第4話 聖王女と傭兵剣士
「あなたは……傭兵のシャイロ=カーン、ですよね?」
アリシア王女の膝を借りたまま数刻が過ぎた頃、彼女はおずおずと訊いてきた。
それは質問というより、確認の意味合いが強い訊き方だった。
「え? そうだけど……」
目元を覆っていた手を退けて、
「俺の事を知っているのか?」
「……はい、もちろんです。お父様からもお名前を伺っていましたから」
アリシア王女はあまり大袈裟な笑顔を作らず、胸に手を当てた。その浅葱色の瞳はどこか潤んでいるようでもあった。
「というか、何度かパーティーでご一緒した事もありますよね?」
「それは、そうだけど……」
まさか俺の事を知ってくれているとは思っておらず、思わず言葉を詰まらせた。
確かに、国王が開催したパーティーに俺は何度か招待された事がある。功労者としての褒美だとかでパーティーに招待されたのだ。アリシア王女の事は、そのパーティーで何度か見掛けた事があった。
だが、実際に話した事などもちろんない。俺は会場の隅っこでちびちびと料理や酒を摘まんでいた程度で、殆ど誰とも話していなかったのだ。
傭兵の分際で国王開催のパーティーに招待されるなど、本来名誉ある事だ。しかし、傭兵上がりで教養もなく作法もろくにない(作法はパーティーに参加する前に傭兵ギルドのマスターから叩きこまれた)俺なんぞが招待されたところで、居場所などあるはずがない。結局俺は隅っこでちびちびと酒を煽るくらいしかやる事がなく、早く時間が過ぎてくれと祈るばかりだった。
食事も豪勢だったのだが、如何せん自分が場違い過ぎて、とにかく居心地が悪かった事くらいしか覚えていない。とてもその料理を楽しめる状況ではなかった。
ただ、そんな中でこのアリシア王女だけには目を惹かれた。その浮世離れした美しさに、目を惹かれない男などきっといないだろう。
もちろん、邪な感情など抱くまでもない。きっと下界で見る天使とはこんな感じなんだろうな、と俺は絵画でも眺める感覚で、遠くから彼女を盗み見ていただけだった。
「それにあの時、私を助けて下さいましたし」
「……覚えてたのか」
「ふふっ。忘れるわけないじゃないですか」
アリシア王女が悪戯な笑みを浮かべて、こちらを顔を覗き込んできた。
俺は気まずくなってしまい、無言で手の甲で目元を隠す事で解答を免れる。彼女はそれ以上追及して来なかったが、その反応だけで満足だったらしく、微笑を口角に浮かばせていた。
そう──一度だけ、俺とアリシア王女は接点を持った事があった。
もちろん会話を交わしたわけでもないし、直接的に接点を持ったわけでもない。
三か月程前くらいだろうか。傭兵ギルドを通じて王からまたパーティーの招待を受けて嫌々参加したのであるが(傭兵ギルドから辞退する事を許してもらえなかった)、その時アリシア王女は、しつこい貴族からのアピールに困り果てていたのだ。そこで俺は、わざとワイングラスを落として注目を集める事で、彼女に逃げる機会を与えた。
まあ、そのせいで『これだから傭兵上がりは』などと散々言われたのだけれど、もともと傭兵上がりで礼儀作法も最近まで知らなかったのだから、何を言われて困るものでもない。そもそも場違いなのは事実であるし、俺だって行きたくて行っているわけでもなかったのだ。
「あの時は殿方のしつこいお誘いをどう断っていいのかわからなくて……凄く困っていたんです。その節はありがとうございました」
「それを今言わないでくれ。さすがに膝枕されている状態で御礼を言われるのは、恥ずかし過ぎる」
「そうなんですか? では、また日を改めて御礼を言いますね」
「もう今聞いたからいいよ……」
そんなやり取りをしつつも、アリシア王女はどこか楽しげに笑っていた。
俺は自らの頬が上気するのを感じながら、目を強くぎゅっと瞑るのだった。
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