第7話 不幸をなめんじゃねー!

 爽やかな風が吹き、居心地が良くつい昼寝でもしたくなるような陽気の中で、俺は汗だくになりながらリヤカーを引いていた。


 後ろに目をやると、先程まで遅いだの暇だの文句を言っていた傲慢女神ことベルは、このポカポカ陽気の中で、スヤスヤと昼寝をしている。


くそぉ。これなら一人で旅に出た方が、絶対楽じゃないか。


 本当は小さな妖精さんと共に楽しい大冒険の予定だったのに、こんなわがまま女神を押し付けられて。これも俺の不幸のオーラが招いた結果なのか? ……ああ、喉が渇いた。


 俺はある提案をしようと足を止める。


「ベル様。ねえベル様。おーい起きろ」


 起きるように声を掛けると、ベルは目を擦りながら眠たげに目を覚ます。


「ん? もう着いたか?」


 目を覚ましたベルは周りを見渡すと、見下す様にこっちを見てきた。


「おい、駄犬。まだ全然進んでないではないか。この我の貴重なお昼寝タイムを邪魔するなど、覚悟は出来ているんじゃろうな」


 そう言うと、ベルはまたどこからか鞭を取り出し、立ち上がる。


「ちょ! ちょっと待って! 待ってください!」

「なんじゃ? くだらん言い訳など聞かぬぞ」

「言い訳じゃなく、少し休憩をさせて欲しいんです!」

「休憩? まだ目的地にも着いておらんのに、もう音を上げるのか? 情けない」

「でも、俺ずっと歩いているんですよ。あなたも女神なら、慈悲ってものがあってもいいじゃないですか⁉」

「何が慈悲だ。お主はただ我の――」


 ベルが喋っている途中、彼女のお腹のあたりから『ぐ~』という音が鳴り響いた。


 すると、ベルは少し顔を赤らめ再び喋り出す。


「まあ、しょうがない。この先に休憩が出来る村がある。そこで少し休むとするか」


 そう言うと、ベルはやれやれといった感じで再び椅子に座り直した。


「我が慈悲深くて良かったな。大いに我に感謝するがいい」


 絶対に慈悲じゃないだろ。


 ベルが言っていたように、少し進んだ先に複数の小屋があるちょっとした村があった。


 俺は村の中にある大きな木の木陰にポンコツ号(天馬鳳凰号)を置き、疲れた足を休ませるためにその場に座り込む。


「はぁ~。疲れた。やっと休めるよ」


 その時、ポンコツ号にただ座っていただけの慈悲深い女神様が声を掛けてきた。


「おい。何をしておる?」

「え? さっき言ったように休んでいるんですけど」

「お主、この旅に出る前に約束したはずじゃ」

「何かしましたかね?」


「道中の問題の解決、炊事、洗濯、肩もみ、ジュースやお菓子の買い出し、ゲームの退屈なレベル上げその全てをすると」

「してねーよ! というかあれ本気だったの?」


「うるさい! 我は適当な事は言わん! 分かったら、とっとと買い出しに行かんか!」

「くっ! 分かったよ! 行けばいいんだろ! 行けば! ったく慈悲深さは何処に行ったんだよ」


「あれじゃ。焼きそばパンとレモンティーを買って来い」

「何だよ、そのベタ過ぎるパシらせリストは! コテコテじゃねーか!」


 俺の切れ味鋭いツッコミが決まると、ベルは自分の胸元をまさぐり出した。


 そして、そこから一枚の金色のカードを取り出した。


「これで買ってくるのじゃ」

「これ何ですか?」


 俺の質問に、ベルは何故か自慢げに鼻息を出しながら説明をし始めた。


「これは女神カードと言ってな。これさえ持っておれば何でも買えるという、選ばれし者だけが持つことが許された優れものじゃ」


 なるほど。こんな物があればニートになるわな。まるで成金娘だな。


 俺はそのニート製造カードを持ち、パン屋と書かれた看板が立て掛けられている小屋に入っていった。


「いらっしゃいませー!」


 店主であろうパン屋の帽子を被った、気前のよさそうな男性が声を掛けてきた。


「あのー。焼きそばパンってありますか」

「はいはい。ありますよ~。うちの一押し商品です」

「あのー?」

「はい?」

「ちょっと失礼かもしれないんですが。店員さんって死んだ人ですよね?」

「ええ。そうですよ」


 当然というように、普通に答えられた。


「あの。何でこの世でも働いているんですか?」

「いや~。私、生きている時はただのサラリーマンだったんですが、実はパン屋になる事が夢でして。でも、その夢を叶えられないまま事故でぽっくりと逝ってしまいましてね~。で、この機会を機に思い切ってセカンドライフを始めようと思いまして、パン屋を始めたんです」


 何? その脱サラ。


「あと、この世でもお金を稼ぐことも出来ますしね」

「えっ、そうなの?」

「はい。そのお金を持って行けば、交換所やお店で好きなものも買えるんですよ。まあ、お金が無くても全然やっていけますがね。実際、もうこの世ではお金なんかと関わりたくないと言って、のんびり過ごしている人も多いですよ」


「へ~。そうなんだ」

「あっ、焼きそばパンですね?」

「はい。2つください。あとそこのレモンティーも2つください」

「はい。計4点で640ゴッドです」


 ここでの通貨名はゴッドなんだ。安直だな。


 俺は、先程ベルから渡されたニート製造カードを取り出した。


「あ、支払いはこれでお願いします」


 すると、そのカードを見た店主さんは顔の色を変えて、後ずさりを始める。


「そっ、それは……」

「あの……会計を」


 店主さんが震える指で、俺の持っているニート製造カードを指してきた。


「それは、もしかして女神カードではないですか?」

「ええ。そうみたいですけど」

「しっ、失礼しました!」


 急に慌てたように店主さんが頭を下げ始めた。


「まさか、神の関係者様とはつゆ知らず。どうぞこちらのパンをお持ちください!」


 何だ? これはそんなに威厳が高い物なのか? まるで水戸黄門にでもなった気分だ。


 ……なるほど、あのわがまま女神が傲慢になる理由が分かったぜ。


「いやー。まさか神の関係者様がうちの店に来て頂けるとは。よく見れば、なんとも神々しいオーラを放たれていますなあ」


 うん。ただのパシリとは言えないな。


 その後、店主さんに『これもどうぞ、これもどうぞ』と色々なパンを持たされ、俺は店を出た。


 両手にいっぱいのパンと飲み物を持たされた俺は、ベルが待っている木の所に戻った。するとそこには涼しげな木陰で、地上で人気だったポータブルゲーム『スティチ』を熱心に操作している現代っ子女神様がいた。


 ていうか、何で天界にあんなもんがあるの?


「ん? やっと来たか。というかなんじゃ? 我はそんなに頼んでおらんぞ」

「いや。このニー……女神カードを出したら、店主さんがいっぱいくれたんですよ。食べきれなかったら、道中で小腹が減った時に食べましょう」


 俺の言葉を聞くと、ベルは得意げな表情をし『うんうん』と頷いた。


「信仰心があっていい店主じゃな。よし、我が幸運の祈りをしてやろう。……我が僕のパン屋店主。主に幸あれ」

「うわ~。効き目なさそう。っていうか、いつの間にか僕にされてるし」

「何か言ったか?」

「いえ、何も。そんな事よりも早く頂きましょう」


 一瞬疑いの目をこちらに向けてきたが、俺の提案に頷きベルはお目当ての焼きそばパンを取り出した。


 よほどお腹が空いていたのか、その小さな口で焼きそばパンにかぶりつきだした。


 見た目だけは美しい女神と焼きそばパン……うん。絵的に合わな過ぎだろ。


 俺達は腹を満たし小休憩を挟むと、再度旅の用意を始める。


 用意と言っても、ベルはただポンコツ号に乗り込むだけだが、俺は違う……。


「ん? どうした。早く天馬白鳳号を引かんか」


 急かすベルを横目に、俺はゆっくりと息を吸い込み、心を落ち着かせるように吐いていた。


「……よし!」


 俺は気合を入れると、首を左右に振った。


「右よーし! 左よーし!」


 電車の車掌さんの様に左右の確認を済ませると、次は上下に首を振る。


「上よーし! 下よーし! ……よし、オールグリーン。行くか」

「おい」

「はい?」

「何をやっておる?」

「いや、安全確認ですけど」


 ベルの質問に、俺は当然の様に答えた。


「いやいやいや。こんな何も無いのどかな平地で、安全確認なんていらんじゃろーが」


 そんな温室育ち女神の一言に、俺の感情は一気に高ぶった。


「不幸をなめんじゃねー‼」

「ひっ!」


 俺のいきなりの怒号に、ベルはビクつく。


「何にも分かってねー! いいか? 奴ら(不幸)はな、気を抜いた時に襲い掛かって来るんだよ! 特に食後や休憩後などは注意しなくちゃいけないんだよ! 奴らは知らないうちに背後に忍び寄っているんだよ!」


「そっ、そんなに怒鳴らんでもいいじゃろーが!」

「……お前、ここは戦場なんだよ。銃弾が飛び交う中、気楽に行こうみたいな言葉を掛けられたら、誰でも怒るだろーが」

「戦場?」


 ベルが俺の言葉を聞き周りを見渡す。


「ピヨ、ピヨ、ピヨ」


 陽気な気候の中、小鳥たちがさえずる。


「おお、助さん。今日はいい天気ですの~」

「おお、格さん。そうですのぉ。これからお茶でもどうですかの?」


 老人達が昼間の挨拶をしている。


 その光景を見て、ベルが目を細めてこっちを見てくる。


「戦場か……」

「そう……戦場なんだ」

「なんというか……不憫じゃの」

「同情するなら福をくれ」


 これからの長旅の為に、人生の厳しさを温室女神に伝えた後、俺は気を取り直しポンコツ号の取っ手を持ち上げた。


「それじゃあ、行きますか?」

「う、うむ……なんかお主、不幸によって情緒不安定で少し怖いぞ」

「えっ? 何か言いました?」

「いっ、いや。何でもない」


 ベルが後ろで何かボソボソ言っていたが、心の広い俺は気にせず旅の続きを始めた。

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