第5話 驚きの裏事情と王女からの依頼
「それで、なんですけど……シャイロはどうしてあんな大怪我を? ただ河に落ちただけ、というのではありませんよね?」
何故か一国の王女に膝枕をされながら、その王女様から質問を受ける俺。
未だに信じられない状況だが、本当に俺はまだ生きているのか不安になってくる。死後に見た幸せな夢と言われた方が、まだ納得ができる気がした。
ただ、この質問にはどう答えようか迷う。
彼女は王女だ。そして、俺を暗殺しようとしたのは、この国の宰相でもある。解答次第では、彼女の立場も変えてしまい兼ねないのだ。
「……俺は傭兵だからな。ヘマをすれば、こんな事にもなり得るさ。そういう職業なんだ」
結局、俺は敢えて答えを濁す事を選んだ。
暗殺を目論んだのが宰相で、そして実行に移したのがこの国の騎士団だ。アリシア王女にとって、決して無関係な事ではない。
しかし、王女はそんな俺の思惑に気付いたのか、「隠さないで下さい」とぴしゃりと嘘を跳ね退けた。
「シャイロが強く勇敢な戦士だという事くらい、私も知っています。お父様が一目置かれるほどの方が、
「それ、は……」
王女の返しは手痛いものだった。
国王が俺をそこまで評価していたのは知らなかったが、彼女の言う通りだ。国から直接雇われる身になって以降、戦場でも俺はヘマをした事がないし、もちろんこんな大怪我を負った事はなかった。切り傷かすり傷くらいはもちろんあるが、それでも
「……王女殿下は知らない方がいい」
雇われとは言え俺は国の剣として働いた身で、アリシア王女はその国の王族だ。そしてその国の内部の人間が俺を殺そうという事実を彼女に伝えたところで、彼女に得があるとは思えなかった。
むしろ、危険な目に遭う可能性すらある。本当はこうして俺なんかと一緒にいるのさえ危険な状況なのだ。
「いえ、私には訊く権利があります」
アリシア王女は真剣な眼差しで俺を見据えて言った。
「権利? 何で?」
「だって、私は何らかの事情で大怪我を負ったあなたの命を救いましたから。きっとシャイロは、その恩人からの頼み事は断れないはずです」
王女は顔を綻ばせて、少し首を傾げて見せた。
人の上に立つ存在だからか、人の本質を見抜くのが上手いようだ。俺が一番断れない状況を作られてしまった。
──それにしても、この王女様は警戒心が無さ過ぎじゃないか?
俺は心の中で、彼女の無警戒っぷりに少し懸念を覚えた。
国に仕えているとは言え、俺は傭兵だ。しかも、その国から消されかけた存在でもあるし、そうでなくても、こんな真夜中に人気のない河辺である。彼女を誘拐したり、乱暴したりする事だって十分に有り得るのだ。
まあ、膝枕をされている状態では何を言っても説得力がないのだけれど。
「はあ……わかったよ。でも、本当に後悔しても知らないぞ」
「しません。きっと、知らない方が後悔すると思います」
彼女は表情を引き締めてそう言った。
一旦答えを濁した事で、国が絡んでいる事を何となく悟ったのだろう。
「そうかい……じゃあ、話すよ。恩人からの頼み事は、断れないからな」
さすがに膝枕をされたまま話す事ではないと思い、俺は一旦身を起こしてアリシア王女の正面に座った。
幸い、彼女の看病の甲斐あって頭痛も殆ど治まっていて、起き上がる事にも支障はなかった。
それから俺は、先程起こった事を一切合切全て話した。アリシア王女の言う通り、俺は彼女に命を救われている。その彼女に説明を求められたならば、全て話すのが筋だと思った。
実際に俺は一度訊かない方がいい旨も、知ったら後悔する可能性が高い旨も伝えた。それでも尚アリシア王女が知りたいと言うならば、話した方が良いだろう。それで彼女が何をどう思い、どう判断するかまでは俺の知った事ではない。そこから先は、彼女の領分だ。
「そんなッ。フランソワ宰相が、シャイロを殺そうとしていたなんて……!」
俺の説明を聞き終えたアリシア王女は、案の定愕然として顔を青くしていた。
彼女からすれば、ほぼ身内に等しい者が犯人だったのだ。ショックも大きいだろう。だから俺は知らない方がいいって言ったのに。
「ああ。酒を飲み過ぎてたってのもあるけど、さすがに
捨て身で戦えば、半分と少しくらいは屠れたかもしれないが、完勝は無理だ。あのまま戦っていれば、間違いなく殺されていただろう。
「でもさ、おかしな話だよな」
「おかしな話、ですか?」
「ああ。どうして俺なんかを殺そうとしたんだろうな。俺が民衆の支持を集め始めてるのがどうのって言っていたけれど、こんな傭兵風情がいくら支持を得たところで、宰相には何ら不利益がないだろ?」
それが俺の持っていた疑問だった。
いくら民衆から人気な剣士と言えども、所詮は二十歳やそこらの傭兵である。影響力なんてものはないし、それこそこうして精鋭が五〇人も集められたらそれをひっくり返す力もない。
わざわざ危険を冒してまで殺す必要性もメリットもないと思うのだ。むしろ、失敗した時に己の首を締めるリスクの方が大きい。
「それ、は……」
俺が何んとなしにした質問に、アリシア王女は何とも心苦しそうな表情をして言葉を詰まらせていた。
かと思えば──
「ごめんなさい!」
唐突に頭を下げた。
もちろん、理解などできるはずがない。王女がこの一件に関わってるとは到底思えなかったのだ。
「いや、何で王女が謝るんだよ。あんたは関係ないだろ?」
「一概にそうとは言い切れないんです。いえ、きっと……シャイロが襲われたのは、私達のせいだと思います」
「アリシア王女達のせい?」
全く話の流れが読めなかった。
俺はこれまでアリシア姫と懇意にしていたわけではないし、会話を交わしたのだってこれが始めてだ。互いに存在を知っていた程度の関係で、どうしてフランソワ宰相が俺を暗殺したがるのか想像ができない。
「はい……切っ掛けを作ったのは、多分私とお父様だと思います」
とんでもない方向に話がすっ飛んでいった。その流れを俺は全く予期していなかったのだ。
色々聞きたい事をぐっと飲み込んで、言葉の続きを待った。すると、王女の口から更なる驚くべき事実が明らかになったのだった。
「実は、お父様はあなたを騎士に叙勲しようと考えていたんです」
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