第5話 サハラーの傭兵団クァトロ

 馬上長剣を片手で振り回してドフィーネ軍兵をたったの一騎でなぎ倒して大混乱に陥れる。そのうち後続の騎兵がやって来ると、庭で接近戦が始まった。集団戦をするには狭い場所、高低差以外に歩兵の不利は無い。


 穂先を揃えて歩兵が槍衾を敷こうとすると、ルシファーだけが下馬して馬上長剣を両手で持って切り込む。


「うぉぉぉるぅぁ!」


 槍を下から上にうちあげてしまい乱す、するとそこへ騎兵が進出して馬体でもってぶつかる。馬が人に体当たりをしてくると、耐えられるはずもなく派手に後列を巻き込んで吹き飛ばされる。その場で転んだ者は、馬に踏まれて絶命してしまった。


 塔を攻めている兵を別にして、軍兵が腰から剣を抜いて刃を向ける。だがルシファーは一切怖じずに単身そこへ飛び込んでいった。


「騎士が守るべき相手を前にして、一歩でも引き下がるものか!」


 盾を持っている兵士を力任せに押し倒し、馬上長剣をフルスイングで振り回し続ける。手が付けられない狂戦士かのような状態に、軍兵が威圧されてしまった。


「死にたければ全員相手になってやる、掛かってこい!」


 返り血を浴びた鬼の形相で睨み付けると一歩前へ出る。すると兵が一歩下がった。


「こないならばこちらから行く。そこを退け!」


 怖じ気付いた兵を左右に散らし、塔の入口に溜まっている兵を切り捨てる。くるりと踵を返すと塔を背に庇う。


「これより先は何人たりとも通しはせんぞ!」


 狭い通路から隊長と副官が降りてきてルシファーの左右につく。ドフィーネ軍の指揮官が「退くぞ」短く命じると、ゆっくりと門の外に撤退してから駆け足でどこかへ去って行ってしまった。


「ルシファー!」


 私の声に、彼は笑顔でこちらを向いてくれたわ。



 塔から降りてルシファーの前に立つ。返り血を浴びて真っ赤になってる、怪我もしているみたい。何故か勝手に涙が流れ落ちる、どういう感情なのか自分でもわからない。すっと片膝をついて右手を胸にあてる。


「遅参のそしり、いくらでもお受けいたします。ですが一言だけ、ご無事で安心いたしました」


「ルシファー、ありがとうございます」


「お言葉、感激の極み」


 ユーナも降りてきて周辺を一瞥すると「死者から証拠品をはぎ取っておくのよ。何が出るか解らないわ、速やかに移動を始めるわ。隊長、撤収よ」やるべき方針を定める。


「了解です、子爵」


 いまや家人と副官しか自由になる兵は居ない。それでも出来ることをしようと自らも動いて作業に従事した。


「ヴァランス騎士団はこれよりアイゼンシア様の指揮下に連なるものとする!」


「部隊の指揮はアーティファさんにお任せしていますわ」


 ルシファーは隊長の隣に来ると、胸に拳をあてる。


「ヴァランス騎士団は先任であるアーティファ隊長の指揮下に加わります!」


「着任を承認する。証拠品の押収と使用人らの馬車の移動の手伝いを。ダグラス卿はこちらに、情報交換を」


「イエス、マイロード!」


 騎兵が下馬して離脱準備を始めたわ。その間も騎馬して偵察して回ることも忘れない、負傷した傭兵も馬車に寝かせて燃える館を背にして出発した。街道に戻って馬足を速める、後ろから迫って来るのは居ないみたいね。


 街道を南へ進んで幾ばくかすると、ヴァランス警備兵が百人程で向かって来るのが見えたわ。ルシファーが進み出て何かを言うと、左右に分かれて間を通してくれる。


「お嬢様、ご帰還お祝い申し上げます!」


 小窓をあけて警備隊長に目礼すると直ぐに引っ込む。ただ里帰りするだけのはずが大変なことになったわね。


「ナキ、正規兵を装ったやつら、中にヴィエンヌの紋が入った品を持っているのが混ざっていたわ。物証としてはこれだけだと弱いけど、ゆさぶる位の道具にはなるでしょうね」


「ここまでやらないといけないのかしら。ただ婚約者の地位を奪うだけでは?」


「言ったでしょう、これは争いなの。抵抗できなくなるまで相手を叩きのめすことが出来るなら、それは決して間違いじゃないわ」


 厳しい現実を突きつけられて気分は晴れない。それとは別に、ルシファーが一番に駆け付けてくれたことが嬉しくて、ずっと心が揺れ動いていた。皆の居るところでは他人行儀だけれども、二人きりならば……という願望で一杯になる。


 馬車がヴァランスの市壁を越えると集団に歓声が上がる。街の人たちももろ手を挙げて歓迎してくれた。ここはヴァランス伯爵領、その伯都で私は伯爵の一人娘。まずはお父さまに会わないと。


「このまま城へ」


 身を清めるとか負傷者の手当てとか色々と浮かんだけれど、まずは顔を会わせるのが最優先よ。全てをお父さまにお伝えしないと。登城する手前で隊長が負傷者を医者の所へ運ばせたわ。城に上がる手前で騎士団を解散、最後の最後、ルシファー、隊長、副官がユーナと一緒に寝室の前までついて来る。


「この先はユーナと二人だけで行きます。みなさんはここでお待ちを」


 頷いて不動の姿勢になるのを見届けて、寝室への扉を潜る。久しぶりにやって来たわね「ナキが帰りましたわ」声をかけて中へ入ると、ベッドの上で首だけこちらを向いたお父さまが居る。


「ナキか、話は聞いておる。私が至らぬばかりに苦労を掛けてしまったようだな。ごほっごほっ」


「お父さま!」

 

 小走りに寄ると隣に腰かけて胸をさする。前よりもまた痩せている、ちゃんと食事をされていないのかしら。


「ああ、心配ない。デンベルクの子爵よ、娘が世話になっている。ありがとう」


「ナキは私の親友よ、礼なんて要らないわ。今までも、これからもそれは変わらないの」


「そうか、それは嬉しい限り。ナキ、お前に伝えておかねばならんことがある」


 途中呼吸を整えてから体を落ち着かせて言ったわ。何かしら伝えておくことって、手紙ではダメ?


「はい、お父さま」


「まず私はもう長くない」反論しようとすると手で制されたので黙ったわ「それでもヴァランスは続く、ナキが居る限り。だが敵視する者も居よう、例えばヴィエンヌ伯爵であったりヴォアロン伯爵であったりが」


 国内の方伯らは元はと言えば同じ一族、けれども外に出て所領を持ってからは各自が勢力を伸ばそうと別々の動きをしたりしているわ。


「悲しいですけれども、そうかも知れませんわね」


「うむ。私が死んだ後も安心出来るようにと王家に嫁がせるつもりだったのだが、宮廷の闇にしてやられたようだ。だがナキが生きている限り、アイゼンシア家は滅びはせん。落ち延びよ、ドフィーネに居ては命を狙われる」


「お父さまを置いては行けません。そのようなことをするくらいならば、私もここで果てます」


 せっかく助けられたけれども、出来るはずがないわ。それに、そんなことはしたくない!


「真っすぐによう育ってくれた、私に思い残すことはない。アンデバラ子爵に頼みがある」


「なにかしら」


 ユーナが目を細めてお父さまを見る。亡くなったお母さまは血縁だったけれど、こうやってお父さまと差し向かいで話をしたことってどのくらいあったかしらね。


「アイゼンシア家が途絶えたら、デンベルク家に領地を譲る。その頃には失っているであろうが、継承権を請求することは出来よう。何とかナキを支えてやって欲しい、この通りだ」


 咳き込みながらも上半身を起こしてユーナに頭を下げる。身体が震えてる、無理をしないで! ユーナが近寄って来ると、お父さまの肩に手をやってまた寝かせたわ。


「私は、ユーナ・フォン・デンベルクはナキ・アイゼンシアの親友よ。そんな約束なんて無くても必ずそうするわ。でも継承権の話は受けさせてもらうわね、少し内容を変えて。デンベルクが請求出来るようになるならば、無茶をしたくないってやつもいるでしょうから」


「ありがとう。子爵の都合の良いようにしてくれて構わない。ここまでナキを守って来てくれた者は?」


 目を閉じて身体を休めてからまだ話を続けるのね。


「外で待っています」


「その者らをここへ」


 ユーナと目を合わせたけれども、頷くから部屋の外に呼びに行ったわ。休め姿勢で三人が立ってる、別に楽にしていていいのに。


「お父さまがお呼びですので、三人とも中へどうぞ」


 歩調を合わせて三人が入室する。ベッドに寝ているお父さまと少し距離をおいて。


「連れてきました。ルシファーにアーティファ隊長、それとサイード副官ですわ」


「ルシファー・ド・ダグラスよ、娘を助けてくれて感謝する」


「自分は自分の役目を果たしたのみです!」


 胸を張って堂々と自分の考えを述べたわ、そういうところ変わらないわよねずっと。


「卿の全ての任を解く。以後はナキ・アイゼンシアの従騎士として守護せよ」


「君命確かに拝領致します!」


 ルシファーの目が大きく開かれて全身に力が入ってる。


「アーティファ、苦労を掛けたな。よくぞ無事に連れ帰ってくれた」


「滅相も御座いません、このような任務に就けて感謝しております」


「卿の全ての任を解く。以後はナキ・アイゼンシアの護衛隊を率い守護せよ」


「仰せの通りに」


 ルシファーは個人的に、隊長は組織的にってことかしら? あの説明だけで二人には通じている?


「サイードと言いましたな、貴殿はどちらの?」


「はっ、自分はクァトロナンバー15のサイードであります! イーリヤ将軍の求める未来の為、今は自らの意志で傭兵として雇われております!」


「サハラーの傭兵団を雇ったのかね?」


 それはユーナへ向けられた言葉。ルシファーも隊長も黙って聞いているわ。


「王都で応募した傭兵の中に偶然混ざっていたのよ。あのクァトロを名指しで雇えるほど、私は徳が高いとは言えないわね」


 肩をすくめて自嘲する。


「なるほど。サイード殿、ナキは恐らくそう遠くない未来に故郷を失う。クァトロは、イーリヤ将軍はナキの亡命を擁護してくれるだろうか?」


 かつて南方大陸で現地の民を幾万人と救った砂漠の英雄。奇跡の私兵集団が今はコルス島のサハラー王国に滞在しているのは聞き及んでいた。ユーナに少しだけ話を聞いた、あのクァトロよね。


「そう望み、ボスを頼られるならば、きっと拒否することはないでしょう」


「ナキには最下位に近いがドフィーネの王位継承権もある、ヴァランスはデンベルク家に約束したが、生きている限りドフィーネ王位が望める。それを代価に亡命を助けては貰えないだろうか?」


 王族が何人も居て、伯爵家もあって、それでも誰も居なければ私に継承順番が回って来るわ。でもそんな状況は無いはずよ、王族がまとめて病死や戦死でもしない限り無理よ。


「先ほども申しました通り、頼られるならば代価など不要で、きっとボスは受け入れます」


「随分とはっきりと言うのね、イーリヤ将軍の判断も無しで受け答えしてダメでしたではすまされないわよ」


「ユーナ!」


「いいから」


 キッとサイード副官を睨んで迫る、ここまで協力してくれた人にどうしてそこまできつくあたるのよ。


「我等ナンバーズは、ボスの意思に沿い、自らの正義を躊躇することなく判断しております。それは必ず認められる、そう信じておりますので」


「……アフリカの巨人、現地では神と崇める者も多いとか。領土を失えば何も得られないばかりでなく、面倒ごとばかりがあって大損の可能性が大よ」


「かつてボスが仰りました。得るものが少なく、失う時は全てでも、それでも己の正義を貫くと」


 サイードさんがじっとユーナの目を見詰める、そこには嘘偽りなど無いように思えるわ。少なくとも私はそう感じた。だから「サイードさん、私の亡命をどうかお願いします」意思をはっきりとさせた。


「承知致しました! そうとなれば可及的速やかにコルス島へ移動願います」


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