第20話 反抗する若き牙達
ホーンズに導かれてたどり着いたのは、昼間にエクターに案内された情報収集端末、その近くの丘の上だった。このあたりに魔獣は興味がないらしく、火の手が上がっていなければ魔獣の姿もない。ただ、森のあちらこちらで炎が燃え上がっているのが、ここからだと嫌でも目に見えてしまう。いったいどれほどの規模の襲撃が始まっているのか。
「アドラー君! ご無事で!」
『よくぞ無事で。心配していましたよ』
待ち受けていた二人は、すぐに姿を現した。二人を先導していたであろう子機の一機は、アドラーに頭をさげて挨拶をするとすぐに森の奥へと姿を消す。たった一機も無駄にできないほど、戦況が逼迫しているのだろう。
「フォーレックス、カイト! そっちも無事でよかった! ……そっちもちょっとやりあったみたいだな?」
口元と足元をオイルで汚したフォーレックスと、銃を下げ刀を抜いているカイトの姿。それを見れば何があったか想像はつく。
「そちらもな。少し、魔獣どもに絡まれた」
『ふふん、私の敵ではありません。ただ、外で遭遇した劣化再生産モデルと仕様が異なっているのは、少し気にかかりますが……』
「ま、心配なんぞしてなかったがな! 俺の方がよっぽどやばかっただろうし」
三人笑いあって、最後の一人、エクターに目を向ける。とはいえ、この場で発言権があるのは、彼の護衛であるホーンズの方であろうが。
『皆さんは、このまま森から離脱してください。私がご案内します』
「離脱って……お前、エクターの護衛なんだろ? どうするんだ?」
『私は、エクター様と共に、最寄りのギルドに身を寄せるようにと』
「待ってください」
幼子の声。敏い彼は、その言葉の意味を瞬時に理解したのだろう。その声は震え掠れていた。
「それは。アルテミスの森を見捨てて逃げ堕ちろと、そういう事ですか……?」
『……肯定』
「っ! ホーンズ! 今すぐ母上の所に戻り、戦線に加わりなさい! これは、後継者としての命令です!」
『従えません。私には最上位権限で指令が降りています。それ未満の命令は、受ける事ができません』
「そんなっ」
絶望の声を上げるエクター。だが、ホーンズも決して本意ではないのだろう。口調の割に、彼とて今すぐ駆けだす様子は見当たらない。彼も葛藤しているのだと、アドラーは思った。
「そんなに戦況が悪いのか?」
『……すでに、最終防衛ラインに多数の敵が殺到しています。アルテミスの守護機も、残存戦力を借り出していますが……。敵の中に特筆すべき戦力がいるようで、その一機に、次々とこちらの戦力が撃破されている模様です』
「? 数の暴力じゃないのか?」
『この程度、守護機の敵ではありません。問題は、数には数をもって対抗するしかなく……やむを得ず薄く広く展開した所を、敵の精鋭に食い破られた形になります。陽動戦術というより、これは立派な戦略です。我々の知る魔獣……野生化した暴走AIにできる作戦行動ではありません』
「そうなのか……。いやしかし、弱いといってもこの数の魔獣、一体どこから? 森の瀬戸際で防げなかったのか?」
『それは……』
『内部から現れた、でしょうね』
口をはさんだのはフォーレックスだ。彼女は森に上がる火の手を見つめながら、淡々と分析を口にする。
『いくらアルテミスの森の戦力が限られていても、魔獣の外部からの侵入を許すとは考え難い。しかもこれだけの勢力、普通なら侵入どころか接近される前に感知できるはず。だが実際には完全に後手にまわり、あちこちで奇襲を許す始末。全て、内部で魔獣が発生したと考えれば辻褄がある。……確か、培地がアルテミスの森にもあったはずですよね? あれがジャックされたと考えるべきでしょう。……何故そうなったかは、私にも大いに疑問が浮かぶ所ではありますが』
『……情報が寸断されていますが、貴方の推測は正しく、疑問もまた同意見であります。ですが、もはや事態は差し引きならない所まで来ています。我々アルテミスは最後まで抵抗を行いますが、その結果、この森が維持可能な状態で残される可能性は低いと言わざるを得ません』
『そうですか……。ではアドラー、どうします?』
「え、俺?」
『私のライダーは貴方でしょう? 貴方の指示に従いますよ』
フォーレックスに言われて、アドラーは反射的にカイトをみやる。視線を受けたカイトは、苦笑を浮かべて首を横に振った。
続けて、ホーンズの背中でうなだれるエクターを見る。自らの母を、森を、愛おしく語った少年は、今やしおくれて枯草のようだ。
……それを、見て居られなかったというのは、理由になるだろうか。どっちでもいいか、とアドラーは苦笑した。
「フォーレックス、アルテミスのAIコアの位置はわかるな? 救援に向かう」
『了解しました』
それなりの覚悟をもって放った言葉だったが、帰ってきたのはいつものような、平静な彼女の声。こういう時はありがたいな、とアドラーは思った。
「アドラー、さん……」
『お待ちください。貴方達が、ここで死力をつくす義務は……』
『別に貴方達のために死力を尽くすわけではありませんよ。聞いたところ、敵の中核戦力さえ打破すればあとは自力でどうにかなるんでしょう? ならばイージーゲームです。私を何だと思っているんです? 人類の英知を尽くした、決戦兵器ですよ?』
「まあそういう訳だから。どっちにしろここで森に滅びられちゃ、カイトの中枢も作れないしな。カイトはどうする?」
「ここで大人しく引っ込んでる訳にもいかないだろう? 微力ながら支援する」
『しかし……いえ。わかりました。私は最上位命令には逆らえないのでこの場を離脱しますが……ご武運を』
「ああ、エクターを頼む」
フォーレックスの鞍に跨り、ハンドルを握る。しんと冷えた金属の手触り。だが、じっとりとした手汗でどうにも握りが悪い。
それでも恐怖と緊張を飲み込んで、アドラーは吠えた。
「いくぞ、フォーレックス!」
森の向こうへとフォーレックスの巨体が駆けていき、その後をカイトがついていく。一行の様子を見送り、ホーンズは踵を返した。その足取りは、やや重たい。
その背中にいるエクターが、小さくホーンズに語りかけた。俯くその姿は、一見打ちひしがれたようではあるが……。
「ホーンズ、お願いがあるの」
『エクター様。しかし、離脱の命令には……』
「母上は、森からの離脱を命令したんだよね? その先の命令に、強制権は働いているの?」
『……いえ。しかし、私が戦線に加わっても、戦力としては……』
「取りにいって欲しいものが、あるの。昼間に、お願いしてたアレを」
少年が顔を上げる。
打ちひしがれるなんて、とんでもない。
少年の小さな体に満ちていたのは、決意、責務。ふがいない自分を飲み込んだうえで成すべき事を成そうという、意思の輝き。
「アレをアドラーさんに届けるんだ。間違いなく、きっと大きな力になる」
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