第8話 愛の女神 ヴィディーテ
ポンコツ号を引き始め、またしばらくの時間が経った。
後ろからは、カチャカチャとゲームを操作する音が飽きもせずに続いている。
「ねえ、ベル様。おーい、ベル様ってば」
「ん? なんじゃ? 今、世界を救うべく魔王と戦ってて忙しいんじゃ。後にしろ」
「そんな小さな画面の世界を救うより、現実世界の俺を救ってくれ」
すると、ベルは溜息を吐き、手を止める。
「しょうがないのぉ。なんじゃ?」
「あの、言われたとおりに進んでいるんですけど、まだ着かないんですか?」
ベルは周りを見渡し、現在地を把握する。
「なんじゃ、もうここまで来たか。心配せんでも、もうそろそろで着く」
「そうですか。というか、俺達って何処に行こうとしてるんです?」
「イザデールという所じゃ」
「イ、イザ―デール? 何です? そこ」
「イザデールじゃ。知らんのか? ったく無知じゃの~」
ベルは小馬鹿にしたように鼻で笑い、何故か得意げな顔をしている。
「すみませんね。なんせ、天国ピカピカの一年生ですので」
「イザデールは、天界にある繁華街の内の一つじゃ」
「へ~。天界にもそんな所があるんですね。で、そんな所に何しに行くんです?」
「はぁ~。人が多い所に行けば、色々な情報があるじゃろ? きっと神の目撃情報もあるはずじゃ。それくらい分からんかの~。これだから駄犬は」
やれやれと顔を横に振り、また小馬鹿にしたような顔でポンコツ号の上から見下してきた。
爺さんといい、このニート女神といい、天界は人をイラつかせる奴らばかりなのか?
しばらくそこから進むと、ベルが言った通りに様々な建物が建ててあり、人が大勢いる所に到着した。
街の入り口には『愛の街 イザデールにようこそ!』と書かれてあるアーチ形の看板が掲げられている。
愛の街? ……というか、なんか幸せのオーラが満ち溢れている雰囲気だな。
俺がそう思ったのは、街に入ってからそこら中に、幸せそうなカップルがいたからである。さすが愛の街という事だけはあるみたいだ。
そんな中、俺は恥ずかしい思いをしながらその群衆の中を歩いていた。
何故なら――
「ねえねえ。あの二人、何してるのかな?」
「きっとSMプレイじゃないかな? 愛の形にも色々あるからね。彼らも僕らと同じにラブラブなんだよ」
そう、俺はあのわがまま女神をあのみすぼらしいポンコツ号に乗せ、大勢の人がこちら見ている中を歩いていたのだ。
俺はそんなこちらに向けられる奇異な視線に耐えられず、ポンコツ号を置ける広場に一旦止める事にした。
「ベル様。とりあえずここからは歩いて捜索しましょう。せめてこの町にいる間は……お願いします」
「そっ、そうじゃの……その方がいいみたいじゃ」
ベルは軽く頬を赤く染めながら、素直にポンコツ号から降りた。
この女神にも羞恥心はあるみたいだ。
そこから俺は、街にいる人達に『神を見なかったか?』という、地上では頭のおかしい人と思われる様な質問をして回った。
因みに、ベルは俺の後ろでずっと小さな画面の世界を救っているだけで、ちっとも役に立たなかった。
そんな俺の努力のおかげで、神を見かけた人はいなかったが、この街でいろんな情報が得られる事が出来るお店を教えてもらった。
その店の名前は『トキメキ☆ ラブラブ♡ 愛の園 メイド喫茶 ヴィディ』と、いかにも頭の緩そうなものだった。
普通こういう情報を得る店は、どこかアウトローな路地裏にある酒場が定番だが、俺の想像とは真逆なものだった。
実際にその店の前に着くと、その店はピンク色を基調とした建物に、様々なライトでデコレーションされた、入るにはこっぱずかしい所だった。
俺は一息を飲み、店の中に入って行った。
「お帰りなさいませ~。ご主人様~。お嬢様~」
店に入るなり、猫耳を付けフリフリな服を着た可愛らしい店員さんが、お出迎えをしてくれた。
「あっ、すいません。僕達お客じゃないんです」
「えっ?」
「実は人探しをしていまして、ここに来れば色々な情報が得られると聞いて」
「あ~。分かりました。分かりました。今、店長呼んできますね」
店員さんは手慣れた感じで、店の奥に小走りして行った。
きっと俺と同じように、情報を得ようとするお客も多いんだろう。
後ろを振り返ると、ベルはまだゲームをしている。
「こら。こんな所に来てまでピコピコしてちゃダメでしょ。ゲームは一日一時間」
「うるさいのぉ。というか、お主は我のお母さんか?」
そんな何気ない会話をしている中、後ろから女性の声がする。
「お待たせいたしました。お客様、何用で?」
おそらく先程の店員さんが、店長を呼んで来てくれたんだろう。
挨拶をしようと振り返って店長の姿を見た時、俺は言葉を失った。
その女性は、艶のある長く美しい交じりっ気のない黒髪と、ブラックダイヤモンドと同じく吸い込まれそうな瞳をしていて、深みのある人間離れした美しさを放っていた。
また服装は漆黒のゴスロリファッションに身を包んでおり、独特なオーラを醸し出していた。
そんな女性の姿に俺はしばらく見惚れていた。
そして少し時が経つと、俺の口から純粋に、ただ思うがままに一言が零れ落ちた。
「女神か……」
そんな俺にその女性は視線を向け、薄く繊細な唇を開いた。
「女神です」
いつかのどこか聞き覚えのある言葉が返ってきた。
「え?」
「ですから、女神です。名はヴィディーテと申します。以後、お見知りおきを」
ヴィディーテさんはスカートの両端を軽くつまみ、気品よく挨拶をしてくれた。
「こっ、こちらこそよろしくお願いします。か、神代幸太と言います。で、こちらが」
相手の礼儀正しい女神にたじろぎながら、こっちの傲慢女神を紹介しようとした時。
「あら。ベル、ベルじゃないの」
ヴィディーテさんは、俺の後ろにいるベルに声を掛ける。
「う、うむ。久しぶりじゃの」
ベルは何だか気まずそうな表情をしながら、手を軽く上げている。
「え? お二人は知り合い同士なんですか?」
「ええ。ベルとは女神学校で同級生だったんです」
「女神学校なんてあるんですか?」
「はい。でも卒業後は音沙汰なしで、同窓会にも来ないし……。心配していたのよ」
「う、うむ……まあな」
あれだな……卒業後ニートになって、きらびやかに働く同級生とは気まずくて顔を合わせられず、不通というパターンだな……。
そう思うと、このニート女神が少し哀れに思えてしまった。
「なんじゃ? その可哀想な人を見る目は。殴るぞ」
ここはあまり触れないでおこうと思い、話題を本題に移した。
「あの、実は聞きたいことがありまして」
俺はこれまでの経緯と、ここに来た理由をヴィディーテさんに伝えた。
「……なるほど。分かりました。今はその情報は無いですけど、どうにかして手に入れましょう」
「えっ、本当ですか?」
いつも不運な俺からは珍しく、とんとん拍子に話が進む。
「はい。その代り……」
「その代り?」
「その代りに、私の願いも聞いてくれませんか?」
確かにただで情報を得るのは虫が良すぎるし、対価は必要だと俺は思った。
「分かりました。たいしたことは出来ないかもしれないですけど、話を聞きましょう」
「本当ですか!」
俺の返答を聞くと、ヴィディーテさんは表情を明るくした。
「実は……」
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