第6話 驚きの裏事情と王女からの依頼②
「何だって?」
国王が傭兵である俺に対して、騎士叙勲しようと考えていた──あまりに想定外の答えが返ってきて、俺は茫然とする他なかった。
その様な話は、当の本人である俺のもとにはこれっぽっちも入って来ていなかったのだ。
だが、もしかすると傭兵ギルドの方にはそんな話が行っていたのかもしれない。だとしたら、俺に礼儀作法を叩き込む理由も見えてくる。傭兵ギルドから騎士叙勲者を輩出したとなれば、彼らにとっても名誉だろう。
「お父様はシャイロの事をとても評価しておられました。傭兵にしておくのには惜しい、と前々から仰っていましたから。お父様がシャイロをパーティーに招待していたのは、そういう狙いもあったんです」
「そうだったのか……」
アリシア王女曰く、王が傭兵風情の俺をわざわざ主賓パーティーに招待していたのは、騎士や王族の世界を見せようとしていた、というのである。
だが、その事情がわかれば、今回の暗殺事案に関しても見えてくるものがある。
現国王の血族に男児はおらず、子はアリシア王女だけだ。母親はアリシア王女が生まれた時に亡くなったらしく、以降王は妾と子を作る事もしなかったそうだ。
即ち、アリシア王女の婿こそが、次期モンテール王国の国王に成り得る存在だ。おそらくフランソワ宰相は、自身或いは自らの子に次期国王の座につかせたかったのだろう。
もし、そこに民衆の人気を勝ち取っている傭兵が騎士になり、剰えその者が成り上がってこようものなら、その地位や自身の描いた未来図が揺らぎかねないと危惧したのかもしれない。
少し発想の飛躍が過ぎる気がするが、おそらくそういう事だろう。
ただ、いずれにせよ、俺にとっては迷惑極まりない話だ。いつ俺がそんな未来を望んだのかと聞きたい。騎士になる事など露程も考えていなかったというのに。
「それで、アリシア王女のせいというのは?」
国王が作ってしまった切っ掛けというのはわかった。それは彼が俺を評価してくれていたという事実の裏返しでもあったので、少し気持ちとしては複雑だ。嬉しいには嬉しいが、それが原因でこっちは死にかける羽目となったのだから。
だが、わからないのがアリシア王女が作った切っ掛けというものだ。彼女は率先して政治に介入している印象はないし、どちらかというと〝聖王女〟として王権と教会を結ぶ象徴的な人物である。その彼女が一介の傭兵の暗殺に関わっているとはどうにも考え難いし、そもそも俺と彼女には接点がない。
「それは、その……先程お話した、パーティーでの事です」
「え? パーティー?」
「はい。シャイロが助けてくれた時に私にしつこく迫っていたのが、フランソワ宰相のご子息・アルミロ様でした」
「おおぅ、なるほど」
俺は無意識に額を手のひらで頭を覆って、変な声を上げていた。
ちょっと俺、運悪過ぎない?
先程した俺の予想──フランソワ宰相が自身或いは自らの子に次期国王の座につかせたかった、というもの──は見事当たっていて、その息子のアルミロもアリシア王女にお熱であった。それを知らなかった俺は、ただ王女を慮って助けたところ、見えないところで宰相親子の怒りを買ってしまっていたのである。
要するに、宰相父子ともに俺を毛嫌いしていて、邪魔者と考えたのだろう。なんだろう、思わず頭痛が痛いと言いたくなってしまうような親子だ。宰相親子、頭悪すぎないか? この国は本当に大丈夫なのだろうか?
そんな頭の悪い奴らに上に居られたら、俺達傭兵や兵士達は堪ったものではない。こいつらが頭の悪い理由で戦争を起こせば、そこで戦い死ぬのは俺達兵士だ。正直、やってられない。
「それで、なんですが……お父様にこの事をお伝えすれば、シャイロを助けられるかもしれないので──」
「いや、それは遠慮しておくよ」
俺はアリシア王女の申し出を遮って断った。今の流れで完全に心が決まった。
「もう今回の一件でこりごりなんだ。疲れたんだよ、俺は。命を削る思いで戦って、それが評価されたらされたで今度はこうして刺客を差し向けられて。それで王女や国王の口利きで保護されて、騎士叙勲までされたってさ、その先なんて見えてるだろ? ずっと続くんだよ、こんな無意味な争いが。もうこんなのは御免だ。勘弁してくれ」
率直に言って、これが本音だった。
確かに国王が俺を評価してくれていて、娘のアリシア王女の口添えがあれば、問題解決に動いてくれるかもしれない。
しかし、肝心の俺の方に、フランソワ宰相に復讐しようとか、懲らしめてやろうとか、何が何でもこの国の騎士になって変えてやろうとか、そんな考えを一切持てなかったのだ。
もうここに未来はない──俺はそう確信してしまったのである。
「シャイロ……」
アリシア王女は、そんな俺を申し訳なさそうな表情で見つめていた。
彼女としては、申し訳なさや自責の念があるのだろう。俺の人生を変えてしまった事に、自分も関わってしまっているのだから。
「でも、これからどうするつもりなんですか?」
アリシア王女は沈痛な面持ちで訊いた。
彼女がそう疑問に思うのも尤もだ。誤解を解かず、更には俺から宰相陣営に反撃するつもりもない──それは即ち、シャイロ=カーンという男は宰相親子に暗殺されたという事にしたままこの先を過ごすという事に他ならないからだ。
「さあな。でも、あいつらが俺を死んだと思ってくれてるなら、それを使わない手はないさ。このまま身を隠して、どこか遠くの田舎でのんびりと暮らすのも良いかもしれない。戦う事にも疲れてたしな」
「田舎でのんびり、ですか」
アリシア王女は俺の言葉を唱えるように、繰り返した。
「ああ。戦いとか政治とか、そういう面倒な事は全部忘れて、静かにのんびり暮らす。戦い以外してこなかった人生だから、他に何ができるかなんてわからないけどな」
「いいですね、そういうの……私も憧れます」
アリシア王女は俺の展望を聞くと、柔らかい笑みを浮かべて同意した。
きっと、余程俺は穏やかな顔をしていたのだろう。ほんのついさっき殺されかけたはずなのに、どこかスッキリした気持ちでいたのだ。
昔は食べる為に傭兵をやっていた。親に先立たれ、剣しかなかった俺には傭兵以外で食っていく方法がなかったのだ。
だが、今はもうそうではない。度重なる武勲で報酬を貰えたし、実際にここ最近は稼いだ金も使い切れていなかった。もう腹は空いていないし、高価なものでなければ、欲しいと思ったものは大体何でも買える。それなりの強さも手に入れたし、生きていく上ではもう何も困っていないのだ。戦いの場に身を置く必要ももうなかった。
これまでは国から求められていたから何となく続けていた。そこにはきっと、ただの傭兵だった俺が国から認められたという誇らしい気持ちもあったからだろう。
だが、それも今日で終わりだ。今回の暗殺は傭兵を辞めるいい切っ掛けかもしれない。
「ま、でも、その前に……さっき言った通り、アリシア王女には助けてもらった恩があるからな。何か礼をさせてくれないか?」
「御礼、ですか。それは、何でも良いんでしょうか?」
アリシア王女はきょとんとして、首を少し傾げる。
あれ、意外だな。御礼なんていりません、と言われると思ったのだけれど。
「ああ。もちろん、俺にできる範囲内だけどな」
一応、念の為条件付けだけはしておく。俺にできないお願いをされても困るからだ。
と言っても、このまま死んだ事にしておきたい今の俺にできる事なんて、殆ど限られてしまっているのだけれど。ただ──
「あんたに救われた命だ。この国を去る前に、あんたの為に使わせてくれ」
これは、ほんのささやかな感謝の気持ち。
経緯や原因はどうあれ、アリシア王女に命を救われた事には変わりない。この国を出てしまえば、もうこの美しい王女と顔を合わす事もないだろう。ならば、せめて最後にその感謝の気持ちを伝えたかった。
王女は暫く顎に手を当てて考え込んでいたが、「わかりました」と顔を上げて、こちらをじっと見据える。その浅葱色の瞳は真剣で、何かを決意した様でもあった。
「それなら……私をどこか遠くへ連れ去ってくれませんか?」
「え?」
「行先はシャイロが決めてくれて構いません。どこかへ行くつもりなら、私もそこへ連れて行って欲しいんです」
彼女の浅葱色の瞳の中に、その言葉の意味を理解できずに固まっている俺が映っていた。
ひどく間抜けな顔をしているが、許して欲しい。彼女の言葉の意味を解するので、いっぱいっぱいだったのだ。
「それはつまり、俺にアリシア王女を誘拐しろ、と?」
「多分、そういう事になってしまうんでしょうか」
「……はい?」
例え意味を解したとしても、俺の頭が混乱したままだったのは言うまでもない。
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