弐
一
啄木は町でお菓子を買ってまゆみのもとへ来ている。詫びと子供たちのお土産を兼ねているが、正体をばらすつもりはない。変化した状態とは言え、ばれない可能性がないわけではないため心の片隅で警戒をしておく。
夏椿が生える丘まで来た。子供たちがまゆみと一緒においかけっこをしている場面に遭遇する。満開の微笑みでまゆみは子供たちと遊び、笑い声をあげていた。
「まゆねぇ、捕まえた!」
「あははっ、捕まっちゃった!」
長太郎に捕まえられたとき、まゆみの彼らを見る目は優しく暖かい。子供と大人が幸せそうに遊ぶの光景は、長く生きている中、何度か見ている。その度、羨望が沸いて潰している。
その中、はながまゆみを抱き締めようと駆け出す。
「まって、私もまゆねぇをつかま……きゃっ!」
はなが足に石を引っ掻けて転び、まゆみは驚いて駆け寄る。
「はなちゃん!? 大丈夫!?」
「……ううっ、いたいよぉ!」
砂だらけの顔をあげて、わんわんと泣く。まゆみが体を起こすと、膝が擦りむいており血が出ている。宥めようとするまゆみと泣いているはなに、喉から言葉がでかかる。母さんと呼びそうになり、啄木は口を閉じた。
彼は二人の元に駆け寄り、声をかけた。
「大丈夫か!?」
「……えっ、啄木くん!?」
はなの近くにしゃがんで、啄木は背負っている風呂敷から薬と包帯、水の竹の水筒をだす。
「はなちゃん。膝を出してくれ。ちょっと染みるけどごめんな」
「う、うん」
少女を座らせた。啄木は傷口を水で軽く洗うと、はなは痛いと呟く。綺麗な手拭いで拭き取る。薬をつけたのち、包帯を巻いて縛った。手際よく怪我の治療をする。まだ涙があるはなに啄木は優しく微笑む。
「じゃあ、最後に痛くなくなるおまじないを」
啄木は包帯に優しく触れた。
「ちちんぷいぷい、痛いの痛いのとんでいけー、何処かへ飛んでいけー!」
優しく撫でて手を振り上げ、遠くに飛ばす仕草をする。彼女たちは呆然と見ており、啄木は頬を赤く染めた。
「……なんだよ……おかしいか?」
照れていると、はるが「あー!」と驚いて声をあげた。
「凄い、痛くない!」
一声で周りの子供たちは驚く。
「マジで!?」
「ほんとに? 凄い!」
賑やかに声をあげる子供たちに、啄木は苦笑した。気休め程度だが、少しでも痛みが軽減できてよかったと。わざと思い出す演技を啄木は自然とこなす。
「ああ、そうだ。忘れてた! 皆にお土産を持って来たぞー」
手にしていた風呂敷を開けて、全員に菓子のまんじゅうを見せる。子供たちは目を輝かせて、まゆみはそんな子供たちをみて顔を喜色の表情に満たす。
「どうせ、ここによるなら手土産がないと不味いかなぁと思ってたんだ。人数分あるから、仲良く食べような」
「「「「はぁい!」」」」
子供は元気よく返事をし、まゆみは啄木に嬉しそうに笑う。前に遭遇した時とは違う穏やかだ。啄木は子供たちに菓子を渡すと、まゆみにも差し出した。
「どうぞ、まゆみさん」
彼女は驚いている。人の形をとっているため、ある程度食物は口にできるはずだ。まゆみは自身を指差して、瞬きをした。
「……私にもいいの?」
「はい。貴女の分もあります」
渡して彼女は受け取った。まゆみはじっと菓子を見て、彼に聞く。
「……啄木くんの分は?」
「俺はさっき食べてきましたから」
笑って誤魔化す。詫びの品として持ってきたつもりであり、啄木の分はない。聞いてまゆみは自分のまんじゅうを半分に割る。半分を啄木に差し出して、年上の微笑みを浮かべた。
「年の功をなめないでね。啄木くん」
彼は目を丸くする。嘘だと見破られた。誤魔化し方は完璧だと思っていた。しかし、相手は長年生きた木霊だ。観念して啄木はまんじゅうを受けとる。
「本当にまゆみさんは凄いですよ。……ありがとうございます」
「ふふっ、年上なんだからどんどんお姉さんに頼りなさい」
と余裕そうに微笑むが。
「頼りなさいって言うけど、まゆみおねちゃん。前、木に引っ掛かった手拭いをとるとき、登って落ちそうになってたよね。で、強い風が吹いて枝から外れたんだっ!」
とまんじゅうを食べながらはながいい。
「まゆみねぇと一緒にかくれんぼして一緒に隠れてたとき、猪に追いかけられたこともあったな……」
と長太郎はあきれて言う。かなはまゆみをみて打ち明ける。
「まゆみおねちゃん。私達の知ってること、知らないことも多いから逆に私達からたくさん教わってるよね!」
色々と出るまゆみの情けない話。啄木はまゆみの顔を見ると、瞳を潤ませて顔を赤くして震えている。廊助は立ち上がって、皆に告げる。
「ま、まゆねぇは素敵な人だぞ!」
大きな声で廊助は必死になって。
「何もない所で転ぶのが多いけど、まゆねぇは素敵なんだ!」
と、トドメを刺す。それは助け船になってないと啄木は遠い目をした。全身を赤くして震えたまま、静かにまんじゅうを食べる。廊助は空回っているが、年上ぶろうとしたまゆみの空回りのもなかなかだ。子供に情けない所を多く見せている彼女はなかなかのドジらしい。意外な一面を知り、笑いそうになるが啄木は堪える。
「子供達からして、とても愛嬌があるということだと思いますよ。まゆみさん」
啄木なりに助け船を入れてみる。まゆみは赤い顔のまま彼を見つめ続けて、白い歯を見せて笑って見せた。
「そういうことにしておいてあげるよ。啄木くん、ありがとう」
「そ、それはどうも……」
愛らしい微笑みに啄木の頬が赤くなり、視線をそらす。同時に納得をした。あの微笑みは子供たちが好きになるはずだと考え、啄木は気付く。厄介そうにまんじゅうを手にした。
「……自分はまだガキか……」
呟いて、まんじゅうを一口で頬張る。噛んでいると、子供たちはまんじゅうをゆっくりと堪能していた。まゆみは食べながら優しく、子供たちを見守る。子供たちと遊ぶまゆみといい、人殺しを非難した彼女は人が本当に好きらしい。
「子供たちが好きなのですか?」
彼は遠回しに聞いてみる。まゆみはすぐに頷いた。
「ええ、でも、正確に言うと私は人が好きなの」
「人?」
あえて啄木は不思議そうに装う。まゆみは子供達がまんじゅうに夢中になっているのを見たあとに答えた。
「うん、私は人が作るもの、人が産み出すもの、人が人であり、皆と笑いあっていること、大切にして愛し合っていること……それが凄く羨ましいの」
遠く何処か愛しそうに見つめている。彼女が名を貰った人物と関わりがあるらしい。本当に人を愛している様子が啄木は羨ましくも呆れを感じていた。意見をすると怪しまれる可能性があり、あまり言わないが。
「そういえば、前に来た怪しい人は……何処か人を嫌っているように見えたな」
彼の内心はくすぶる。表面を出さずに、啄木は心配な演技をする。
「怪しい人が近くに来てたのですか? ……変なことされていません?」
「変なことはされてないよ。……ただ、何もしないで去っていった。可笑しくて怪しい人だったな」
当然だと彼は内心で思う。何もしないのは任務が終えたからであり、危害や変な行為をするつもりはない。啄木は特徴を聞く。
「まゆみさん、どんな人でした?」
「人形だったけど角と耳が生えて、顔はよく見えなかったけど仮面をしていたような気もするなぁ……」
「角に耳……!? 人じゃないみたいじゃないですかっ!」
耳にいれて、啄木は驚く演技をした。無論、自分のことだと内心で突っ込みはいれた。まんじゅうを食べ終え、まゆみは腕を組む。
「でも、人を嫌ってはいるけど、目的を果たしただけで人に危害を加える気はない感じだったような」
長く人を見ているせいか、彼女の年の功は侮れない。啄木は聞きながら腕を回して意気込みを見せておく。
「じゃあ、今度俺が見かけたら倒しておきます。修験者に憧れているの」
「駄目!」
大声をあげて彼の言葉を遮ってまゆみは制する。子供達は二人に向き、まゆみは慌てて子供達を誤魔化してお菓子を食べ終わらせた子から遊ばせる。四人が遊ぶのを見ながら、まゆみは啄木に真剣な瞳を向けた。
「……駄目、倒そうとするのは絶対にやめて。あれは私よりも強い。なにもしてこなかったからよかったけれど……あれは私より上位の妖怪だよ。だから、やめて」
真剣に啄木をやめさせようと引き止めている。彼女も実力がわかっているのだろう。僅かな罪悪感をおさえながら彼は頷く。
「……わかりました」
反応をみてまゆみは胸を撫で下ろして優しく笑った。
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