎士団レイブンナイツの連中が発表したのだろう。彼らも出世が掛かっていると言っていたので、俺を死んだ事にしたいのだ。


『あの〝黒曜の剣士〟シャイロ様が溺死ねえ……英雄でも死ぬ時はあっけないもんだなぁ』

『剣士様でさえ飲み過ぎには勝てないってこった。気をつけないとな』


 旅人達はそんな会話を交わしていた。

 もちろん心の中で『そんな間抜けな死に方するか! 生きてるわ!』とツッコミを入れていたが、言えるわけもなく、そうだな、とか、間抜けな野郎だ、とか言って相槌を打っていた(けれど、きっと俺の頬は引き攣っていただろう)。

 中には一人だけ『そういえばシャイロ様もあんたみたいな髪型してたな』と俺の髪型を見て言ってきたので少し焦ったが、『シャイロ様に憧れて髪を伸ばしてるんだ』と適当な言い訳を言っておいた。


「髪、切った方がいいのかな」


 休憩所を去ってから、俺は自らの束ねられた髪をいじりながらアリシアに訊いた。


「どうしてですか?」

「いや、俺だってバレるかもしれないからさ」


 この黒髪ぼさぼさポニーテールは〝黒曜の剣士〟のトレードマークでもある。結構気に言っているのだけれど、これで正体がバレてしまっては元も子もない。


「うーん、私はそれで一目見てシャイロだって分かったので切らないで欲しいんですけど……」

「その一目見て俺だって分かったのが良くないんだけど……って、俺だって最初から分かってたの?」


 アリシアは自らの言葉に「あっ」と驚いた声を上げて、慌てて口を押さえていた。

 いや、もう言ってしまったのだから手で押さえても遅いのだけれど。


「……はい。すぐにシャイロだって分かりました。お父様のパーティーでは異質な参加者だったので、記憶には残っていましたし、それに……守って頂いた時の事も、憶えていましたから」


 アリシアは顔を赤らめて、そう言った。

 そんな恥ずかしそうに言われてしまうと、こっちまで恥ずかしがってしまう。


「ま、まあ……傭兵で王様のパーティーに参加してたのって、俺くらいだったしな」


 そして、俺は何処か噛み合っていない言葉を返してしまうのだった。

 アリシアにとって、俺はそれほど印象深い人間だったのか。それはそれで、照れ臭いけれど嬉しい。


「と、とにかく! とりあえずは、今のままで良いのではないでしょうか? モンテールを出てしまえば、きっと大丈夫ですよ」


 何故か俺に髪型を変えて欲しくないらしいアリシアがそう力説する。


「アリシアがそこまで言うなら、変えないけどさ……」


 何だか恥ずかしくなって、アリシアから視線を逸らしつつ毛先を弄ぶ。ただ髪を切るのが面倒だから伸ばしっぱなしにしていただけなのだけれど、彼女はどうやら気に入ってくれているらしい。

 それに、髪型だけで正体に勘付かれてしまうのだとしたら、きっと俺よりもアリシアの方が気付かれやすい。こんなに綺麗な白銀髪の娘など、ういないのだから。

 ちなみにアリシアだが、聖衣の上から白いフードを被らせ、修行中の神官を装わせている。俺はそんな彼女の護衛を勤めている、というていだ。こうしておくと、それ以上の詮索はされないので、色々便利なのである。

 アリシアによると、実際にリーファ教団の神官は自身の力を高める為に旅に出るのだという。あまり傭兵を護衛にする事はないそうだが、神官のひとり旅は危険なので、護衛を付ける事も少なくないらしい。言い訳としては、完璧だ。


「なんだか、不思議ですね……」


 アリシアはフードを少し上げて、その浅葱色の瞳で行き交う人々をぼんやりと眺めていた。


「何が?」

「私はこの国の王女なのに、民が普段どんな会話をしていて、どんな生活をしているのか知りませんでした。あんな風に休憩所で情報交換をしたり、一期一会で会話を楽しんだり……今はそんな中に自分もいると思うと、何だか不思議な気持ちになります」

「これから暫くは、こんな生活が当たり前になるさ。王女でもなく聖女でもない、ただのアリシアに、な」

「素敵ですね。そんな自分になれるなんて、夢みたいです」


 アリシアは少しだけ首を傾け、こちらに笑顔を零した。

 何者でもない自分になる事を『素敵』で『夢みたい』と感じるところを見ると、彼女からすれば余程〝聖王女〟の称号は重荷だったのだろう。

 ただ、その前に確認をしておかなければならない事がある。


「但し……それは、アリシアが王宮を恋しく思わないなら、に限るけどな?」


 一応、釘を刺す意味もあって俺はそう付け足した。

 今は王女の彼女にとって目新しさが優先されて楽しい事で満ち溢れているように見えるかもしれないが、きっと良い事ばかりではない。悪い事も、目を背けたくなる事も起こるだろう。

 少なくとも、王宮で生活していた方が、裕福で安全に暮らせる事には間違いないのだ。例えそれが、望まぬ結婚が待っている未来であったとしても。


「あっ。シャイロは私の決意が揺らぐと思ってるんですね?」


 アリシアは少しむっとした顔をして、俺を責めるように見つめた。


「それはないですよ」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

「そんなに簡単に揺らぐ決意なら、こうして行動には移せませんでした。私は……過去の自分を捨てる為に、王宮を出たんです。そう決意しましたから」


 アリシアはそう漏らすと、王宮があるであろう方角へと視線を移した。


「そっか……そうだよな」


 俺も彼女と同じ方角を見て、彼女の言葉に同意する。

 それはきっと、俺にも同じ事が言えるからかもしれない。

 俺はあの暗殺を期に、〝黒曜の剣士〟としての自分を捨てようと決意した。怪鳥騎士団レイブンナイツや宰相に報復をしようと思えばできたかもしれないが、その道を選ばなかった。それと同じように、アリシアにはアリシアなりの理由があって、〝聖王女〟としての自分を捨てようとしている。

 そう言った意味では、俺と彼女は似ているのかもしれない──。


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