第10話 王女殿下のとんでも発言

 日が昇ってから廃屋を出ると、早速俺とアリシアは街道へと出た。ウインディア王国方面へ向かっている馬車を見つける為である。さすがに直通は無理だろうが、暫くは馬車を乗り継いでいくのが良いだろうと思ったのである。

 馬を買うにせよ、馬車を買うにせよ、もう少し王都を離れてからだ。というのも、俺とアリシアは王都近郊では顔が知られ過ぎている。馬を買おうものなら、すぐに俺の生存や王女の脱走が知られてしまう危険性があったのだ。正直、街道の方まで出るのもちょっと勇気が要ったくらいである。

 俺はなるべく人の好さそうな、それでいて且つ田舎者っぽそうなきこりに声を掛けた。牛車の荷台は空っぽだったので、木材を王都にまで運んだ帰りだろうと推測したのだ。

 田舎者っぽそうな奴に狙いを絞ったのは、俺やアリシア王女の顔が割れていないと思ったからである。予想通り、きこりは俺達に気付く事なく、どうせ荷車は空だからタダで乗っていけと気前よく言ってくれた。


「あのきこりがタダでミンスター村まで乗せてくれるってさ」


 きこりとの交渉を成立させると、待たせていたアリシア王女に声を掛けた。


「無料で送ってくれるのですか? 親切な人に出会えてよかったですね」

「ああ。付け加えるなら、俺とアリシア王女の顔を知らない、親切な人だな」


 俺の補足に、王女は「そうでした」とくすくす笑った。

 いくら俺達が有名人と言えども、田舎の隅々にまで顔が知れ渡っているわけではない。名前くらいは聞いた事はあるかもしれないが、実際に顔を見た者となると少なくなるだろう。アリシア王女に関してもそれは言える。


「あ、シャイロ。一つお願いがあります」


 荷車に向かっている最中、アリシア王女が足を止めてこちらを見上げた。


「ん?」

「その……私の事を敬称で呼ぶのはやめて頂けないでしょうか? もし誰かに聞かれてしまっては、言い訳を考えるのも大変ですし」

「あー……言われてみれば、確かにそうだな」


 迂闊だった。何となく癖でアリシア王女と呼んでしまっていたけれど、彼女は既に城を抜け出している身で、俺はそんな彼女を誘拐している(らしい?)身だ。そうであれば、確かに王女と呼ぶのはよくないかもしれない。


「じゃあ、何て呼べばいい?」

「普通に『アリシア』でいいですよ? 私は最初からシャイロと呼んでいますし」

「え、マジかよ。王女殿下を呼び捨てにするのは緊張するな……」

「今の私は王女殿下ではなくて、誘拐犯にほいほい付いて行ってしまっている家出娘ですから」


 気にしないで下さい、と家出中の王女様はどこか楽しげに付け加えた。


「気にしないでって言われてもなぁ……」


 一応王女だし、さすがに呼び捨てはまずいのではないだろうか。しかも、自分で誘拐犯にほいほい付いて行っている家出娘って言っちゃってるし。正確に言うと、誘拐してくれと頼んだ家出娘、だと思うのだけれど。


「ほら、練習です。これからポトスでも一緒に暮らすんですから、名前で呼び合ってないと不自然じゃないですか」

「は⁉ 一緒に暮らすのか⁉」

「え? 暮らさないんですか?」


 名前呼び以上に衝撃的な言葉が飛んできて割と大きな反応をしてしまった俺に対して、彼女はきょとんとして首を傾げていた。

 名前云々以上にびっくり発言なのだが、この子は意味をわかって言っているのだろうか? いや、わかっていないに違いない。男女が一緒の家で暮らすとなると、それではまるで夫婦だ。男女が二人で暮らす事の重大性をわかっていないのだろう。


「ま、まあ……それはポトス村に着いてから考えよう。村の様子もわからないしな」


 俺は頭を掻いて、言葉を濁した。

 そんな大事な事をこの場で決めてしまって良いかどうかの判断がつかなかったのだ。

 こうして話してみただけで彼女が良い子なのは明らかで、一緒に暮らしてみたい気もする。だけれども、彼女は王女殿下であるし、何よりこんなに可愛い子と一緒に暮らしてしまったら、それこそ俺の方が色々大変な事になってしまう気がしてならなかった。自分の理性が保てる気がしない。


「とりあえず、行くぞ。


 俺は荷車に跳び乗ると、上から彼女の方に手を差し伸べた。

 って、何をやってるんだ俺は。これではまるで姫をエスコートする騎士みたいだ。

 恥ずかしくなって、すぐに手を引っ込めようとしたのだが──


「はいっ。頼りにしていますね、シャイロ」


 アリシアは俺の手をしっかりと取り、満足げな笑顔をこちらに向けた。

 その満足は、名前を呼ばれたから来たものなのか、騎士のようなエスコートをされた事からきたものなのかはわからない。だが、俺は彼女のその笑顔に対して、少し照れ臭い思いを感じながらも、妙な心地よさを感じていた。

 彼女の白く儚い小さな手をしっかりと握って、そっと荷台の上に引っ張り上げる。


「今のシャイロ、何だか物語に出てくる騎士様みたいでした」

「……騎士様なら、牛車の荷台に姫を乗せるなんて真似はしないさ」

「そうですか? 私は牛車も趣きがあって、十分素敵だと思いますけど」


 アリシアは恥ずかしがる俺を悪戯げに眺めながら、相変わらずくすくすと笑っていた。

 その笑顔は、幼くあどけないながらも神聖さもあって、目の前にあの〝聖王女〟がいる事を改めて実感させられる。そして彼女の笑顔を見ていると、それだけで俺も幸せな気持ちになって、つい笑顔が零れてしまうのだった。


 ──そっか……本当に俺は、あのアリシア=ヴィークテリアスと共に過ごすのか。


 実際にこの旅がどうなるかはわからないけれど、やっぱりそれはそれで、ワクワクとしてくるのだった。


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