第31話 よい子の皆は、人の話を聞かなくても契約書の中身はちゃんと読もう
その後、それぞれ指定された立ち位置に誘導された俺は、ある疑問を持った。
「あれ? ゲートは?」
そこにはゲートボールに必要なゲートが無かったのである。
周りに無いかと見回していると――
『それでは、ゲートを出します!』
そうアナウンスされた時に、大きな地鳴りと共に地面から複数のゲートが出て来た。
なんだちゃんとあるんだ、と思った俺だがまたある疑問を持った。
「……なんで、このゲートこんなに大きいの?」
そのゲートは俺が見た事のある小さなものではなく、人ひとりが簡単に潜り抜けられる程の大きさもあるゲートだった。
『それでは、オールドクラッシャーチームの先攻から、試合開始‼』
俺の疑問が解消される前に、試合が始まる宣告がなされた。
その宣言後、一人の老人がボールを打つためのスティックを杖代わりにしながら、ボールの元までゆっくりと歩いてきた。
「あまり力むでないぞぉ」
「そうじゃそうじゃ、ゆっくりやっていこう」
そんな周りの雰囲気とは真逆の和やかな応援が、相手方向から聞こえてきた。
「ふぉふぉふぉ。分かっておる、分かっておる」
ボールの所にたどり着いた老人が、柔らかい笑顔を見せボールにスティックを添えた。
「さぁーて、…………いぐがのぉ‼」
いきなり老人の声が野太くなったかと思うと、小さく細い体がゴツゴツと筋肉が盛り上がり、体は何倍にも膨れ上がった。
そして顔も、垂れ下がっていた目尻が吊り上がり、まるで昔の怖い絵に出てくる鬼の様な表情になった。
そのいきなりの変化に俺は固まっていると、その老人は力一杯にボールをこっちに向かって打って来た。
さっきまで遠くの方にあったボールが、目にもとまらぬ速さで俺の顔のすぐ横を通り過ぎていった。
その数秒後、後ろの方にあった競技場の壁にボールは勢いよくぶつかり、大きな衝撃音が響き渡った。固まったままの俺の頬から、ツーっと一筋の血が流れ落ちる。
「ガッハッハッハッ! 力んじまったのぉ」
俺は振り返り壁に突き刺さったボールを見て、もう一度豹変した老人の方を見た。
「……………………えっ、…………ええええええええええええ‼」
俺の驚愕した声が競技場に響き渡った。
「誰!? あの人誰よ!?」
俺はあのゴツイ老人を指差しながらアテナに聞いた。
「何を言っているんだ?」
アテナは驚いた感じも無く、平然と答える。
「いやいやいや! 誰よあの人! あの優しいお爺さんはどこ行ったの! なんでいきなり金剛力士みたいなのになってんの!」
「お爺さん? お前は何を言っているんだ?」
「えっ……?」
「あれはお爺さんではないぞ。悪魔だぞ」
「…………あくま? …………悪魔!」
「ああ、そうだ。悪魔だ。あれは普段は小さい体をしているが、戦闘時に力を開放し、凶暴化する『グリーズ』という者達だ」
「いやいやいや! 何で天界の祭り競技に悪魔が参加してるの!」
「二十一世紀枠だ」
「どういう枠だよ!」
最悪だ……。よりにもよって、こんな訳の分からない枠で参加した悪魔を引き当てるなんて。
イザデールに続いてここでもか? 何故ここ天界で、悪魔にこんなに出会うの?
「さぁーて、次はお主らの攻撃の番じゃぞ」
先程姿を変えたグリーズという悪魔が攻撃を終え、こちらの番を促してきた。
「ちょっ‼ ちょっと待て! ちょっと待て!」
「ん? どうしたのじゃ?」
「そうだ! これはゲートボールだろ!」
「ああ、そうじゃが」
「だったらこれはおかしいだろ! ゲートボールは平和な競技だ! こんな人を傷つけるような競技じゃないはずだ!」
俺の真っ当な抗議を聞いた元老人は、首を傾げて口を開いた。
「何を言っておる? ヘルゲートボールはこういう競技じゃろうが?」
「だから、ゲートボールはこういう…………ちょっと待て、今何って言った?」
「だから、ヘ・ル・ゲートボールは」
「待て、待て、待て! その頭文字に付いている、おかしい文字は何だよ!」
「ん? ヘルがどうかしたのか?」
「いや、おかしいだろ! その一文で、昼下がりの和やかな行事から、おぞましい殺戮行事へと変わるだろうが!」
「おぞましいとは大袈裟な。ヘルゲートボールとは、その名の通りにボールとスティックを使って相手を打ちのめし、地獄へと送る為にそのゲートに弾き飛ばす、ここ天界から地獄にまで老若男女問わず人気のある競技じゃろうが?」
「その説明を聞いても、何一つ印象が変わらねえよ‼」
熱くなっている俺の隣にアテナが歩み寄って来る。
「何だお前? そんな事も知らなかったのか? ここではそんな事、常識だぞ」
「常識という名の非常識‼」
頭の弱い女神に常識を問われると少し屈辱的だが、今はそんな事に悩んでいる時ではない。
「ギ…………ギブアーーーーップ‼」
俺は腹の底から、この凶悪競技場と化した中心で叫んだ。それと同時に周りは静まり返った。
『……おっ、……おーと! ここで、まさかのギブアップ宣言だー!』
実況アナウンスが、何とか現状を把握して俺の宣告を周りに伝えた。
「おっ、おい! 幸太、何を言っているんだ! せっかく始まったばかりの戦を!」
アテナが肩を掴み、ゆさゆさと振って抗議をしてきた。
「うっ、うるさい! こんな危険な競技出来るわけないだろ! 最初から知っていたら、違うものにしてたわ!」
「なっ、何だと! こんな血のたぎる試合を選んできて、お前はなんと勇気があって熱い男だと思っていたんだぞ!」
「俺はそんな向上心がある向こう見ず人間じゃないわ! こんな競技に俺が参加したら悲惨な結末になるに決まってるだろーが! あっ、そうだ! お前は勝負に勝ちたかったんだな? ジャンケンしてやるよ。それで勝てばいーじゃん!」
「そんなもんで俺が納得するわけがねーだろ!」
そんなふうに、お互いの意見をぶつけ合いながら押し問答していた時、筋肉悪魔が間に入る様に来た。
「おっほん! ……主ら、さっきから色々言っておるが、結末は変わらんぞ」
「……ん? 何を言っているんだ?」
俺の問いに、悪魔が一枚の紙を取り出した。それは前日に俺がサインした、この馬鹿げた競技への参加契約書であった。
「ここをよく読むのじゃ」
言われた通りに、指さされた文を口に出して読む。
「えーと。『私はこの競技に参加する事を誓います。またそれにおいてキャンセルや途中棄権をしない事も誓います。もし、それに背いた場合は貴殿にこの魂を差し出す事に同意することを誓います』か……」
俺は読み終えると、その契約書をそっと悪魔に返した。
「まあ、その魂を渡してくれるなら渋々中止にしてやってもよいが、そういうわけにもいかんじゃろ?」
何たる不覚。
あの時は、思いがけない所から幸運が転がり込んだと思って舞い上がっていた。
だから、差し出された契約書の中身なんてよく読まずにサインをしてしまった。不幸が思いもよらない所で、かくれんぼをしていたとは……。
過去の自分を殺してでも契約書にサインするのを止めたいと願う俺の肩に、アテナが嬉しそうに手を置いてきた。
「それじゃ、気を取り直して熱い戦いを始めようぜ」
よい子の皆は、人の話を聞かなくても契約書の中身はちゃんと読もうね。
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