第6話 俺達の旅はまだ始まったばかりだ!

 一面に広がる涼しげな草原の中にある一本道を、カラカラという車輪が回る乾いた音だけが響いている。


 重いこのポンコツ号を、このいつまで続くか分からない道の上を引きながら後ろをチラ見すると、そこには一人掛け用のソファー椅子に深く腰掛け、その長細い足を組み、頬杖をしながら鋭い目つきで真っ直ぐを見つめている女神がいる。


 その風貌は何故か堂々としており、どんなものにも退かない様な凛々しいものだった。


「おい!」

「はっ、はい!」

「スピードが落ちているぞ! この駄犬め!」

「くっ!」


 今その罵声を言われると、凄くムカつく。本当に犬だっただけに……というか、何でこの女神様はただ座っているだけなのに、こんなに態度がデカいんだ?


「本当にこの道を真っ直ぐ行けばいいんですか? 女神様」

「ふん。お前はただ我の言う事を聞いとけばいいのじゃ。あと女神様と呼ぶな。他と一括りにされているみたいで不快じゃ。名前で呼べ」

「あっ、ああ分かったよ。ベル」


 すると、先程まで威風堂々な態度をしていた女神様の表情はみるみるうちに赤くなっていき、体をわなわなと震わせながらゆっくりと立ち上がった。


「だっ、誰がそんな馴れ馴れしい呼び方をしろと言ったあああああぁ!」


 女神様はそう怒鳴ると、何処からか鞭を取り出し、俺の背中に勢いよく打ち付けた。


「いってえええぇぇ! 何するんだよ⁉ 自分が名前で呼べって言ったんじゃないか!」

「様を付けろ! さ・ま・を! 誰が呼び捨てにしろと言った!」

「いつつっ。はい、はい。分かりましたよ。ベ・ル・さ・ま」

「ふん! ったく。これだから駄犬は」


 ベル様はそう言いうと、プンプンと怒りながらまた椅子に腰掛ける。


「おい。そっちが名前で呼べって言うなら、そっちもちゃんとした名前で呼べよ」

「ふん。お前など駄犬でいいわ。分かったならさっさと進め、駄犬!」

「くっ!」


 この傲慢無慈悲女神め! 決めた。そっちがそうなら俺も呼び捨てにしてやる! 


 ……心の中で。


 そう俺がささやかな仕返しを決心した時、右の足が何かにずっぽりとはまった。


「うおっ! 何だこれは⁉」


 俺の右足は、ぬかるみにはまっていた。


「ふん。どんくさい奴だ。だからお前は駄犬なのだ。それにしても、天界の舗装された道にぬかるみがあるとは珍しいの」

「くそっ。なんなんだよまったく! これじゃあまるで……」


 俺はこの慣れた雰囲気に出そうになった言葉を飲み込み、首を横に振る。


 いやいや。気のせいだ。道のぬかるみにはまってしまうなんて、誰でもある事だ。


 そう心をなだめ、足をぬかるみから引き抜き、また前に一歩を踏み出す。すると、肩に何かがポトリと落ちて来た。


 自分の肩に目をやると、そこには白い何かがへばり付いていた。上を見ると、そこには青色をした小鳥が翼を広げ、自由に飛び回っている。


「ふっ、無い、無い、無い。絶対な~い。気のせいだ。気にする必要がない」


 俺は必死に抵抗する様に、現実逃避をする。


「そうだ。幸せの青い鳥なんて言うし、きっとそう言う事なんだ。ああ、幸せがどんどん近づいて来てるのが分かるぞ~。さっ、気を取り直して再出発だ!」


 そして、また一歩前に踏み出した時、俺の横顔に野球ボールが食い込んできた。


 ボールがゆっくりと地面に落ち、それと同時に鼻血も地面にポタポタと落ちた。


「あっ、すいませーん。ボール取ってくださーい」


 遠くの方で、そのボールの持ち主が手をこちらに振っている。俺はボールを拾い上げ、その持ち主の方に投げ返す。


「ありがとうございまーす。も~う。何処に投げてんだよー」


 そう言い、ボールの持ち主はキャッチボール相手の方に走って行った。


 俺はその様子を、鼻血を流しながらフッと鼻息を吐き見つめていると、もう片方の肩にまた白い物が落ちて来た。


「…………うっ、うっぉおおおおおおおおおお! なんじゃこりゃああああああああ! 何だ! 何なんだこれは! 何でこうも続く! おかしいだろ! これじゃあまるで!」


「おい、お前」


 今までの経緯を見ていたベルが声を掛けて来る。


「お前って……」


 言うな! 言わないでくれ!


「お前って不幸じゃの」


「うわぁあああああああ! 認めたくない事をぉおおおおおお!」


 絶望の叫びを叫んでいる俺を見て、ベルはフッと鼻で笑う。


「はっ! そうだ! おかしいだろこれ!」


 俺はある疑念が過り、ベルに問う。


「何がじゃ?」

「だって、俺の不幸はあの二刀流大型新人の疫病神のせいだったんだ! 俺はここにほぼ死んで来たんだ。そして、その時にその疫病神は仕事を終え、俺から離れていった。という事は、俺の不幸の原因も離れていったはずだ! なのに、何で俺はまだ不幸なままなんだ!」


 俺の説明を聞き、ベルはじっと俺の方を見つめだした。


 しばらくし、ベルがゆっくりと口を開く。


「……色じゃ」

「色?」


「そう色じゃ。お主はその疫病神にずっと取りつかれていたせいで、その不幸のオーラの色が取りついてしまっておる。だからお主にとってその不幸とはもう日常なのじゃ。別に普通の事だから、日常的に起る事は何も不思議じゃない。そう。お主はもう、お主の元疫病神に……不幸色に染められておるのじゃ!」


「何だよ! その、もう元カノ色に染められちゃっています的な話は! 嫌だよ! 俺は童貞なんだ! 清い体のままなんだ! こんなドロドロした色なんかに染められたくねーよ!」


 俺は打ちひしがれて、地面に膝をついた。


「なあ? あんた女神様なんだろ? だったら漂白剤かなんかあんたの力でこの汚れを落としてくれよ。それかあんたの色を上塗りしてくれよ」

「気持ち悪いことを言うな。それにそんなこと我には出来ん。今の自分を受け入れろ」


「そんな簡単に受け入れられねーよ」

「ふん。それならとっとと神を見つけ、神の力で消してもらう他ないの」

「くっ、それしかないのかよ……」


 俺はゆっくりと立ち上がり、再びポンコツ車を引き出した。


 くそっ、俺はいきなりこんなハンデを負っていかなきゃいけないのか……。


 俺は絶望していた。何故ならそう、俺の、なのだから。


 そして、俺はこれから起こるであろう道中の出来事に憂鬱になりながら、地上でよく言っていた口癖をポツリと呟いた。


「ああ、ほんと俺って不幸だな」

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