第56話 一般人の本気
「何か知らねーが、いつの間にか三十億もの借金が出来たぞ。何故だ? 幸太」
「何故だろねー。自分でよく考えてみようかー」
「いやー。お金はないけど僕は今幸せだよ! こんなにも多くの娘達が僕を慕ってくれているんだ。このゲームまたしたいよ」
「ねえ、君何の為にこのゲームに参加したの? っていうか何、その人数? 集団マラソン? よくそれだけの人数揃えたね」
「私はこのゲームはあまり好きではありませんわ。愛が伝わってこないです」
「うん。君ずっと監獄にいたもんね。何? その脱獄ルートって。これ人生ゲームだよね? アメリカドラマを再現するゲームじゃないよね?」
「我は何故かずっと休んでばかりじゃった……」
「うん。ベル様は明日から本気出しましょうか」
皆に文句を言っている俺だが、俺自身も女神一人を養うために奔走していただけで、手持ちのゴッドはほぼゼロに近い。
そんなふがいない俺達をあざ笑うかのようにこのゲーム内で成功をし続けた神が、余裕の表情を浮かべながら自分の手持ちのゴッドで自分を扇いでいる。
「どうした? 今ワシの手持ちは52億ゴッド。このままではわしの一人勝ちじゃぞ」
「くそっ! なんてふてぶてしい顔だ! だが、幸太君。奴の言う通り、このままでは何も出来ないまま終わってしまうぞ。どうする?」
ハーデス様が負けた後のことを考えてか、不安そうな表情でこっちを見てくる。
「とりあえず今は最後まであきらめずに、このまま進めるしかないです」
「ああ、分かった。何か助けが必要なら言ってくれ」
助けが必要って言っても、この人の力を使うのは反則負けになるから実質なんの助けにもならないが、そのことはあえて言わなかった。
そして、とうとう神が一番でゴールをした。
「くくくっ。悪いの。これで一番乗りボーナスの十億ゴッドもわしの物だ」
これで神の持っているゴッドの差は六十億以上……絶望的状況だ。
でも俺はここに来る前に決めたように、最後まで諦めない。
そう心に喝を入れながら、俺はルーレットを回す。
「連れの女神が勝手にカードを使って、ゲームをまとめ買いしていた。二百万ゴッド支払う……か……」
「おい。だから、何で我の方を見る?」
ここまで来たら、もう残りは消化試合だ。各々借金を増やしつつ、アテナ、パラス、ヴィディとゴールをした。
これで、神に勝利できる可能性があるのは俺とベルだけになった。
しかし、神との差は莫大でありそれを可能性と言っていいのか分からない。
「くくっ。どうした? お主はわしに本気というものを見せてくれるのではなかったか?」
「そう慌てるなよ。これからじっくり見せてやるさ」
「じっくりじゃと? そうは言ってもお主もゴールまであと五マスではないか? 下手をすれば次のルーレットでゴールじゃぞ」
神からの挑発じみたセリフに、俺は動揺せずにルーレットを回した。
「……出た数字は四か……」
「ふん。ゴールしなかっただけで、どうしようもないではないか。どのみち次の回で終わりじゃの」
神がつまらなそうに頬杖をした時、俺が置いたゴール前の駒が光を放ちだした。
「なっ、何だこれは! 幸太君の駒が激しい光を‼ ……いや、違う! この神々しい光を放っているのは……」
そうその光を放っているのは俺ではなかった。その光を放っているのは……このゲーム中ずっと俺の後ろに付きまとっていた疫病神(女神)だった。
すると、光の発生源である綺麗な白い翼を広げた女神から音声が流れ出す。
『よくぞあなたの人生をかけて、この私を立派に育て上げました』
「いや、立派というかただ好き勝手に生きていただけだよね?」
『そんなあなたに褒美を与えましょう』
「褒美?」
『今からルーレットを回し、奇数の数字に止まれば、あなたの持ち金とトップの人の持ち金を交換して差し上げましょう』
「おお! 幸太君、これは大逆転のチャンスじゃないか! さすが我が悪魔連合のエースなだけある!」
そんな時、悪魔連合のエースである俺は、誰かの視線を感じた。
その視線の方を見ると、ベルが腕を組みながら少しにやけ顔でこちらを見ていた。
「ベル様、なんでそんなドヤ顔なんですか?」
それにしても恩返しをしてくれるのはいいが、それが誰かを引きずり降ろして得る恩恵というのも、この女神の底意地の悪さが垣間見える。
とはいえ、絶望的に思えた神に勝つという可能性を二分の一まで引き上げてくれたのは、奇跡と言っても過言では無いだろう。
二分の一で今まで苦労したことが報われる。
逆に言えば二分の一で今までの苦労が水の泡になる。
そんな全てのかかる一回しだ。それなりの緊張が俺を襲った。そんな時――
「幸太君……」
俺の肩に手を置いたハーデス様が、俺の耳元に小声で話しかけてきた。
「ここで、僕の出番じゃないかな?」
「出番?」
「ああ、これでも僕は魔界を統べる者だ。神と同等の力を持っている。僕が全力を出せば、あいつに気取られずに針を当たりの目に止める事が出来ると思うんだ。無論相手は神だ。気付かれる可能性もある。だが、ここはそれだけのリスクを負う価値はあると思うんだ」
ハーデス様の言う通り、もし力を借りるとしたらここしかないだろう。
俺はハーデス様の目を見て口を開いた。
「ハーデス様、ありがとうございます。だけど、初めに言った通りに俺はここに自分の本気を見せに来ました。今回は俺を信じてくれませんか?」
真剣な俺の目を見たハーデス様は、深く頷いた。
「分かった。君がそこまで言うなら、何か考えがあるのだろう。ここは君にすべてを託そうではないか」
ハーデス様との話はつき、再び俺はボードに顔を戻した。
「くくっ。作戦会議は終わったか?」
「ああ、俺達の作戦は当初から『ガンガンいこうぜ!』だ。もう後は前進あるのみ!」
「そうか、そうか。ならお主のその勇ましい姿を見せてもらおうか」
俺はつばを飲み込み、ゆっくりとルーレットに手を伸ばした。そんな短い間に今までの事が脳裏によみがえる。
地上にいた時の様々な不幸な出来事。
こっちに来てから初めて出会ったわがままで自堕落な女神。
愛の街と言われる場所で出会った怖い女神。
その女神を守る為に戦った話を聞かない痛い悪魔。
戦いの街で出会った脳筋の女神と頭がお花畑な女神。
見た目に騙された小さな凶暴な悪魔達。
ここに来るまで様々な事があった。思い返しても良い事なんてない。
しかし、それもここに来る為に必要な事だったのかもしれない。
ルーレットに指先が触れた時、隣にいたベルと自然に目線が合った。
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫ですよ。ベル様」
「なっ! だっ、誰も心配などしとらんわ!」
「ふっ、そうですか。ならそこで俺の勇姿見ていてください」
俺はそう言いながらルーレットを回した……。
ルーレットの針はやけにゆっくり回っているように感じる。全てを決める一回し、そんな中俺の心は自分でも驚くほど静かなものだった。
そして、ルーレットの針は六と七の境目で引っ掛かった。
もう少し力が掛ればその針は七に行くだろう。逆に少しでも弱ければ六に弾き戻されるであろう。
そんな神の気まぐれでどっちにでも転ぶような均衡に包まれた。
その後一秒にも満たない時の後…………針は六に引き戻された。
「…………ははっ。やっぱり今の俺じゃ、ここまでか」
「おっ、おい! 幸太君! 何を笑ってるんだ! 普通に負けちゃったじゃないか!」
「ああ、そうですね」
「そうですねって……」
ハーデス様はあっけに取られたような顔で俺の顔を見た。それはこの勝負の勝者である神も同じだった。
「おい」
「何ですか? 神様」
「お主、本気を見せると言ったよな?」
「はい、言いましたよ。それが?」
「わしの目から見て、お主はただ普通にそのルーレットを回した様にしか見えんかったが」
「ええ、普通に回しました」
「お主の本気の結果がこれか?」
「……何を言っているんですか? いつ俺の本気がここまでと言いましたか?」
「ん? それはどういうことじゃ?」
「俺の目標はあんたを連れ帰る事だ。別にそれが今日ここでじゃなくちゃいけないなんて言ってない。この一回の戦いで達成なんて楽な考え最初から無い」
「ということは……」
「ああ! 俺はこれから何度でもあんたに戦いを挑む。あんたが何処に行こうが必ず追いかけて、何度でも見つけ出す。あんたがあまりにもしつこくて辟易しても何度でも。あんたか根負けして帰ると言うまでな。それが……それがただの一般人である俺の本気だ‼」
そんな俺の決意表明をぽかんと口を開けて聞いていた神は、しばらくすると俯いた。
「…………くっ……くくくっ。……あーっはははははっ!」
そしていきなり腹を抱えて笑い出した。
「かかかかかっ! そうじゃ! そうじゃ! そうじゃな!」
「なにもそんなに笑わなくてもいいじゃないか。これでも結構本気なんだぞ」
神は目尻に浮かんだ涙を拭いながら、こっちを見てきた。
「くくっ……すまん。これはお主の決意を嘲笑ったんではない。お主の言う通り、人間のお主が神であるわしに勝とうというのは普通では無理じゃ。それこそ万が一勝とうと思えば、わしが嫌になるほどしつこく追いかけるしかあるまい。それこそ人間であるお主が出来る唯一の本気『諦めない』をもってな」
「そこまで分かるなら、それこそ笑わなくても」
「いやいやいや、すまん。お主の様な者が、そんな選択をするとは思わんでな。ある意味一本取られたと思ったのじゃ」
「おっ! なら負けを認めるのか?」
「バカもん。自分でも言ったようにわしを落とそうなんて、そんな楽ではないぞ」
「そっか。ならさっきの宣言通りに、あんたを追いかけ回させてもらうよ」
こうして俺と神の第一ラウンドは幕を閉じた。
「おい、ハーデス!」
「なっ、なんだ? いっとくがお前の遊び相手はしないぞ!」
「違うわ、早とちりめ。世話になったの。わしはここを出て行くぞ」
「えっ! ほっ本当か!?」
「ふん。そんな嬉しそうな顔をするな。お主も聞いた通り、わしにはしつこいストーカーができた。わしはこれからそいつと追っかけっこをしなくてはならんからの。まったくモテるいい女は辛いわ」
「いや。俺にロリコンの趣味は無いぞ」
「神の雷!」
「くぎゃああああああああああ!」
雷に撃たれた俺を尻目に、神が自分の前に光の渦を作り出した。
「おい。ベル、ヴィディ、アテナ、パラス」
声を掛けられた女神たちは、珍しく佇まいを正した。
「そこの不出来ものを頼んだぞ」
いや、こいつらの世話をしているのは俺だぞというツッコミをしたかったが、雷で撃たれた俺は何も言えずに床に横たわっていた。
「では幸太。待っているぞ」
そう言うと、神はその姿に似合わない投げキッスをして、光りの渦の中に消えていった。
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