第9話 愛の狩人 アスモ

 ヴィディーテさんがそのお願いの内容を話そうとした時、店の扉が勢いよく開いた。


 扉の大きな音に振り返ると、そこにはタキシードを身にまとい黒マントをなびかせた、一人の細長い男が立っていた。俺はその男を見ると、不気味さを感じた。


 何故なら、その男の両側頭部から角が生えており、口からは鋭い八重歯が見え、瞳は血の様に真っ赤な色をし、見てすぐにその男が普通の人間ではない事が分かったからだ。


 男はこちらに視線を送ると、ニヤリと笑った後、両手を広げながら天を仰ぎ――


「愛の~狩人。アスモ、ここに参上!」


 キザに自分をアスモと名乗った男は、細長い足を交差させながらこちらに歩いてくる。


 ヴィディーテさんは、近づいてくるアスモを見ると、笑顔を引きつらせながら挨拶をした。


「いらっしゃいませ。お客様」


 アスモはヴィディーテさんの言葉を聞くと、『チッチッチッ』と言いながら人差し指を横に振りだした。


「違うだろ? 我が愛しのヴィディーテ。ここでは君のご主人様だろ?」


 こいつ、なんかウザイな。


 俺がそう思ったのは、アスモの行動がいちいちキザで、自分に酔った雰囲気をプンプン漂わせていたからだ。


 隣にいるヴィディーテさんは、先程よりも一層笑顔を引きつらせている。


「も、申し訳ございません。ご主人様。只今、こちらのお客様達とお話がございまして、奥の席でしばらくお待ちいただけませんか?」


 ヴィディーテさんは、そんなキザ男にザ・マニュアル接客をする。


 アスモは一瞬冷たい目でこちらを見ると、またヴィディーテさんの方を笑顔で見る。


「ハハハハハハッ。分かったよ、我が愛しのヴィディーテ。吾輩は、君の一番の理解者だからね! でも、あまり待たせないでおくれよ。僕のピュアなハートは、とても寂しがり屋さんなんだ!」


 アスモはまるでミュージカルの様に話しながら、最後にヴィディーテさんに向かってウインクをした。


 うわぁ……。


 俺と同様に、あからさまにひいているヴィディーテさんを尻目に、アスモはその場でダンサーの様に一回転すると、また細長い足を交差する独特な歩き方で店の奥に入って行った。


「あれ……何なんです?」

「俗にいう……ストーカーです」


 ヴィディーテさんは、どっと疲れたように答えた。


「実は……お願いしたい事というのは、あの人のことなんです」


 でしょうね、と思った。


「あの人、ずっと私に付きまとって迷惑しているんです。いつもいろんな所から現れて、一方的に自分の気持ちを押し付けてくるし。毎日のように、家に変な贈り物を送って来るし。何故か私も好きで、両想いって事になっているし。お店に来ては、他のお客様に迷惑かけるし。だから、あなたの気持ちには応えられないと言っても、全然人の話を聞かないし……はぁ。本当に迷惑しているんです」


 ヴィディーテさんは今までの不満を吐き出す様に、アスモの迷惑行為を羅列した。


「大変でしたね……」


 彼女の苦労を労う様に声を掛けると、益々その不満はヒートアップしていった。


「本当です! そもそも、愛というものは押し付けるものではありません! お互いを思いやり、二人で築き上げるもの! 私が求める愛とは!」


「でっ、でも意外ですね!」

「え?」


 このままほっとけばどこまでも続きそうなので、俺は話題を変える。


「いやー。ここって天界じゃないですか。なんか人に迷惑をかける人とかいないと思っていました」

「ああ……。あれは普通の人じゃないですしね」


 普通の人じゃない? まあ、どう見ても普通じゃないけど。


「あの人は……悪魔ですから」

「あっ、悪魔⁉ ……確かに女神もいるから悪魔がいてもおかしくないけど、悪魔なんかがこっちに居てもいいんですか?」

「ええ。悪魔はこっちの世界の公務員ですから、別に地獄も天国も行き来が自由ですよ」

「公務員⁉ 悪魔って公務員なんですか⁉」

「ええ。ちなみに私達女神も公務員ですよ」


 という事は、このニート女神も公務員という事か……。


 さっき注意したにもかかわらず、ベルは後ろでまたゲームの続きをしていた。


「ええいっ! またメタルスライムンに逃げられた。経験値を得るにも一苦労じゃ」

「…………」


 この国の未来が不安になった。


「で、僕はあの悪魔を追い払う為に、何をすればいいんですか?」

「ええ。あなたには私の恋人役を演じて頂いて、彼には諦めてもらおうと思いまして」


 ベタやなー。


 しかし、恋人役をするだけで情報を得ることが出来たら安い物だ。


 しかもこんな美女の恋人役なんて、嘘でも役得ってやつだ。


「分かりました! この僕に任せてください! 命に代えても、必ずあなたを自由にさせてみます!」

「えっ、命に代えても……」


 ちょっとカッコつけすぎたかな? でもいいか、とっとと済ませてしまおう。


「じゃあ、さっそく行きましょう。ヴィディーテさん」


 俺は彼女をエスコートする為、腕を差し出す。


「あっ、はい。……お願いします」


 ヴィディーテさんは少し恥ずかしがりながら、俺の腕に手を通した。


 今の俺は、彼女の恋人だ。そう思うと、自然と気が大きくなった。


 何故なら、俺は今まで生きてきてこんな美女を引き連れた事が無かったからだ。


 ちなみに、リヤカーに乗せて引き連れるのはカウントしない。


 そして俺は、奥の席で鼻歌を歌いながらご機嫌にコーヒーを飲んでいるストーカー野郎の前に来た。

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