第23話 Pay off your sins



『離れろ、怪物め!』


『G R R!』


 青年のそれににた、冷たい電子の叫び。もう一振りの、高周波ブレードの高音。


 駆け抜ける勢いのままに角を振りかざした鹿の一撃を、魔獣は頭部を180度回転させ牙を上向きに突き出すという非生物的な動きで迎撃する。ぶつかり合う高周波ブレードが、紫電を散らして鎬を削った。


 ホーンズ。何故。


 動けないまま眼前の攻防を見るしかないアドラーの肩を、誰かが乱暴に掴んだ。


「まだ生きてるか?!」


「カイ……ト?」


「よし、生きてるな! 骨も……よし! エクター! 準備しろ!」


「え……おわああ?!」


 突然現れ、いるはずの無い人の名を叫ぶカイトにアドラーが困惑したのも束の間。彼は動けないアドラーを強引に抱え上げると、森の奥へと一目散に下がる。背後では、闇に煌めく無数の火花。ホーンズが果敢に魔獣に挑む証。


 だが、見るからに押されている。もとより、軽量かつ小回りを重視したホーンズは森の中での機動性こそ高いものの、非力でパワーにかける。あの、樹木などなぎ倒し疾走する狂風と正面からやりあって勝てるはずがない。


 いったい何のつもりなのか。そもそも彼は、エクターを森の外に連れ出したのではないのか?


 何故そのエクターが、カイトの引っ張る先、森の中で妙な箱と一緒に待機しているのか。


「おい、一体何がどうして……」


「アドラーさん、こっちこっち!」


「説明している時間はない! とにかくこれに入れ!」


「はぁ?」


 カイトがアドラーを引っ張り込み、エクターが森の中で用意していた箱の中に彼の体を放り込む。訳が分からぬ展開にあわてて箱の縁に手をかけたが、その手をエクターがぺしっ、とはらってしまい、そのまますとんと箱の中に納まってしまうアドラー。たちまちぴしゃん、と箱の蓋が閉じて、何やらガチャガチャと音がする。


『ロック』


「え、おい、まてお前ら一体なにを……うわあああああああ!?」


 アドラーの悲鳴と共に、ガタガタと箱が揺れる。中からは彼の悲鳴と共に、キュインキュインと機械の動く音が聞こえてくる。


「これでいいのか? なんかえらい事になってるが……」


「大丈夫です! 機械が自動的に調整、装着してくれますから……ちょっとアドラーさん、暴れすぎですよ! 大人しくしてください!」


「いてっ!」


 エクターが呼びかけた上に、ドンと箱を蹴る。苦痛の悲鳴を最後に、箱の振動は大人しくなった。


『イジェクト』


 プシュウ、と圧縮蒸気の音を立てながら、箱の蓋が自動的に展開される。内部から大量の水蒸気が噴き出し、周囲一帯を白に染める。


 その中で、ゆらり、と立ち上がる黒い影。箱内部からの照明に照らされながら、白い闇に浮かび上がる人型。


 シルエットは人間のそれと大差はない。しかしその全身は白い化学繊維とブロック状の装甲で覆われている。なかでも肘から手首まで、膝から足首まで、そして胴体は面積の大きいプロテクターで厳重に保護されている。頭部も皮膚を一切見せないフルフェイスのヘルメットで保護されており、前面を半透過型のバイザーが無機質な輝きを放っている。


「成功です!」


 エクターの無邪気な声。それに対し人影は自分の両手を見下ろし、腕を見下ろし、全身を見下ろし……愕然と叫んだ。


『き……機械になってるぅうううう!!』


「?」


「まあ、そうなるよな」


『なんだなんだこれエクターカイトォ!? なんで俺機械に改造されてんだよぉ!?』


「違いますよエクターさん、パワードスーツを装着してるんですよ」


『え? スーツ? ……外の肌感触とかダイレクトに伝わるんだけど?! 素肌感覚なんだけど!?』


「そりゃあそういうものですから。ちょっと古い型とはいえ、人類の英知の結晶、旧時代の遺物ですよ?」


『え、まじ? って、ちょっと待って。だからなんでパワードスーツを……』


「え? だってアドラーさん、欲しがってたじゃないですか」


『……ああ! 夕方の! え、いや確かにそうはいったけど……』


 なおも不思議そうに手を見下ろしながら首を傾げるアドラー。確かにそんな事を離した覚えがある。覚えがあるが、だからといって用意してもらえるとは微塵も思っていなかった。旧時代の遺物という事は再生産も難しい貴重品のはずだ。どうしてそんなものを、エクターがアドラーに用意したのだろうか。


「理由なんて後でいいでしょう! それより今は、フォーレックスさんです!」


『そうだ! 悪い、このスーツ使わせてもらうぞ!』


 はっとして駆けだすアドラー。その足が、一歩目を地面に振り下ろし……直後、爆発したような土煙を上げて、その体が夜空に舞った。


『のわあああ!?』


「アドラーさーん。スーツの力であなたの身体能力は大幅にブーストされてますからー! 気を付けて動いてくださいねー!」


『先に言えー!』


 空中で体勢を立て直しながら、脚から地面に着地する。今度は加減して、跳ねるように駆けるアドラー。なんだかフワフワして非常に走りづらいが、また空中にかっとぶよりはマシである。


『フォーレックス……どこだ!?』


 スーツの補正で、この暗闇でも昼のように明るい。だが吹き飛ばされた際に方向感覚を喪失したので、相棒の位置が分からない。首を巡らせて彼女の姿を探すアドラーの視界に、突如光の文字が浮かび上がった。思わず首を引くがその文字は動きに合わせるようにしてアドラーの視界から離れない。ややあって、それがバイザーに表示されているアナウンスだとアドラーは理解した。


『え…ええと……あくせす……こーる?』


【Registration has been completed. System update. Welcome, rider. Start navigating】


 夜の闇に、光の道が走る。専門用語を知らないアドラーにはそれが3Dで描かれたナビゲートホログラムだという事は分からないが、それでもなんとなくそれが何なのかはわかる。光の道を追い、時折体勢を崩しながらも加減しながら森を走る。


 彼女の姿はすぐに見えた。電磁投射砲で荒れ果てた森の一画。なおも残る太い幹の根本に、手足を投げ出して横転している。


『フォーレックス!』


 走り寄るが、返事はない。鋼の獣は無防備に手足を投げ出したまま、沈黙している。


 まさか。やられてしまったのか。


 その可能性に思い当り背筋が凍るアドラーの視界に、光の円が映る。それはフォーレックスの体の上で明滅を繰り返し、中央には手のマークが刻まれている。


『触れろって事か……?』


 他にに出来る事もない。アドラーは恐る恐る、光の円に手を重ねる。すると。


【Supply nanomachines for repair and power】


『わわ……』


 手のひらからフォーレックスに放たれる、いくつもの光の筋。それはしみこむように彼女の体に行き渡っていき、その全身にめぐっていく。その輝きが瞼に差し掛かった所で、暗く閉じていたその瞼が、再び光を放った。びくん、と痙攣するような動きの後に、のっそりと巨体が上半身を起こし、きょろきょろと周囲を探るように頭を巡らせた。


『リブート……完了。はて。割とまずいダメージを食らった覚えがあるのですが』


『フォーレックス! よかった、目を覚ましたんだな』


『……アドラー? そうか、ヒーリングタッチで枯渇していたナノ資源を……いやそのスーツどうしたのです? どこにそんなものが?』


『なんかエクターから……いやいや、今は呑気に話している場合じゃないって』


『おっとそうでした。乗ってください、アドラー』


 身を起こしたフォーレックスの背に、スーツの力を借りて片手で体を持ち上げる。今までは必死に両手でよじ登る感じだったのが、小石をまたぐような気軽さだ。


 鞍にのり、いつものようにアームカバーに手を差し入れて固定する。だが今回は、座席の方も何かロックする音が続いて響いた。恐らくスーツだからだろうと考えてアドラーは気にしなかったが、その視界に光の文字が次々と乱舞する。


【Operating system boot】


【OS:Steel Machine Beast 4th Generation】


【Release connection】


【With that ferociousness, pay off your sins】


『ライダーとの同期を確認。ミッション内容を更新。作戦行動を再開します』


 ぶるり、とフォーレックスの全身が震えた。機械的な生理反応ではない。武者震いとも違う。あるべきところに、あるべきものが収まった、その使命感に。


 ライダーと騎獣。本来あるべき両者が、ここに揃った。


『我が猛威をもって、その罪を打ち払う!』


『やるぞ、フォーレックス!!』

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