第3話 襲撃者現る!

「私がアンデバラ子爵のユーナ・フォン・デンベルクよ。ヴァランス伯爵領までの護衛を引き受ける者には前金で純金貨二枚、到着時に五枚支払うわ。契約を結ぶものはここに残りなさい」


 たったの一日で高額の報酬、通常の隊商護衛ならきっと純金貨一枚だけで充分よ。それだけに危険があるのではって感じで間があいたけど。一人だけ黒い服を着ている職業軍人っぽい人が直ぐに一歩前にでただけで、残りはぽろぽろと応じたわ。


「全員ね、いいわこれを受け取りなさい」


 懐から革袋を取り出すと、目の前に軽く放る。地面に落ちた袋を学生傭兵が拾って顔をほころばせて皆に二枚ずつ配った。


「ナキ、傭兵を好きに使って」


 え、私に? そうよね、領内で運用するなら属人の方が好いわよね。


「わかったわ。アーティファさんを隊長に指名します、傭兵をまとめて下さい」


「イエス、マイレイディ!」


 手を胸にあてて敬礼すると、傭兵に向き直る。話を聞いていたので全員が注目した。


「聞け、俺が諸君らの隊長アーティファだ。至上命令はお嬢様らの護衛、それがなされるならば全滅しても構わん。文句がある奴はここから立ち去れ、そうでなければ命令を遂行せよ!」


「イエス、マイロード!」


 返事を逡巡する傭兵たちの中で一人だけ、あの黒い服の男が即座に返答する。二十代前半位で少しだけ肌が褐色に見える、日焼けかも知れない程度。


「貴官の名を」


「サイードであります!」


 このあたりの訛りじゃないわ、あれは海の先の国のものね。王宮でも一人だけそういう発声をする人が居たわ、確か……ギプトって。それならあの肌も生まれつきよ。


「サイードを副官に任命し、隊の半数を預ける。後方警戒を任せた」


「拝命致します!」


 馬車に戻るとユーナがこっちを見て「アタリが混ざっていたみたいね」微笑んだわ。何を言っているかはピンと来てるわ、あの黒服副官のことよね。陽も落ちてしまってから、馬車三台、護衛十数人の一団が南下を始めたわ。



 王都から街道を下って行くと、直ぐに森林地帯があって街の灯りなど見えなくなってしまう。夜は人の時間ではなく魔の時間。動物たちも引っ込んでしまい住処で小さくなっている。ランタンを持って先頭を歩くのは耳が良いと申告してきたらしい中年の人。


 一番危険な先頭を志願するくらいだからきっと事実なんでしょう。


「ユーナ、何かあるかなって考えてる?」


 だってこんな数の傭兵を集めておいたって、あまりに用意が良すぎかなって。声をかけて直ぐに見つかるものじゃないわよ。


「まあね。あの場で会って確信したわ、あのメギツネは絶対に仕掛けてくるわよ」


 メギツネってローシよね。いいえて妙だわ、少し笑っちゃった。


「何か嫌がらせを?」


「そんな生易しいものじゃないわよ、宮廷闘争では二つあるの」


「二つ?」


 宮廷での駆け引きや争いは多々あるけれど、今回は私が狙われているって意味よね。もう婚約者の座を奪ったんだから良いじゃない。


「一つは実入りのある権利を奪うことよ」


「……王子の婚約者をって意味よね。そんな動きをされていたことすら気づかないなんて、私ってば何なのかしら」


 それだけ王子との間が上手く行ってなかった証拠よ。褥を共にしていたらこうはならなかったのよね。


「あんなクズを相手にしなくて正解よ。ナキにはもっと相応しい人が必ず現れるわ」


 王子をクズって、まあいいけど。


「それでもう一つって?」


「限定的な争いじゃなくて、相手が反撃出来なくなって全てを失うまで追い込む手法よ。一族を殲滅するまでやり込めて奪い尽くせば、争いは無くなるの」


 あまりに不快な内容に眉を寄せてしまう。いくらなんでもそこまではしないと思いたいけど、お父さまが臥せってしまって私が取り仕切ることになったら圧力に抗することが出来るのかしら?


「そんなやり方が許されるはずがないわ」


「でも咎められもしないでしょうね。証拠があろうと無かろうと、訴える者が居なければ」


 つまり私もお父さまも居なくなってしまえばってことかしら。強引も度を越せば罪を問われない線があるのね。


 ピー!


 後ろの方で警笛が鳴ったわ、何かしら? 急に馬車が速度を増して走り出した。え、え? 小窓を開けて外を見るけど暗くて何もわからない。でも騎馬したアーティファさんが寄って来る。


「ナキ様、正体不明の一団が迫って来るので速度を上げます。不埒ものの可能性があります」


「あなたにお任せします」


「畏まりました!」


 小窓を閉めてユーナと目を合わせた。これがその結果なんだなって。


「世の中はこういう現実で溢れているのよ」


「まったく冗談じゃないわ。もうすぐでヴァランスよ、でもきっと追いつかれるわね」


 このあたりでこちらに都合が良い場所、思い出すのよ! 日々の政務報告書で何かあったはず、確か……そうだ! 小窓どころか扉を開けて「アーティファさん!」声をあげたわ。直ぐに傍にやって来て「いかがされましたか?」返事をしてくれる。


「アノネー南部の街道沿いに、取り壊し要求が出ている城館があるはずです。そこに拠って防衛を行ってください」


「なんと城館が!? 承知致しました、直ぐに捜索させます」


 馬車にあわせて小走りになっていたけれども、若い学生傭兵ら三人を走らせて城館を探しに行かせる。ただ籠もっているだけじゃダメよね。


「ヴァランスにも一報を入れないと……」


「それなら隊長を戻さないって決めた時に代わりを走らせたわ。船で、だけど」


「そうなの! ありがとうユーナ!」


 つい抱き着きそうになって控えると、にやっとしたユーナが手を伸ばしてきて引っ張られてしまう。


「もっと喜んでくれても良いのよ、ふふ」


 ああ、何だか良い匂いがするわ。凄く安らぐ。そんなことをしている場合じゃないわね。小一時間もすると学生傭兵が戻って来て城館を見つけたって叫んでる。行き先を定めて速度を上げると、件の建物が見えて来たわ。湖の中に建っている二階建ての家、といった感じのあまりにも拍子抜けするような造り。


 それでも城の要素はあるわね。出入り出来るのは一カ所で、門を越えるのは難しいわ。これなら少数で籠もることが出来るわよ!


 馬車を全て収容して、館内に落ち付こうとすると門のところに瓦礫を寄せて開門出来ないように作業を始めてる。その指示をしているのがサイード副官、隊長は何か使えるものが無いか探し回っているわ。



 門の外に正体不明の兵士が二十人程やって来て城館を窺っているわ。所属を示すものを何も持っていない、賊徒の類とも思えるけれど、こうやって追いかけてきて抵抗する意思を感じても諦めないのはおかしいわよね。


「ナキ様、どこの誰かは知りませんが、どうやら我等が目当ての様子。廃材があったので庭で燃やし、灯りを獲たいと思いますのでご許可を」


「隊長の良いように、全て任せます。私の命はあなたに預けます」


「イエス、マイレイディ! 必ずやお守り致します!」


 決意を現して力強い歩みで外に出て行ったわ。言葉の通りアーティファさんに全てを任せるしかないのよね。


「いいじゃないナキ、良い部下の使い方よ。船が辿り着いて迎えが来るまでにはまだ時間があるわね」


「私は無力だから。もしユーナがそうやって伝令を出してなかったら、今頃絶望しているところよ」


 援軍がない籠城は破滅への序章でしかないわ。防御有利な城館だもの、二十人相手位なら守り切れるはずよ、そのための造りですからね。朝になるころにはヴァランスから迎えが来るって信じて耐えましょう。


「仮によ、そうだとしても私がどうとでもするわ。フォン・デンベルクであることを利用してね。それはそうと、少ししたら門を見に行きましょう」


 うーん、ユーナには負けるわね物凄い自信よ。ドフィーネ王国が小国なのに存在している理由の一つでもあるのよね。目を細めてこっちを見てるけど何かしら?


 寄って来て後ろに回ると、何故かブラウスのボタンを外す。


「ちょ、急にどうしたのよ!」


「いいから」


 首元ともう一つを外して、スカートのウエストを引っ張り上げられる。え、な、なにされてるの?


「使える武器はしっかりと利用しないと。傭兵の士気が下がれば不慮の事態になるわ、しっかりと働かせるのよ」


「え、もしかしてそれでこんな格好に」


 ちょっと短絡的すぎない? というか効果あるのかしらこれ。それならユーナの方がほら、胸もあるし。


「襲撃に怯える美少女、これで奮え上がらない男は居ないわよ。指揮は私がするから、ナキはちゃんと怖がるのよ」


 笑いながらそんなことを言われても、でも戦いの指揮なんて出来ないし、むう。二人で庭に出ると、煌々と廃材が燃えていたわ。そこで湯を沸かして調理をしているメイドもいるからまだ余裕があるわね。


「灯りが見えて敵味方が寄って来るわね。朝になれば煙で」


「体が冷えないようにもなるから、これは結構大切ね」


 こちらに気づいて挨拶をしようとする者に、いいからと手を振ってやる。


「この位置なら後ろからの灯りで相手は一瞬でも目が眩むこともあるわ。こっちは相手を真っすぐ見れるから有利ね」


 そういう利点もあったのね、やっぱりわからない事には口出ししないものね。囲いがある壁の上を人が見廻っているわ、湖の側から登って来る人が居るかも知れないものね。でも垂直な石垣を無理矢理はかなり難しいわ。


 門の内側には簡単な足場が作られていて、その上に乗っかって上半身が門の上に出るようにされてる。短い時間で胸壁みたいな形に出来たのね。


「隊長、副官、こちらへ」


「子爵、御用でしょうか」


 目の前で二人が並んで立つ。注目を浴びているけれど、私への視線も多いわ。特に胸元と膝のあたりに感じる。効果あるのねこんな身体でも。なんて感想をもったのが恥ずかしい限りだわ。


「防御構造物設置ご苦労様。夜明けにはヴァランスから迎えが来るはずよ、時間の経過はこちらに有利、反撃よりも防衛を主軸に据えて頂戴」


「訓示ありがたく! 城館に有るものを駆使して防御をします」


 方針を定めて実行は隊長に、ね。これが指揮の仕方、覚えておきましょう。ユーナが副官に歩み寄って小声で「傭兵の中に信用出来ないものがいるかしら?」尋ねる。少しでも長いこと一緒にいたサイードさんに聞く方がこれは正しいわね。


「不明です。信用出来る者をというならば、職業傭兵をしている者一人はきっちりと働くでしょう」


「結構よ。うちではコルスにも諜報員を入れているの、あなたには期待しているわ」


 コルスってコルス島かしら、どういう意味でしょう? 風が吹いてきてちょっと肌寒い、風邪ひいちゃうわね。邪魔になるから私達は中に入りましょう。目で促すとユーナが解ってくれて、館に引き返すことになったわ。



 うつらうつらしている時に、急に騒がしい声が聞こえて来たわ。まだ外は暗い、何があったの!?


「外の連中が攻めてきてるわ。門のところで防衛出来ているから心配しないで」


「無理と解ってても攻めてきているんですね。出来るだけ負傷者が少なくなると良いけれど」


 争えば怪我もするし、致命傷を受ければ死んでしまうことだってあるわ。相手の意気地を折ればそれで戦いは終わりになるの、だから死んでしまうのは事故のようなものだって。


「弓矢無しの接近戦みたいよ。間違ってでも私達に死なれたら困るようね」


「というと?」


「身代金を要求したり、何かに署名させたりが目的ってことよ。領地の譲渡とかが最高でしょうね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る