第4話 ヴァランスの騎士、その名はルシファー
ユーナは身代金で私は譲渡、そういうことね。命だけ助けられてもその先を考えたらどうにもならないわ。争いの最中に行っても邪魔なだけ、落ち付いてから見に行きましょう。
「あの人数で強行するの結構無謀な気がするけど?」
「そうね、何か事情があったのよきっと。どう好意的に見積もっても、真っ当な行為とは言い難いわ」
暫くは騒がしかったけれども、沈静化してきたので二人で外に出たわ。まだ戦いをしているけれども、隊長は見ているだけで充分といった感じね。
「どうかしら」
「子爵、敵は落とせないと諦めて引き下がって行くところです。賢明な判断でしょう」
それはそうだけど、本当に賢いなら元から攻めては来ないわ。こちらの被害も少しあるみたいだけど。
「友軍が来るまでは気を抜かずに警備をしなさい」
「そういたします」
簡単なやり取りをして、館に戻ろうとすると学生傭兵が「奥の林に何か居ます!」大声を上げたわ。何が居るかはわからないけど、存在を見たことで声をあげるだけで役目は全うしているわね。皆でじっと身を固くして判明するのを待つ。
軍兵のようないで立ち、数はさっきよりも多くて四十人位? 装備はまちまち、でも一つの特徴があるわ。旗を掲げているの。
「あれはドフィーネ王国軍、巡回警備?」
見間違いようもない軍旗には、きっちりと国章が記されている。これを悪用するものは懲罰の対象になるわ。
「あの軍を気にして無理に仕掛けてきてたのかしら」
「かも知れないわね。これで一息付けそうだわ」
肩から力を抜く、隊長もこれで助かると小さく頷いているわ。けれども副官が目を細めてる、どうしたのかしら。
「ドフィーネ王国軍は先ほどのヤカラと同一の装備をしています。服装は変えられて、軍旗を用意することは出来ても、靴までは揃えられなかった様子」
「何? ……偽装か!」
隊長が足元を具に確認して、サイードさんの指摘を認めたわ。ということはあれは敵ね、かなり厳しいわよ!
「さっきのより武装強化の上、数も二倍。隊長、かなり厳しいわよ。出来るかしら?」
「やります! 総員傾聴せよ。敵の本隊が出て来た、あれは国軍を僭称する賊だ。各位、己の持てる最大限の力を発揮せよ!」
激励を行うとそれぞれが武器を手にして外の軍兵を睨む。逃げようとはしないのね、ありがたいことだわ。無言で兵が迫って来る、装甲をつけているのでまさに戦争するつもりでのいで立ち。
集団でじわりじわりと押し寄せてきて、門で交戦を始めたわ。こちらが気づいたのを知って、変な真似をせずに正面からよ。さっきとは違って、傭兵を殺しに来ている圧力があるわ。方針転換かしらね、一人、二人と刺し傷が増えて後ずさる。これ、良くないやつだわ。
一方的なわけじゃないけれども、どうしても数で不利を受けているから気後れしてるのね。ようやく空が少しだけ明るくなってきたけれど、これじゃ持たない。
「も、もう無理だ、俺は抜けるぞ!」
武器を投げ捨てて、怖じ気付いた学生が壁から湖に飛び込む。怪我をした傭兵も戦意を失ったわ。お金の為に死ぬかって言われたら、あの額じゃその気にはならないわよね。今更増額しても意味無さそうだけど。ユーナも眉を寄せて難しい顔をしているわ。
次々と逃げ出していく傭兵、門に残ったのはたったの五人よ。家人と隊長は解るけどね。
「お前達は逃げないのか」
槍を振るって敵を押し返しながら隊長が二人の部外者に言ったわ、副官と職業傭兵よ。
「生きのこりゃボーナス確定の旨い鉄火場で逃げるなら、最初から傭兵してねぇよ!」
剣を敵に叩きつけて、大声を出しながら門を防衛しているわ。これが本物の傭兵なのね。
「ここで逃げてボスに恥をかかせる位ならば、死んで志を残すのみ。俺はクァトロのサイードだ、いくらでも掛かってこい!」
あの副官、物凄く防御が上手ね! 一人で三人を相手にしているのに余裕すら感じさせるわ。ああ、感心ばかりしてられない、私も何か手伝わないと!
「ナキ前には出ないで。この館、燃やしても良いわよね」
「好きにしていいわよ」
「そう。じゃあそうするわ」
廃材を手にして家の壁に立てかける、何本かそうやっているうちに火の手が上がってメラメラと館が燃え上がる。背中が熱くなってあたりが凄く明るいわ!
◇
門を死守してはいたけれど、数に任せて両脇から挟み込んで来る形になってしまう。まともに戦っても勝ち目がない、隊長が「総員第二線まで後退!」号令をかける。中庭と燃える館の後ろ、壁にそって建てられている見張り櫓のような塔に押し込められてしまった。
生活することが出来ない、本当の意味での防御施設。城の天守閣のようなもの。もはや逃げることも出来ずに、そこで縮こまるのみ。狭い通路に副官と傭兵が立って行く手を阻む。
「ナキ様は二階へ避難を、ここは我等が防衛します」
「隊長にお任せします」
一人だけ家人が付き添って、使用人らと共に塔の上への螺旋階段を上る。この螺旋階段、狭くてもしっかりと右回りで上がって行く仕組みになっていた。これは防御に有利で、右手が利き手が多いと、壁を盾の替わりに使え、武器を振るい易いのが守る側になる寸法。
鉄格子が嵌められている窓から外を見る、ドフィーネ王国軍の装いの部隊が塔を囲んで攻め込んできていた。
どうなるのかしら、これで守り切れる?
「ユーナ?」
問いかけるのに言葉は要らない状態、でも表情は厳しいわ。
「狭い通路とは言っても、こちらは手練れが三人だけ。ひとりでも脱落したらもう守り切れないでしょうね」
ここで気休めを言っても仕方ないので極めて現実的な線を言葉にする。もしものときは虜囚の辱めを受けてお父さまに迷惑をかけるよりも、自決した方が良いかもしれないわ。私も責任ある貴族の娘、行動で意思を示すべきよ。
「ユーナは生き残って。私のせいで無理矢理に付き合わされていたって言えば、きっと助けてくれるわ。多少の融通は強要されるでしょうけど」
「馬鹿なことを言わないでよ。どうしてナキを見捨てるような真似を? 良いかしら、私達は絶対に負けないわ。絶対によ」
真剣な目つきでじっとこっちを見詰めて来る。立場が逆だとしたら、きっと私もそう言っていたわね。
「……ヴァランスの迎え、間に合うかしら?」
「船便の到着で多くを悟って、緊急出撃出来るような者が責任者ならば、きっと間に合うわ」
当直士官は誰かしら、もう暫く帰っていないので名前すら不明よ。え、下で喧騒が聞こえるわ。階段を上がって来た家人が、傭兵を引きずって登って来た。
「下手打っちまった、ここで深手を負うたぁ情けねぇ」
「ご苦労様です。あなたは、充分すぎる程の働きをしてくれました。ナキ・アイゼンシアが深く感謝を申し上げます」
目の前で礼をして報いようとする。職業傭兵の青年は目を閉じて「俺の放浪もここで終わりだな」肩の力を抜いて呟いたわ。
「応急手当しか出来ませんが、必ず治療しますので今は耐えて下さい」
「怪我で泣きわめく軟弱ものじゃねぇさ。姫さんよ、全部終わって生きてたら俺の我がままをひとつだけ聞いてくれ」
「わかりました。私に出来ることならば、何でもご協力致します」
傭兵は深く息をして体力の保持をするために意識を抑え始めた。ここに二人が居るということは、下は隊長と副官だけね。もう休憩を取ることすら出来ない危険水位。螺旋階段を一段一段後退しながら、守りの線を引き下げていく。
二人の背中が見えてくると、もうダメかもと思った。外で大きな争う音、金属が打ちあわされる固い響きが聞こえてくる。咄嗟に外を見ると、緑の外套を翻して騎馬兵がドフィーネ王国軍に攻め込んでいたわ。目を凝らしてみる、そこには昨年別れたのを最後に手紙すらやり取り出来ていない、幼なじみの顔があった。
「ルシファー!」
あらん限りの声で叫んだわ。すると叫びに気づいて顔を上げる。
「ヴァランスの騎士ルシファー・ド・ダグラス推参! 俺はこの瞬間の為に生きていた、雑兵共が舐めるなよ!」
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