オールドリボン

白い犬

第1話 扉を開く音

田舎の片隅、川の近く、木々に囲まれた古民家の喫茶店「オールドリボン」


八雲龍一(やくもりゅういち)は鳥のさえずりとともに起床し、車のエンジン音が遠吠えの様に伝播していく時間帯で木製の札をオープンへとひっくり返す。


「オールドリボン、本日も19時まで営業。泉(いずみ)さん、今日もよろしく」


そう言うと店の倉庫から出てきた小柄な女の子が、身長ほどある段ボールを重たそうに持って頷いた。


「八雲さん、今日もよろしくです。この段ボールはどこに置いたらいいですか」

「君が置きたいと思ったところでいいよ」

「また適当な。なら客席でもいいんですか?」

「そうだね、開店しているのに客席に段ボールがあったらお客さんも困ってしまうと思うわけだね。しかしどうかな、もし自分がお客さんだとして、段ボールの置いてある席を見て何か不都合な事があると思うかい?」


朝から何かを試された泉は眉をひそめながらこう答えた。


「ないです。避けて別の席に座るか店員さんに案内されるのを待ちます」

「そう、意外と店の事情って関係ないんだよね。でも問題がある」

「私は段ボール見ながら紅茶飲みたくはないです」

「その通り。空間が台無しになってしまう。この店の古びた雰囲気を味わいたいというお客さんは悲しい気持ちになるだろうね。人間的な物体が一つあるだけで」


泉は段ボールを抱える両手を震わせながら溜息を漏らした。


「わかりました。わかりましたよ。八雲さん、この段ボールは床に置きます。それで中身は何が入ってるんですか?」

「ダンベル」

「重いわけですよ」


倉庫からダンベルが出てくる喫茶店なんて見たことがないし聞いたことがない、と泉は呟いて軽くなった肩を撫でた。


「十分な準備運動になったようだね。今日はその筋肉疲労が活かされるかもしれないよ。ほら、お客さんの車の音だ」


喫茶店オールドリボン。SNSに映えそうな古民家の造りに惹かれて若いカップルがやってくるという事は滅多になく、午前中一人目の客は筋肉質の大男だった。


「いらっしゃいませ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オールドリボン 白い犬 @kufuku6

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ