第19話 進軍する魔獣
清廉なアルテミスの森を、漆黒の魔獣がわが物顔に行進する。焼け焦げた草を踏み砕き、数百年かけて育った大木をなぎ倒し、築き上げられた自然を蹂躙する。
そこに何の感情もない事は間違いなく、だからこそそれはいっそうの冒涜とアドラーの目に映った。
「魔獣?!」
「そんな、あり得ない。これだけ大量の魔獣を、アルテミスの森に侵入を許すなんて!」
再び、子機達がレーザーを照射する。魔獣の何匹かが、それに焼かれて爆発、擱座する。だが、仲間を一匹二匹倒されたところで、魔獣達は止まらない。そもそも、彼らに仲間という概念があるのか。
また一匹、二匹と魔獣がレーザーに焼かれる。それでも止まらない行進に、アルテミスの子機達が徐々に後退させられていく。やがて十分に距離が近づいたところで、魔獣達が輝きを放った。連続した炸裂音と、闇夜を焼くマズルフラッシュ。
金属を叩く甲高い音が響き、アルテミスの子機が複数機擱座する。それでも残った機体が反撃を行うが、数が減ったレーザーは、前にもまして魔獣の数を減らせない。
「魔獣が、射撃してきた!? なんで!?」
「そんな……今活動している魔獣は、劣化再生産の果てに射撃武装を失っているはずなのに!」
「くそっ! エクター、家のドアに隠れてろ!」
アドラーが肩から下げている自動小銃を手に、前に出る。アルテミスの子機の残骸、その後ろに滑り込むように体を隠して迎撃に加わる。安全装置を解除、アイアンサイトを魔獣に重ねて1マガジン、弾丸を撃ち込む。お返しと言わんばかりに無数の射撃が帰ってきて、残骸の陰に体を隠し、マガジンをリロード。だが。
「どう考えても弾が足りねえ……エクター! ドアから出るなよ!」
「は、はい……!」
怯えた少年の声が返ってくる。家の中に引っ込ませておいた方がマシか、とも思ったが、横に薙ぎ払われた射撃が家の壁を貫き、ドアの合金に弾かれたのをみて考えを改める。家の中に隠れても、時間稼ぎにもならない。
ちらり、と物陰から反撃するアルテミスの子機達の様子を見る。彼らは劣勢に陥りつつも果敢に反撃を繰り返しているが、どうにも攻撃が非効率的だ。目についた相手にとにかくレーザーを照射しているといった感じで、まるで戦略性が感じられない。火力はあるのに勿体ない事するな、とアドラーは憤慨した。
「くっそ、おい、アルテミスの子機! バラバラに攻撃してもラチがあかねーだろ! 指針がないなら俺に合わせろ、火力を集中させろ!」
『了解した。臨時で指揮権を客人に委ねる』
「いくぞ、数発撃ち込むから、それに束ねろ!」
案外素直に従うじゃないか、と内心思いながら、残骸から身を乗り出して自動小銃を向ける。
魔獣は、射撃攻撃こそしてくるがそう活動的でもない。基本的には、一定の速度で進軍しつつ、散発的に反撃を行うだけだ。そしてその攻撃も、長いクールタイムらしきものが生じている。つまり、今攻撃してる奴はしばらく攻撃してこない。そして、今攻撃してない奴はいつ撃ってくるかわからない。なら簡単だ。
記憶力に自信がある訳ではないが、ぱっと見で今さっきまで攻撃してきていた奴は除外。黙って進行してくる相手だけに狙いをつけて、バースト射撃で弾丸を撃ち込む。
対人用の弾丸ではそれだけでは致命傷にはならないが、そこへ即座にアルテミスの子機達がレーザーを束ねる。先ほどまではそれぞれが独自に照射していたレーザーが収束されて一瞬で魔獣を貫く。ならば、とテンポよく射撃を繰り返せば、薙ぎ払うようにレーザーが魔獣の群れを焼き払った。弾薬に引火したのか、黒い機体が爆ぜて炎を散らす。
再び身を隠してマガジンをリロード。今度は思い切って残骸の盾から飛び出し、腰だめに自動小銃を構えた。
「それでも数が多すぎるっての!」
再び子機達と連携して次々に魔獣を撃ち貫いていく。もはや森の広場は燃え広がった魔獣の炎で燃え上がり、地獄のような光景だ。月明かりではなく炎の輝きが闇を照らし、それでも闇の向こうから次々と魔獣達が進軍してくる。その眼光が無機質にアドラーを捉えた事を察し、慌てて手近な残骸に身を隠す。
そして襲い掛かる一斉射撃。次々とアルテミスの子機達が打ち倒されていく。反撃しようにも、あまりの数に射撃の弾幕が途切れない。身を隠す残骸も、削られてどんどん薄くなっていくのを背中越しの振動で感じる。
「くっそ! 不味い、このままじゃ……援軍はねーのかよ!」
『いえ。遅くなりました』
落ち着いた青年のような声が、鉄火場に場違いに響いた。
続けて響いたのは、空気を震わす振動音。燃え盛る広場に、風が吹いた。影を感じて、残骸の陰でアドラーは顔を上げる。
そこにいたのは、夜空を背景に跳躍する、銀色の機体。青く輝く角を振りかざす有角獣。エクターの守護者、ホーンズ。
『超高振動波、展開』
炎と闇に彩られた森の広場に、甲高い羽音のような、耳をつんざく奇音が鳴り響く。ざわめく響きを引き連れて、ホーンズが魔獣の群れに切り込んだ。
群れに突入してきたホーンズに、緩慢な動きで魔獣が振り返る。その体を、青く輝くホーンズの角が薙ぎ払った。途端、魔獣の装甲は乾いた砂のように砕け、内部のフレームが折れ曲がって擱座する。そのまま、群れの中央で縦横無尽にホーンズが暴れまわる。魔獣の進行が停滞した。
「生き残ってる奴ら! 掩護だ!」
ここを逃しては勝機はない。アドラーの呼び声に、辛うじて稼働状態にあった子機が答える。乱舞するホーンズに流れ弾を当てないよう注意しながら、再び連携して魔獣の数を減らしていく。そして10匹目を新たに仕留めたところで、魔獣の進撃はようやく途絶えた。最後の一機をホーンズが串刺しにし、天高く掲げ放り捨てる。積み上げられた魔獣の残骸の上に新たな躯が積み上げられた。
「ふぅ……ようやくひと段落か。助かった」
『救援が遅れて申し訳ありません』
「いや、十分間に合ったよ。生き残ったのは……これだけか」
『そのようです。これでは任務続行は不可能でしょう、以後は私がエクター様の護衛に回ります』
敵は倒したが、味方の被害も相当なものだった。護衛の子機は、ほぼ全てが損壊。生き残って最後まで攻撃を行ってくれた機体も、脚部が損傷して自力では動けない有様だ。エクターの家も、流れ弾で散々な有様だ。幸いにしてエクターは無事な姿を扉の陰から見せているのが不幸中の幸いだ。護衛の奮闘も報われるだろう。
だが、今のが魔獣の全て、という事はあるまい。今も森のあちこちで銃声が鳴り響き、夜の森に幾筋もの炎が上がっている。楽園と見まがう森は、今や炎と魔獣に飲まれつつある。
「フォーレックス達と合流したい。案内はだれかできるものはいるか?」
『エクター様を引き連れてここを移動したいと思いますので、ご案内します。フォーレックス様達も異常に気付き、こちらと合流を試みているようです』
「よし来た。エクター、動けるか?」
「は、はい……。ああ、皆……」
アドラーの呼びかけにエクターが駆け寄ってくるが、その足は無惨な残骸とかした護衛達の姿を前に止まってしまう。彼からすれば日常を共にした家族のようなものだ。それが、暴力によって引き裂かれ、無惨な残骸になって転がっているのは……幼心に、酷だろう。
だからアドラーは心を鬼にして足を止める少年の手を引き、ホーンズまでひっぱってやる。
「足を止めるな。こいつらの献身が無駄になる」
「……っ。は、はい!」
「いい声だ。ほら、ホーンズに乗るんだ。俺は……まあ頑張って走るか。頼む、ホーンズ」
『案内します。先導しますので、ついてきてください』
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