第18話 精製完了・行動開始




 アルテミスの森、最奥部。


 培地、と呼ばれる設備がある。バイオテクノロジーと材料工学を組み合わせて作り出された、かつての人類の英知の結晶たる錬金の窯。金属分子を培養液の中でまるで生物のように組み合わせ、成長させる事でどんな複雑で高度な構造体でも短時間で完成させる事の出来るハイテクノロジー。


 世界中に存在する培地設備の多くはコントロールを失い、最後に与えられた命令に従って魔獣を生み出す混沌の巣となってしまったが、アルテミスの森にあるそれは違う。アルテミスの管理の元、マザーからの指令を拒絶したそれは今も、清らかな機械の聖杯のまま、そのはずだった。


 だが今は。


『不良構造物、3tを超過』


『培地への供給は絶っているな? 何故だ』


『シャットダウンしたはずなのに止まらない。独自にプログラムが走っている』


 無数の子機が、せかせかと行き来しながら、培地からあふれ出してくるゴミの塊を排除している。まるで失敗した3Dプリンタのように、プールを思わせる培地の底から、形状の定まらない構造物が吐き出されてきては、切断、破砕され回収される。こんな作業が、かれこれ700時間以上続けられている。


 アルテミスの森の子機達といえど、もともとは培地で製造していたものだ。それがこんな事になって、彼らの補充は行われていない。培地の暴走に対応するために既存の機体はすべてこちらの作業にまわし、外回りの機体は旧式の工場設備を再稼働させて作ったものだ。そうまでして対応しないと、培地設備がダストで埋め尽くされて、二度と使用できなくなるほどの勢いなのだ。


 いったい何故こんな事になったのかは、アルテミスですら把握できていない。暴走が始まる前に、妙なプログラムを受信したかのようなログが残っているが、すぐさまはじまった暴走にログが流されてしまってそれを確認したのは一部の子機だけだ。原因を追究するための資料としては心もとない。そもそも、”マザー”が完全に破壊され、通信衛星も全て失われた現状、一体どこから、何がプログラムを送ってくるというのか。


 それでも、解決は時間の問題だとアルテミスも、その子機達も考えていた。大型培地故、蓄積されていた金属分子が膨大でなかなか収まらないとはいえ、やはり無限ではない。この勢いでゴミを生産しつづければそのうち培地の養分も底をつく。そうなれば、いかに異常なプログラムが走っていたとしても何もできない。


 培地設備はアルテミスでもっても破壊されれば再建が不可能だ。強引な手段にでなくとも解決するのなら、そうするべきだった。


『? 動体反応を確認』


『こちらでも確認。ようやく暴走が終了して通常ロットの生産に入ったか?』


『可能性は大きい、やっと事態収拾』


『疲労極大。助かる』


 子機達が、暴走の終了の予兆を確認してほっと脚を止める。見れば湧き出していたゴミも途絶え、回収した下には文字通り、寒天状の培地の表面が垣間見える。その向こうで、いくつもの影が蠢いている。後輩の存在を確認し、子機の一機が声をかけた。


『早速だが、清掃作業を手伝ってほしい。今日中には終わらせたい。……ん?』




 どぉん、と遠くで異音が爆ぜた。


「なんだ?」


 食後、茶を飲みながらテーブルで寛いでいたアドラーは、耳慣れた音響に目を細めた。


「どうしました?」


「いや、なんか爆音みたいな音が聞こえてきてな……」


「爆音? いやだなあ、アルテミスの森でそんな音が聞こえてくる訳がないですよ。そもそも、ここの子機達はレーザー兵器が主力で、仮に森に侵入した野党を追い払ったりするにも爆発なんて……」


「いや、聞き間違えじゃない。銃声みたいな音も聞こえてくる!」


 いてもたってもいられず、上着をひっつかんで家から飛び出す。


 日の落ちたアルテミスの森は、漆黒の闇に閉ざされて一歩先も見えない。月の光も木々の梢に遮られて届かない、真の暗闇。


 その向こうで、僅かな光がはじけるようにして時折瞬き、乾いた音が連続で鳴り響く。数瞬おいて、細い線のような光が無数に闇に煌めいて、目に残光を焼きつけてきていく。


「なんだ……戦闘? エクター、アルテミスと通信は取れるか?」


「さすがに、僕は生身なので直接は……。誰か、誰かいないか?」


『はい、エクター様』


 エクターの呼び声に、家の陰から数機の子機が姿を現す。見た目は森の外でアドラー達を迎え入れた虫のような小型機だが、機体に継ぎ目らしきものが見当たらない独自の構造をしている。どちらかというと魔獣により近い。恐らく、エクターの護衛として選りすぐった機体なのだろう。


「何がありましたか、お前達」


『詳細は不明ですが、敵襲と思われます。無数の敵対的な機甲戦力が、アルテミスの森中枢……女王樹に向かっています。現在、森の総力を挙げて迎撃を行っていますが、戦況は芳しくありません』


「なんだって」


「おい、機甲戦力ってなんだ? 外から魔獣の進入をここまで許したのか?」


『わかりません。しかし、ログを見る限り、敵勢力は突然、森の中に出現したような……警告! 敵勢力の一部が、こちらにむかって接近中!』


 カサカサと子機達がアドラー達の前に庇うように展開する。すかさず、複数の細い線が闇の向こうに照射された。その射線上に重なった草の葉が一瞬で燃え上がり、炭になる。


 闇の向こうに消えたレーザーはどうなったのか。思いを巡らせるよりも先に、闇の向こう……森で爆発とともに真っ赤な炎が吹き上がった。突然発生した衝撃波と熱風にアドラーは顔を庇い、エクターは悲鳴を上げてアドラーの後ろにかくれた。その手をアドラーが安心させるように握りしめる。


 炎が燃え上がったのは一瞬。あとにはちろちろと燃える残り火が残る。その炎をシルエットに、行進する無数の黒い影。


 見慣れた、あり得ないシルエット。乾いた鉄の感触、深紅に輝く瞳。




 人類の敵、魔獣。

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