第2話 傭兵部隊と護衛隊
背中を押してくれるかのような一言。そうよね、ここに居てももう王子のお役に立てそうもないし。何よりもお邪魔でしょうから。それにお父さまにもしものことがあれば、最期に言葉を交わしたい!
「ユーナお願いします。ワキールは急ぎの謁見手続きを、カーデムは出立の準備、それと確かアーティファさんでしたね、悪いけれども一緒に戻る際の護衛を頼めるかしら」
執事や使用人を名指しで仕度を命じたわ。それと帰還の差が数時間だけなら一緒の方が良いかなって、目の前の人にまで。
「私の名をご存知で?」
騎兵服の士官が驚いているわね、初めましてではないわよ。
「ええ、私の十度目の生誕パーティーを催したとき、お父さまの側にいらしたはずです。歴年の士官を忘れるほど視野が狭くはなっていないわ」
「イエス、マイレイディ!」
礼装に着替えて謁見の間に急いだわ。王国貴族の特権の一つ、それは王に会うことが出来ることよ。爵位を持っていれば会話をすることが出来る、これは極めて大きな権利。お父さまには他に子が居ないわ、もし男子が居れば弟でも伯爵の継承権が移るのだけれど、居ないまま逝去されたら私が引き継ぐことになるわ。
だから伯爵令嬢が私の正式な身分、暫定的に伯爵家の相続人としても扱われているの。でもヴァランス伯爵に従属するモンテリマール子爵を名乗ることは許されていないわ。
謁見の間の前で一時間くらい待たされて、ようやく目通りが許された。すると意外な人物が先客で居たのよ。王子とヴィエンヌ伯爵令嬢ローシの取り合わせよ。しかもあの企んでそうな目、嫌な予感しかしないわね!
まずは二人で赤い絨毯を進んでいって片膝をついて名乗ったわ。宮廷作法の一つよ、部屋の外で会っていたとしてもここでは正式なやり取りをする。権威の象徴というのは、当人らが馬鹿らしいと思っても守るべきことなの。
「ヴァランス伯爵が子、ナキ・アイゼンシアです。お目通りかない恐悦至極に御座います」
「ソーコル王国デンベルク侯爵の法定推定相続人リグエル伯爵の子、リグエル伯爵の法定推定相続人アンデバラ子爵ユーナ・フォン・デンベルクです。ご機嫌麗しゅう」
そうなのよ、ユーナは正式な継承者でデンベルク侯爵を約束されている身。その上で外国の貴族、粗野な扱いをするわけにはいかない。それについては王子も理解しているようで、よそよそしいのは別としてユーナには敬意をはらうようにしていたわ。
「苦しゅうない、顔を見せよ」
視線を合わせると立てと仕草で示されたので立ち上がるわ。王子とローシの他にも脇には廷臣が控えてるけれど、彼らは皆発言権が無い従者よ。公式にはこの場に存在するのは陛下を含めて五人だけ。
「久しいな、アイゼンシアの息女よ。急な声だがどうしたのだ」
「お聞き届けありがとう御座います。報告とお願いがあり推参致しました」
「うむ」
表情はさほど動かないわ、感情を見せるのは良くない、王宮でのやりとりとは冷静に行われるのがしきたり。祝い事の時くらいは多少嬉しそうな顔をしても何もいわれないけれどもね。
「ヴァランス伯爵が重病で臥せってしまいましたことをここにご報告申し上げます」
「そうか。気をしっかり保つようにしてもらいたい」
「暖かいお言葉、感激の極み。お願いで御座います、父の看病の為、帰郷をお許しいただきたく」
飾りばかりの言葉、虚しくも思えるけれど大昔から続いている文化でもあるわ。ユーナはピクリともせずにやり取りを耳にしているわね。王子たちも思っていた話題と違ったんでしょうね。
「ふむ。それは心配であろう、帰郷を許す。シャルルはどうか」
「むろん父王と同意見に御座います。ですが一つ報告が遅れたことが御座いますのでここで。私とアイゼンシア家の婚約が破棄されたことをお知らせいたします」
ここでそれを投入してくるわけ? でもいずれ解るし、ここでなら変なことも言えないはずよ。
「そうか。アイゼンシアよ、どうか」
「王子殿下にそのように仰せつかりましたのは事実で御座います。私が至らぬせいで聞き苦しいことを、申し訳ございません」
良いのよ、どうせここを離れたらあることないこと言われるなんて解り切ってること。なら潔くそう言っておけばいいの。
「アイゼンシア殿が急な帰郷、こんな時に伯爵が重病になるとは都合が良い話ではありませんか?」
ローシ、あなたよりによって私が嘘を言っているとでも? 無視よ無視、こういうのは。黙っているとユーナが一歩進み出るわ。陛下が目線をやって発言を促す。
「こちらでもヴァランス伯の体調不良は聞き及んでいるわ。ヴィエンヌ伯令嬢の言、何かしらの根拠があっての事かしら? それとも、自身の憶測でのことなら虚偽と大差はないわよ」
表情には出さずとも怒気を孕んでいるのは明白、険悪な空気が流れる。そこに王子が割って入ったわ。
「アンデバラ子爵よ、そう責めてくれるな。ローシは伯爵の容態が軽ければ良いなと思って言っているだけだ」
それはどうだか。もしそうだとしても言葉を選ばなすぎでしょ。でもこれで分かったわ、王子は私からローシに乗り替えたってことね。確かに色気とかそういうのはかなわないけど、ちゃんとそうやって説明してくれれば……ってのも無理よね。
「そう。ヴィエンヌ伯令嬢、今後はもっと慎重に発言なさい、要らぬ誤解は敵を増やすわよ」
冷酷で刺すかのような視線でじっとローシを睨む。何か言い返そうとしたみたいだけれども、ぐっとこらえて引き下がったわ。貫禄が凄いわねユーナは、同じ年とは思えないわ。
「そのあたりにしておくのだ。婚約解消の件、確かに聞き届けた。ヴァランス伯爵の回復を祈っておる」
「ありがとうございます陛下」
行ってヨシ、軽く手を払ったので赤い絨毯を歩んで退室する。やることはやったわ、これでようやく王都を離れることが出来るわ。行かずで後家になってしまった事実だけお持ち帰りね、ああ恥ずかしい。最悪の中でも一つだけ救いがあるとしたら、好みじゃなかったお陰で王子の手つかずのまま戻れることね。
「さあヴァランスへ行きましょう」
「え、一緒に行ってくれるの?」
「当たり前じゃない。どうしてここでお別れになるのよ」
だってそれは一人で王都暮らしが心細いからって理由で、一緒に居てくれたからであって、帰郷するなら……ほら、ね。
「……うん」
「解ればいいのよ。道中変な事故でもあったら困るから、傭兵も用意しておいたわ」
「傭兵?」
あちこちに職業傭兵が居たりするわ、でも大多数は一時的にそういう仕事を求めるような人たち。生活費の足しに傭兵しようって感じね。まずは領地に帰りましょう!
◇
二人で部屋に戻ると皆が出立の準備を整え終わり待っていた。アーティファがこの中では最高位で、代表して「ナキ様、準備整って御座います」報告をしてくる。働いている場所は違っても、同じ主に仕える身軋轢も懸念も無い。
「陛下より帰郷の許可を戴きました。半ば暗くなってはいますがお父さまが心配です、直ぐに出立します」
毅然とした態度に皆が頷くと、王都の外門へ向かう。そういえばユーナが言っていた傭兵って。
「ねぇユーナ、さっき言ってた傭兵って?」
「外で待ってるように言ってあるわ。武装させているから城内じゃ良くないわよね」
片道半日か一日もあれば到着するけれど、備えるに越したことはないわよね。やり過ぎると指摘されそうだけど。騎馬で駆ければ早いけど、歩きになればもう少しかかるのかな? 馬車でしか動いたことが無いからちょっと微妙ね。
使用人を分譲させて、私はユーナと一緒に真ん中の馬車に乗って街を出たわ。すると城門を越えて少しのところに、十人程の集団が居たの。
「停まれ! ナキ様、私が確認して参ります」
「アーティファさん、お願いします」
小窓から見ると、装備はバラバラで年齢も上下幅がある雑多な集まり。学生傭兵とか、老人手前の農民、職業傭兵も居るわね。騎乗したままアーティファがそれらの前に出る。
「私はヴァランス伯爵の配下でアーティファだ。そなたらは?」
それぞれが顔を見合わせて、中の一人が「アンデバラ子爵に雇われることになる傭兵だ。ここで待ってろって聞いて」思っていた名前と違ってポカンとされてしまう。馬車を前に進めるように言いつけて、傭兵たちの側で停めると二人で降りたわ。
おおっ、っていうどよめきが聞こえてきて、アーティファも下馬する。こっちのことなんてそりゃ知ってるはずないわよね。ユーナがすっと前に出て、傭兵たちを一瞥したわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます