第9話 二人の目的地

「それで、シャイロ。私達はどこへ向かうのでしょうか?」


 俺がシャツを羽織ったのを確認してから、アリシアはこちらの方を向き直った。

 上裸でいると恥ずかしがってこちらを向いてくれそうになかったので、とりあえず先に乾いた下地のシャツだけ着る事にしたのだ。上着の方はまだ生乾きなので、もう少し時間がかかりそうだった。

 暖炉は乾燥力が非常に高く、薄い下地のシャツならすぐに乾いてしまった。


「王女はウインディア王国には行った事があるか?」


 俺の質問に、王女は首を横にふるふると振った。


「そっか。俺も仕事で一度だけしか行った事がないんだけど……ウインディア王国の東の方にポトスっていう小さな村があってさ。そこの花畑が、めちゃくちゃ綺麗だったんだ」


 その情景を思い出しながら、ポトス村の事を彼女に説明をした。

 ウインディア王国は、ここモンテール王国からジャクール公国を更に超えたところにある。そのウインディア王国の中でも更に僻地にいった場所に、ポトスという小さな村がある。

 ポトスは気候が穏やかで、季節によって色鮮やかにその姿を変える花畑が広がる小さな村だ。田や畑、綺麗な小川もあって、その村の周囲は大きな山に囲まれている。自然が豊かで、そこの食べ物は質素ながらにめちゃくちゃ美味しかったのを覚えていた。

 山に囲まれているが故に人口は少なく、人の行き来も少ない。皆が自給自足で穏やかに暮らしている、そんな静かな村だった。

 この廃屋に来るまでの間、どこに行こうかとぼんやりと考えていたのだけれど、ふとこのポトス村で見た花畑を思い出したのだ。

 もしこの花畑を見れば、アリシア王女は喜ぶのではないだろうか。いや、その花畑の真ん中にいるアリシア王女を見れたら、きっと花の妖精の様に見えるのではないだろうか。そんな事を考えていた。

 小さな家に住んで狩りをしながら畑を耕して送る、穏やかな生活。傭兵をしていた頃には考えた事もない生活だが、今となってはそれも悪くないように思えてくる。


「お花畑に囲まれている村ですか……! とっても素敵ですねっ」


 アリシア王女は俺の考えを聞くと、嬉しそうに声を弾ませた。

 やはり女の子と言うべきか、王女もお花畑に興味を持ったようだ。


「じゃあ、ポトス村でいいか?」

「はい! 私もそこに行ってみたいです。シャイロが綺麗と言うのでしたら、きっと本当に綺麗なんでしょうね……」


 どこかうっとりとした表情で、彼女は言った。後半は殆ど独り言だったが、俺が言ったらどうして本当に綺麗だと思うのだろうか。

 その理由はわからないが、悪い気はしなかったのでそのまま聞き流しておいた。なんだか、俺の言葉を信用してくれているように思えたからだ。


「もし村の人達が許可してくれたら、治療院を開いてもいいしな」

「治療院……!」


 その言葉の響きに、アリシアがその浅葱色の瞳を輝かせる。

 何となく思いついたから言ってみただけなのだが、思った以上に食い付いていた。

 先程の城を飛び出した理由を鑑みるに、それも当然なのかもしれない。おそらく彼女は、何物にも縛られず、自らの意思で誰かを助けたかったのだろう。そういった意味では、片田舎で治療院を開くのはある意味彼女の理想的な生活なのかもしれない。

 もちろん全て無償というわけにもいかないだろうが、皆が平等に治療を受けられる世界を彼女は作りたがっているように思えた。ウインディア王国でのリーファ教の立ち位置はわからないが、もし主要な宗教が異なるのであれば、教会ではなくて治療院にしてしまえばいい。彼女が望む治療環境が作れるのなら、名称なんて何だって良いと思うのだ。

 お金がなくても治療してもらえる治療院。もしそんな場所があれば、きっと多くの人が救われるだろう。俺が彼女に救われた様に。


「シャイロ……本当にありがとうございます。何だか、新しい世界が開けた気がしました」


 アリシアは嫣然えんぜんとしてそう言うと、俺の手を取り両手で優しく包み込んだ。


「え⁉ あ、ああ……」


 いきなり王女殿下に手を握られるとは思ってもいなかったので、思わずきょどってしまった。というか、彼女の笑顔がすぐ目の前にあったので、動揺せざるを得なかった。

 ちょっと王女殿下、距離が近過ぎませんか。俺の方がドギマギしてしまうんですけど⁉


「私、今凄くワクワクしてます。こんな気持ちになったのは、随分久しぶりです」


 彼女は相変わらず瞳を輝かせたまま、嬉しそうに微笑んでいた。その笑顔を見ていると、俺までワクワクしてくるから不思議だった。


「ああ……俺も、ワクワクしてきたところだ」


 こうして俺達の目的地は決まった。目的地は、ウインディア王国のポトス村。

 距離があるので時間は掛かるだろうが、王女殿下をには、ちょうど良い場所なのかもしれない。

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