第22話 例えそれが無為であっても
大型ガーディアン達は、すでに総崩れといってい状態にまで追い詰められていた。
懐に入りこまれては、発射時に体を固定する必要のある電磁投射砲は使えない。ならばとその逞しい四肢を用いて格闘戦を挑むものの、敵の機動性はガーディアンを遥かに凌駕しており、その牙は重装甲を強度に関係なく切り裂く。劣勢を悟りながらも奮戦しているものの、全滅は時間の問題だった。
また一機、ガーディアンが倒れこむ。片側の脚部を全損し姿勢を支えられなくなったその巨体に、止めを刺すべく獣が食らいつき、中枢を守る装甲を引きはがしにかかる。
その背後を捉えながら、アドラーはフォーレックスの鞍の上、全力でしがみついていた。片手には機関銃のグリップを固く握りしめ、身を低くして少しでも叩きつけられる空気の圧を凌ごうとする。
「やれ、フォーレックス!」
『了解』
指示を下した直後、アドラーの視界が融解した。ありとあらゆる風景が線状に引き伸ばされ、放射線の縦縞模様に変わり果てる。その中で、唯一像を結んでいるのは、視界の先、焦点に映る獣の姿だけ。その獣が、不意に獲物に食らいつく動きを止めた、ような気がした。
融解は一瞬。背後に爆発のような土煙を上げながら突進したフォーレックスの蹴撃……かつて巨大魔獣に先制をしかけた、レックスアンカーによる攻撃。アドラーにも甚大な負担を強いるが、砲弾に匹敵する速度と破壊力を誇る、フォーレックス最大の攻撃の一つ。
それは、しかし。標的を見失って空を切った。
外したわけではない。回避された。
視界の異常を感じながらも、アドラーが首を振り仰ぐ。頭上、夜天を背景に宙を舞う赤い鬼火。あろうことか、あの獣は完全に視界外からの高速の攻撃に反応し、跳躍で回避してのけたのだ。そんな事、ほかならぬフォーレックスでもできるかどうか。
だが、それでも無理な姿勢が祟ったのか、先ほどまでガーディアン達を蹂躙していた時に比べれば空中で姿勢を立て直すその動きは無様で精細さを欠いている。回避できたが、それだけ、といった体だ。
フォーレックスが加速を踏み込んで殺す間に、敵も地面に着地する。その瞬間、敵が体勢を崩すのを見て取ったアドラーは、手にした自動小銃の引鉄を引いた。
フルオートで吐き出される弾丸が、獣の周辺にばら撒かれる。そのうち数発が片足を射抜き……しかし、戦果はそれだけだった。
無理もない事。スーツを着ていないアドラーが、ドラグーンの高機動戦闘中に平衡感覚や射撃制度を維持できるはずもない。命中弾があっただけ、幸いというものだ。もしもちゃんとした専用スーツを着用していれば、機体とのリンクによって射撃が補正され、今の攻撃においても必中を期する事ができ、あるいはそれで決着がついていたかもしれない。
あくまで、もしもだ。
結果として、アドラーは敵の追撃に失敗し。
彼らは、敵に対する決定的な機会を喪失した。
『G R R R』
獣が、電子音声で編まれた唸り声モドキを漏らす。これまで一言も外界に対するリアクションらしきものを見せなかった獣の、初めての自発的なアプローチ。到底友好的とは思えないそれは、時代を超えて巡り合った宿敵に対する、歓喜の声か、復讐の憤怒か。
『数百年前の亡霊が! 死者は大人しく死んでいるがいい!!』
『G R R T !!』
フォーレックスが雄叫びを上げ、大地を揺るがしながら突進する。およそ地上に存在するもの全てを噛み砕く一撃が繰り出されるも、それを寸前で獣は回避する。返礼のように高周波を奏でるキバが、フォーレックスの首筋めがけて振り下ろされる。
が、獣は弾かれたように攻撃を中断、跳躍。一瞬遅れてガーディアンの蹴りが、獣を掠めて通り抜ける。
『単体ではどうしようもありません! 私の手足に、武器になりなさい!』
『了解、歓迎』
宙に跳躍した獣めがけて、ガーディアン達が電磁投射砲を展開する。空中では身動きが取れないと見ての攻撃。だが獣は足の踏み場もない空中において、見えない足場を踏むように機動、電磁投射砲の射線から離脱する。圧縮空気か、電磁加速か。それはわからないが、とにかく空中であっても機動力は健在なようだった。恐らく、先ほどのような意識外からの強襲か、対応能力を超えた攻撃でなければ、この獣の動きを鈍らせることすらままならないらしい。
再びフォーレックスが攻撃をしかける。今度は、巨大な尾の薙ぎ払い。当然、ガーディアン達とも連携済み、尾撃を獣が回避した所を、四方から彼らが攻撃する。アドラーも鞍の上で自動小銃を構え、追撃へ備える。だが獣の動きは、彼らの予測を上回った。
狼のようであった獣の姿勢が、地を這いまわる爬虫類のそれへ。極端な低姿勢になった獣の魔獣が、フォーレックスの尾撃を掻い潜る。そのまま、フォーレックスの軸足に食らいつくとそのまま剛力でもって持ち上げた。一瞬の浮遊感が鞍の上のアドラーを襲った次には、視界が攪拌されるほどの勢いでもって振り回されていた。そのまま、ボーリングの玉のように、ガーディアン達のほうへと放り投げられる。いつかの意趣返しのような攻撃にフォーレックスは対応しきれない。無防備に叩きつけられる彼女を、ガーディアン達が自らの体で受け止めるが、勢いを殺しきれず彼らごと背後の木々へと叩きつけられてしまう。
当然、アドラーをも凄まじい衝撃が襲う。生身の彼では到底耐えきれないほどの衝撃に、思わず手綱を握る手が緩み。
「あ」
そのまま、宙へと投げ出された。
回転する視界。赤い眼光が、なぎ倒された木々が、突進するガーディアンが。
地に横倒しになり、身を投げ出したまま動かない相棒の姿。
「フォー」
背中から地面にたたきつけられた衝撃で、呻きは最後まで呟けず途絶えた。
痛い。全身がまんべんなく痛い。肺の空気も衝撃で全て出て行ってしまったかのようだ。呼吸するのもままならない。
我慢する、なんてできるはずもない。だから痛いものは痛いままに、目だけは閉じない。
頭の中は、激痛が高音のように渦巻いている。体の感覚が全て、痛いだけで占められている。熱いも寒いも、上も下もわからない。
それでも、ずしゃり、ずしゃりと近づいてくる音は聞き逃せない。もぞもぞと這いまわって、手でとにかく体を安定させたまま、がむしゃらに周囲に目を向ける。
暗闇の中、紅い鬼火が、近づいてくる。視界もぐにゃりと歪んでいて、逆さまなのかもわからないが、段々と大きくなっていく赤い炎だけは見て取れた。
たたかわないと。
逃げるよりも前に、闘争心が吠え立てた。どうせ逃げ切れない。どうせ助からない。だったら、せめて最後まで戦わないと……。
抗う様に、かきむしるように指が這う。でも探し物に触れることはない。自動小銃は、放り出された拍子にどこかへいってしまったらしかった。
その代わりに、手に握りこまれたのは一欠けらの石。それを宝物のように抱えて、アドラーはようやく仕事を思い出した平衡感覚を頼りに、膝を起こす。
滑稽だろうな、と自重する。前時代の決戦兵器すら倒した魔獣に、くらくらする頭のまま、石ころ一つで抗しようという膝立の子供一人。アドラー自身、そんな結果は分かり切っている。
それでも、抗わないと。抗わなければならない。
たたかわないと。
/かつての人類もそうだった。
かちめなんてなくても。
/理解不能。解析不能。評価不能。
たとえ、いきてしぬのがすべてだとしても。
/生に意味はなく。死にも価値はないというのに。
それでも、いきていたあかしを。このせかいに。
/刹那、瞬間こそが人の全てだというのか。
自分でも理屈のつけられぬ衝動のようなもの。それに従い、魔獣と目を合わせて睨みつける。喧嘩は目を逸らしたら負けだと、遠い記憶で誰かが言っていたから。
赤い鬼火が足を止める。まさか気迫負けした訳でもあるまい。滑らかなミイラのような相貌からは、およそ人間的な感情は見て取れない。
そのまま、奇妙な膠着時間が流れた。それは一秒程度の事だったのか、それとも数秒だったのか。およそ把握しているものは居ない。
それを破ったのは、やはり第三者の鬨の声だった。
『アドラー君!!』
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