第45話 魔界最大の目玉
そして、バスはゆっくりと動き出した。そんな中、俺は凄く感動していた。かなり感動していた。感動のしすぎで涙が出そうなほどだった。
何故なら、俺が今乗っている物は文明が作り上げたバスだからだ。これは重くもなく遅くもない。
その上、中はクーラーが効いてあり汗も流れない。あんなポンコツとは比べるのも失礼だ。
俺としてはこのバスこそ『天馬鳳凰号』の称号を与えたいくらいだ。
そんな中、ファミがメモ帳を取り出しガイドを始める。
「えー。左に見えますのが魔界名物の一つ『血の池地獄』です」
ファミに言われたとおりに左を見ると、そこには正にその名の通り、血の様に真っ赤な色の池があった。
「へー、あれが噂の。幸太さんまるで私達の燃える愛を表現しているみたいですね!」
俺の隣の席に座ったヴィディが目を輝かせながら話し掛けてくる。
「おー! やっぱり赤はいいな! 赤はなんたって俺のイメージカラーだからな!」
「ふっ、赤があるから青が引き立つ。今の僕は極限に輝いているんじゃないかな」
後ろを振り返ると、後部座席に座っていたベルが、何処から持ち出したか分からないカメラで何回もシャッター音を鳴り響かせていた。
俺の視線に気が付いたベルは顔を赤らめる。
「こっ、これは違うぞ! べっ、別に初めて来たからとかじゃないぞ!」
考えてみたら、あいつは引きこもりのニートだったな。初めての海外旅行でワクワク感半端ねーじゃん。
そういえば、天界の検問所からテンション高かったな。
「ちなみに、あれは本当の血ではありません」
「えっ、血じゃないの?」
「はい。あんな大量の血なんて用意できませんよ。それに本当に血だったら臭いとかきついじゃないですか。具合が悪くなる人とか出たら大変ですし」
「じゃあ、あの色は何なの?」
「絵具です」
「絵具! 絵具なのあれ!」
「はい。経費も安く済みますし、重要なのは雰囲気です」
「雰囲気か……」
「ちなみに、今ではあの池にコインを投げ入れると、願いが叶うと言われています」
「もう、色々と滅茶苦茶じゃねーか!」
すると、後ろの方で窓を開ける音がした。振り返ると、ベルが池にめがけて何度もコインを投げていた。
いつも自由気ままに生きているのに、何をそんなに願う事があるのだろう?
「えー。続きまして、右に見えますのがこちらも魔界名物の一つ『針山地獄』です」
右方面を見ると、そこには言葉通りの針の山があった。それは壮大で、遠目から見ても圧倒されるものがあった。
「えー。ちなみに、あの針は本物の針ではありません」
「えっ、違うの?」
「はい。本物だと子供が触ったりすると危ないですからね。あれは天然ゴムで出来た模造品です」
「ゴム! ゴムなのあれ!」
「ええ。重要なのは雰囲気ですから……」
「雰囲気か……」
「ゴムで出来ているから安全性も確保されて……今ではほら、見てください」
ファミの指さした所をよく見ると、針山の中に滑り台が作られ、そこを子供たちが楽しそうに滑って遊んでいた。
その周りにも、子供たちがゴムで出来た針をよじ登ったりして遊んでいる。
「魔界で人気のアミューズメントパークとして、多くの子供たちに大人気の観光名所となっています」
「あの、ここって魔界だよね?」
「はい。雰囲気溢れる私たち自慢の魔界です!」
いつも無表情のファミが、少し誇らしそうに胸を張って言った。
「おい、駄犬! 後であそこに我を連れていけ!」
後ろのベルが目をキラキラさせながら命令をしてくる。
「おう、幸太! 俺もあそこに行きたいぜ!」
アテナもベルと同じに目を輝かせている。
なるほど。ファミの言う通り、子供達に大人気な所なのだろう。
魔界とはいったいどれだけ危険な所かと思って、色々な想像を巡らせていた俺は、なんだかな~って気持ちになった。
観光バスがしばらく進むと次の観光名所に近づいたのか、ファミがまたメモ帳を見た。
「えー。次に前方の右に見えてきますのが――」
「あっ、あれは!」
俺はその方向を見た時、心臓が一つ跳ね上がった。何故なら、俺の視界に映り込んだのは自分が魔界で唯一知る建造物だったからである。
「本日最大の目玉! 魔界一のカリスマ悪魔アスモ様が住む巨城…………なんですか、これは?」
そう、あれはこの世で俺が唯一読み込んだ書物『㊙ 愛の狩人 アスモ様の隠されたプライベート 吾輩の事を知りたければ、この本を手にしろ!』に掲載されていた、あの悪魔の家なのだ!
「……あの人、勝手にこんなものを観光名所に入れて」
ファミは今まで読んでいたメモ帳をグシャリと握りつぶした。
あいつ、本当に自分の家を名所にしてたんだな……。
俺は旅行前にガイド本で見た観光名所を現地で目のあたりにして、テンションが上がる気持ちに似た感情を持った自分が凄く悲しかった。
それにしても、あいつ自分の家をデコレーションしすぎだろ。
大きい城は、金色の装飾で飾られてあり、その周りを様々な色を発光させているイルミネーションが巻き付けられてある。
「クリスマスか!?」
見ているだけで目がチカチカしてうっとおしく、まさにあいつを表している家だと思った。
ちなみに、周りの女神たちは先程の好奇心とは真逆で、全くの無関心であった。
その後、数か所の名所を通った後、ファミが最終目的地を口にした。
「えー。皆様、お疲れ様でした。それではこれより今回のツアー最終目的地である、ここ魔界の行政を管轄している魔界庁にまもなく到着いたします」
「えっ?」
自分の席から身を乗り出し前方を見ると、そこには一体何階建てなのか分からない程の高さを誇る壮大な建造物があった。
その風貌はまるで西洋の絵本などに出てくる中世の禍々しい城の様で、何故かその城の上の周りには漆黒の雲が広がっていて、激しい雷が何度も打ち付けられていた。
その他にも周りには蝙蝠などが飛び回っていたり、何処から聞こえてくるのか分からない女性の悲鳴が鳴り響いたりなど、雰囲気が抜群だった。
なんてことだ……。
修羅の国に足を踏み入れて数十分。気が付けば、敵の本陣である悪魔城に到着していた。
「ちなみにここには魔王様であるハーデス様がおられます」
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