第2話 混濁する意識の中で聞こえた声

 全身が恐ろしい程冷たかった。その冷たさと寒さによって、俺の意識は僅かながらに戻ってくる。

 ごうごうと水が流れる大きな音が遠くから聞こえてきて、ちゃぷちゃぷと波打つ音が近くで聞こえる。音から判断する限り、もしかすると俺はどこかの河辺に流れ着いたのかもしれない。

 状況を確認しようと身体を動かそうとするも、激しい痛みにより全く身体の自由が利かなかった。

 これはもう死んでいるのだろうか。それとも、痛みを感じているという事はまだ生きているのだろうか。それすらもわからない。ただ、生きているにしても、辛うじて生きているだけだ。色んな箇所の骨が折れているのは何となくわかったし、恐ろしい程寒い。

 このまま眠ってしまえば、楽になれる気がした。俺の無駄な二〇年の人生は、きっとここで終わらせれるはずだ。


 ──戦ってばかりで、結局最後はこれか。


 自らの半生を思い出して、小さく溜め息を吐く。

 両親は俺と同じく傭兵稼業で生計を立てていた剣士夫婦だ。二人に憧れていた俺は、物心がついた頃には二人から自然と剣を習っていた。

 しかし、十四の頃に両親は今日の俺と同じく暗殺されてしまった。俺が外に出ていた、ほんの数時間の出来事だった。

 それから六年、俺は両親から教わった剣術だけで生きてきた。傭兵として戦場に身を置き、ただただ戦い続けた。

 幸い、俺の剣技は大人にも通用した。まだ人としてギリギリ真っ当に生きてこれたのは、この剣術があったからだ。これがなかったら、盗むかならず者として生きるかのいずれかであっただろう。きっと、もう死んでいたに違いない。

 二年前、その剣術の腕が買われて、直接国に雇われるまでになった。以降、護衛や戦場、魔物討伐で数々の武勲を立て、傭兵にも関わらず国王から一目置かれる存在まで成り上がったのだ。

 しかし、結果は俺も親と同じく暗殺で死ぬ運命さだめにあるらしい。結局は、所詮は人を斬る事でしか生きていけない俺の人生には、こんな結末がお似合いだったのかもしれない。

 そう思ってその眠気に意識を委ねようとすると──


「大丈夫ですか⁉ しっかりして下さい!」


 河の流れる水の音の間に、誰かの声が聞こえてきた。

 透き通った綺麗な女の声だ。女が必死に俺に声を掛けてくれていた。


 ──誰の声だったかな、これは……。


 その声は、どこかで聞き覚えのある声だった。しかし、俺の意識は混濁していて、記憶を上手く引き出せない。


「お願いです、目を開けて下さい!」


 女の呼び掛けはただただ必死で、それでいて健気だった。その声は、俺を心から心配してくれているようでもあった。


 ──うるさいな。目を開ければいいのか? わかったよ、開けりゃいいんだろ、開けりゃ……。


 心の中で文句を言いつつも、女の呼び掛けに応えるようにして、何とか重い瞼を持ち上げる。

 すると──ぼやけた視界の中に、長い白銀色の髪を持つ女が入ってきた。その浅葱色の美しい瞳はこちらを覗き込んでおり、憂色に染まっている。


「アリシア、王女……?」


 俺はその美しい女の名を呟いた。視界がまだ霞んでいるが、その美しい顔と髪色、そして瞳は一度見た事がある者なら見紛みまごうはずがない。

 アリシア=ヴィークテリアス──〝聖王女せいおうじょ〟の異名を持つ、モンテール王国の王女殿下である。

 だが、本来ならばこんな夜間に、そしてこんな河辺になどいるはずのない人物だ。きっと俺は、夢か何かでも見ているのだろう。或いは、もう死んでしまっているのかもしれない。


「あっ……よかった、まだ意識があるんですね」


 アリシア王女とおぼしき女性は安堵の息を吐くと、そう優しく声を掛けてくれた。


「もう少しの間、辛抱して下さいね。私が何とかしますから……!」


 彼女は手のひらを俺の上に翳して、何かを唱え始める。俺の知らない言葉だった。

 何をしているのか確認しようと、もう一度彼女を呼ぼうと思った時──そこで、俺の意識は途絶えた。

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