【WEB版】国に裏切られてもう疲れたので、片田舎で王女様と幸せいっぱいなスローライフを送る事にした。

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第一部

第1話 粛清

「〝黒曜こくようの剣士〟シャイロ、お前を粛清する!」


 人生を一変させるその瞬間は、唐突に訪れた。

 気持ちよく一人酒で酔っ払っていた夜、仮住まいへと帰る途中で、黒づくめの集団からいきなり斬りつけられたのだ。


「おいおい、俺を粛清って……そいつは一体何の冗談だよ? 狙う相手を間違えてるんじゃないか?」


 初撃をけた流れで背中の鞘から愛剣〝禍黒剣ティルフィング〟を抜き放つと、俺はおどけた口調で襲撃者に訊いた。

 彼らは面が割れないよう黒づくめに変装しているが、その正体は明らかだった。俺が傭兵として仕えている国『モンテール』の騎士団だ。

 服装は誤魔化せていても、太刀筋までは誤魔化せない。先程俺に振るわれた一太刀は、モンテール騎士団の剣術特有の剣筋だったのである。彼ら王国騎士団とは幾度となく模擬戦を行ってきたので、今更その太刀筋を見間違うはずもない。


「間違いではない。お前は〝黒曜こくようの剣士〟シャイロ=カーンだろう?」

「まあ、そうなんだけどさ……」


 苦い笑みを漏らしながらも、そう返す。

 どこかの吟遊詩人が〝黒曜の剣士〟と詠い始めた事を切っ掛けに通り名としても定着しているので、人違いではない事は最初からわかっていた。

 ちなみに俺がそう呼ばれる所以は、黒曜石から造られた魔剣〝禍黒剣ティルフィング〟を用いている事と、今ではトレードマークとなった不器用に結んだボサボサの黒髪ポニーテールにあるらしい。


「それで、俺がに狙われる理由は? 傭兵として、あんたらの為に散々この剣を振るってきたんだ。感謝される理由はあれど、恨まれる筋合いはないはずだぜ」


 そう返しつつ、横目で襲撃者達の動きに注意を払って酔った頭を𠮟咤する。


 ──さて、どうやらこいつは結構笑えない状況らしい。どうする?


 敵の数はおよそ五〇人程、おまけに深夜で人通りもほとんどない場所での襲撃だ。初撃の太刀からしても、軍の精鋭である事には間違いない。

 王国の正規騎士団の精鋭五〇人となれば、さすがの俺も無傷で切り抜けられるかどうかは結構怪しいものだった。


「理由が知りたいか、シャイロ?」


 一番後ろにいた指揮官らしき男が、愉快そうな声と共に前へと歩み出る。

 その男の声には思い当たるところがあった。


「……怪鳥騎士団レイブンナイツのバリーか」


 舌打ちをして、その思い当たった者の名を呟く。最悪の相手だ。

 怪鳥騎士団レイブンナイツとは王国の中でも特に強いとされる騎士団で、その部隊を率いる隊長がバリー=ハンス。戦場でも先頭に立って剣を振るい、よく通る声で友軍にげきを飛ばしていたので記憶にも残っていた。その高い組織力から成さられる攻撃と突破力については、俺達個々で戦う傭兵とは比べ物にならない。


「やれやれ、バレてしまっては顔を隠す必要もないな」


 男は顔を隠していた黒い布を取ると、素顔を顕わにした。

 そこには中年男の髭面があった。予想通り、怪鳥騎士団レイブンナイツの隊長バリー=ハンスだ。


「上からの指示──って言っても、国王というわけではなさそうだな。お家柄が第一な宰相さんあたりの指示か?」


 確信はなかったが、何となく怪鳥騎士団レイブンナイツが出てきた事で黒幕を察した。

 怪鳥騎士団レイブンナイツは宰相の直轄部隊ではないかと疑うほど、宰相とはの関係である。加えて俺を消したがっている人物となると、モンテール国宰相・フランソワくらいしか思い当たらなかった。

 宰相は典型的なお家柄史上主義だ。傭兵上がりの俺が武勲を立てて、国王や民衆から支持を得ている事が気に入らないのだろう。彼からそういった類の敵意は前から向けられていたので、想像に容易い。


「ほう? 傭兵の割には頭が回るようだな。ただ、まあ……それに気付いたところで、お前の運命は変わらぬ。俺の出世の為に、黙ってここで死んでくれ」


 そう言って、怪鳥騎士団レイブンナイツの隊長・バリーは剣を抜いた。それに続くようにして、彼の配下達も皆剣を抜く。

 月の光がその刀身に反射して、きらりと光った。


「そいつはひどくケツの収まりが悪い話だ。できれば、他を当たってくれると嬉しいんだけどな」


 軽口で返しながらも溜め息を吐き、俺も〝禍黒剣ティルフィング〟を構える。

 俺を闇に葬る事がこの男の出世条件なのだとしたら、相手も引いてくれそうにない。り合うしかさそうだ。


「命令もあるが、それだけじゃないぞ。俺個人としても、お前は前からいけ好かない奴だと前から思っていたんだ。シャイロ」

「へえ、そいつは初耳だ。あんたとは交流も殆どなかったはずだけどな。何か気に障る事でもやっちまったかい?」

「ああ、屁が溢れる程にな。お前はこれまで騎士の誇りを汚してきた。傭兵風情が俺達より武勲を上げ、あまつさなど──許してはおけんのだよ!」


 隊長のその言葉と同時に、敵が一斉に襲い掛かってきた。

 その騎士とやらの誇りが、たった一人の傭兵風情を闇討ちでタコ殴りにする事を許すのかどうかについてもう少し話し合いたかったのだが、生憎とそんなおふざけに付き合ってくれる気配はなさそうだ。


 ──全く……やってられないな。健気に尽くしてきた結果がこれか。


 俺は同時に襲い来る無数の白刃を避けながらも、どこか虚しい気持ちに襲われていた。

 傭兵である身分ながら、できる事はやってきたはずだ。国には忠誠心を持っているつもりだったし、国の為に命を捨てたのも一度や二度ではない。

 戦場では前線を駆け巡り、国の治安を脅かす凶悪な魔物とも戦ってきた。その結果国王からも名を覚えられ、国王主賓のパーティーにまで呼ばれるようになったのである。

 それを、家柄主義がどうのという理由で暗殺されるというのは、到底納得できるものではない。せめて戦場で死ねるなら本望だったが、死因が友軍からの嫉妬や家柄を重視したい宰相の思惑などという頭の悪い理由では、さすがに報われない。

 俺のこの数年間は一体何だったのだろう? バカバカしいにも程がある。


 ──もう、疲れた。いつまでこんな事を続けるんだ、俺は。


 そんな事を考えながら、それから暫くの間は襲撃者達と剣を交えていた。

 いくら敵が手練れと言えども、俺とて数々の修羅場を潜ってきた傭兵。中には畏れ多くも英雄だと呼ぶ者もいるくらいだ。そうそう簡単にやられるわけもない。

 しかし……


 ──生き残ったところで、どうなる?


 攻撃を避け、斬り返し、そして移動を繰り返しながらも、そんな疑問が脳裏をぎった。

 本気を出せば、切り抜ける事もできなくはない。だが、ここで生き残ったところで、これから第二・第三の刺客が送り込まれてくるだけだ。俺に安息の日々など永遠に訪れないだろう。

 だったら、ここでもうこの人生を終えてしまうのも一興かもしれない──などという愚かな事を、一瞬でも考えてしまったのが良くなかった。防御が遅れ、敵の凶刃が俺の脇腹を貫いていたのだ。

 痛みと共に、脇腹が火の様に熱くなって、その熱が体外へと流れ出ていく。


 ──不味まずった……ッ!


 自らの一瞬の油断を悔いたが、時既に遅し。腹部からは鮮血が溢れ出ており、この傷口ではおそらくいくつか臓器もえぐられているに違いない。

 俺に致命傷を与えた騎士の一人のニタリ顔が視界に入った。


「これで終わりだ、シャイロ=カーン!」


 時を見計らっていたかのように、これまで後ろで戦いを見守っていたバリー隊長が声を高らかに上げて襲い掛かってきた。

 俺にとどめを刺したという手柄を自らのものにしたいのだろう。先程言っていた騎士の誇りがどうのという事について、やはり彼とはよく話し合ってみたいと思うのだが、折悪しく脇腹の傷がそれを許してくれそうにない。


 ──不味まずいな。どうする?


 視界の隅に入った橋をちらりと見やると、そこにはモンテール大橋があった。その下には、昨日の雨で増水したモンテール河が流れている。

 どうやら逃げ道は、ここしかないらしい。それは俺の生存への逃げ道なのか、はたまた戦いまみれだった人生からの逃げ道なのかはわからない。だが、こいつらに殺されるくらいならば、その逃げ道に運命を委ねてみるのも悪くない。


「生憎と、お前程度の小者にくれてやるほど俺の命は安くはないんでな。そうなるくらいなら、自ら命を断つさ!」


 俺は自らの進む道を決めてそう叫ぶと、目の前の騎士を二人斬り捨てた。その足で剣を背の鞘に収め、モンテール大橋に向けて一直線に駆け出す。

 脇腹の怪我が痛まなかったわけではないが、こんな小者に殺されるくらいならば、河で溺れ死んだ方がナンボかマシだ。

 意を決して橋の防護柵に足を掛けると、うねる黒びろうどのような夜の河水へとその身を投げたのだった──

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