第30話 ノーバッティング。ノーエルボー。オーケー?

 最後のメンバーであるアテナを引き連れ、俺達は決戦の地であるゲートボール会場へと向かった。


 前日はあまり人がいなかった方面だが、今日は先程と同じ様に人の数が多い。


 そして、やはり周りの視線がこっちを向いている気がする。


 それとなぜか、遠くの方から『がんばれ~』や『無茶はするなよ~』といった激励の言葉が飛んでいる様な気がした。


 しかし、今の俺はそんな事に気を取られているわけにはいかない。どれだけこちらに勝利の確率が高い競技だからといって、油断をするわけにはいかない。


 何故なら、今から競技に参加するのは他でもない俺だからである。


 一体どこから不幸が飛び出してくるか分からない。車を運転する人と同じ様に、ちゃんと安全確認をしながら進まなくてはいけないのだ。


 そんな事を色々と考えている内に、競技場の前に到着する。


 同時に俺は大きな違和感に気が付いた。


「なっ、なんだこれは……?」


 なんと前日には閑古鳥が鳴きそうなほど人の気配が無かった競技場に、長蛇の列が何列も作られていた。


「只今御もちまして、当日券は販売終了しました‼」

「何だって! 朝八時から並んでいたのに、嘘だろ!?」

「誰か、俺にチケットを売ってくれないか⁉ 言い値で買うぞ!」


 俺はこの異様な光景に、アテナの方を向き質問をした。


「なあアテナ……今日ここで、世紀の世界タイトルマッチでも行われるのか?」

「いや、今日は我々のゲートボールが行われるだけだ」

「ですよね。だったらこれは何? いつからゲートボールはホットドッグを片手に、ニューヨークスタイルのむさい男達が見る競技になったんだ?」

「しらん。とりあえず行くぞ。時間に遅れる」


 明らかにおかしい現状を置いといて、俺達は競技場の控室に入った。



「おかしい……絶対におかしい」


 俺は動揺していた。


「おい。さっきからブツブツうるさいの。我の精神統一の邪魔をするでない」

「いや、明らかにおかしいでしょ! ゲートボールでしょ? 何であんなに観客がいるんですか!」


 俺は明らかに動揺していた。


「そんなの我のファンが駆け付けに来たに決まっ――」

「いや、それはないです」


 先程まで動揺していた俺は、そこだけは冷静に反応した。


 ベルがポカポカと殴ってきた時に、控室のドアに誰かノックをした。すると、部屋の中に昨日受付にいた小さい老人が入って来た。


「どうも、どうも。皆さん今日は宜しくお願いしますのぉ」

「じっ、爺さん! これはどういうことだよ!」


 爺さんの元に駆け寄って、今起きている不可解な現象に質問する。


「はて? どういうこととは?」


 爺さんは思い当たる節が無いように、首をかしげる。


「いや、外だよ! 外! 何で、こんな競技にあんなに観客がいるの!」


 そんな質問に対して、爺さんは当然の様な顔をして口を開いた。


「いや、いつも試合をするとこれくらいは来るぞ」

「…………え? 本当なの?」

「うむ。ゲートボールは人気競技だからの」

「いやいやいや。昨日は参加者が現れず、困っているって言ったじゃん!」

「うむ。参加者は本当にいなかったぞ。競技をするのではなく、観戦するのが人気なんじゃ」


 いや、どんなブームが天界に来ているんだ?


 俺が理解出来ていないでいると、爺さんの前にアテナがやって来た。


「…………お前を潰す!」


 おいおいおい。年寄りに対していきなり過激すぎるだろ。


「ふぉふぉふぉ。相変わらずアテナ様は恐ろしい方ですのぉ。……お手柔らかに」


 そう受け流すと、爺さんは部屋を出て行った。


 俺はアテナに『言い過ぎじゃない?』と言おうとして顔を見た時、出そうとした言葉を飲み込んだ。


 何故なら、アテナの顔は完全に戦闘態勢の真剣なものだったからである。


 準備を終えた俺達は、控室を出て競技場へと向かった。


 静かな廊下の先から、進むにつれて大きな歓声が段々と近づいてくる。そして、競技場に出た時に俺は息をのんだ。


 何故なら、そこには360度に大勢の人が歓声を上げて俺達に注目していたからである。


 何だこれは? 俺はいつから大リーガーになったんだ?


『さあ! まずはアテナ様が率いるチームが入場して来ました! とても個性があるチームです! このチームは一体どうやってあの強豪チームに対抗しようとするのか、とても興味深いです! あ、申し遅れました。私、この試合を実況させていただきますフローラと申します。短い時間になりますが、どうかよろしくお願いします!』


 実況? 実況までいるの! どんだけ注目競技なんだこれは?


 そんな事を考えながら固まっていた俺の後ろ頭を誰かが小突いた。


「おい、速く行け。後ろが閊えておるぞ」


 そこにはいつもと変わらない態度のデカいベルがいた。


 何でこの堕落女神はこんなにも余裕があるのか?


 すると次の瞬間、また大きな歓声が沸き上がった。


『おおっと! 続いて、昨年の覇者であるオールドクラッシャーが入場して来ました! 今年はどんな競技を見せ、我々を魅了させてくれるのでしょうか!』


 アナウンスを聞いた俺は正面を向くと、そこには控室に来た小さな老人と、それと同じ大きさの老人達が競技場に入場して来た。


 老人達を見た観客は、より一層大きな歓声を上げた。


「おお! きたあああああ‼ 今年も見せてくれよ!」


 どんだけ人気があるんだよ? オールドクラッシャー。


「ぶっ潰せ‼ ぶっ潰せ‼ ぶっ潰せ‼」


 野蛮すぎるだろ? ここ本当に天界?


「浪速の根性見せたれやー!」


 え? 浪速? 関西出身なの?


 両者の入場が終わり、お互いに競技が行われるグランドの中心に集まる。


「ふぉふぉふぉ。今年も盛り上がってますのぉ」

「なあ、爺さん?」

「ん? どうされた?」

「あの……これからやるのって、本当にゲートボール?」

「ふぉふぉふぉ。何を当たり前のことを言っておる?」

「そうか……それを聞いて安心したぜ」

「まあ、お互い正々堂々とやりましょうぞ」


 お互い話をしていると、何故かレフリーらしき人が来た。


「ノーバッティング。ノーエルボー。オーケー?」


 え? 何で、ゲートボールでバッティングとエルボー?


 そう思い、後ろを向くと仲間の女神たちは、それぞれ入念にストレッチやシャドーボクシングをしていた。


「ねえ! 本当にゲートボールだよね! 本当だよね!」

「ふぉふぉふぉ」

「その笑い方、余計に心配になるんですけど!」

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