第14話 見学・アルテミスの森
案内されたのは、森の一角にある広間だった。
そこだけ木が生えていない、広い空間。その広間の中央、地面部分が、ごっそり20m四方にわたってガラス張りになっている。その下に、何やら見えるのは複数の機械が集う工場設備。下草の映えている森の広場の下にハイテク工場が存在するというのは、アドラーから見てもなかなかに異様だった。すくなくとも、フォーレックスから伝え聞いた人類の最盛期にも一般的な構造ではないだろう。
「どうでしょう、凄いでしょう!」
「いや、凄いのは分かるんだがエクター……なんで地面に……?」
「え? 何か変ですか?」
「変っていうか……工場設備って普通地上にあるもんじゃ……? なんでわざわざ森を掘ってその下に……?」
「? ……ああ! 前提が違うのか! 違いますよ、森の下にあるんじゃなくて、森が上にあるんですよー」
「はい?」
『アルテミスは森林再生を主目的として運用されていたAIですが、その拠点は当然、完全な人工物です。長い時間で森と一体化したようですが、その本質は巨大な機械設備です。今見えているのは、アルテミスの工廠の一部が地面に露出している部分、という事なのでしょう』
「マジで? いや、でもでっかい木があっちこっち生えてるけど……」
『おそらく植木鉢のようなものなのでは? それが地面に埋まって一体化しているのかと。私の記憶が正しければ、アルテミスのAIセンターは、無数の植林が行われた自然豊かな観光地でもあったはずです』
「流石、母上と同じ時代のAIですね。大体あっていますよ」
フォーレックスの考察を、エクターが肯定する。アドラーからすると、旧文明凄いな、というよりなんでそんなめんどくさい事を、という感じではあったが。
だがカイトのほうはそんな呑気な考察には関心が薄いようだった。とにかく、そわそわしていて、はやる気持ちを隠そうともせずにエクターに尋ねる。
「それで、これは何の設備なんだい? 中枢を、ここで作れるのか?」
『大分旧式の生産設備ですが、性能は十分なようです。中枢どころか、小柄の機体なら丸々作れそうですね』
「本当か?! じゃあすまないが、さっそく初めてもらってもいいだろうか? ああいや、長旅の後だ、疲労もたまっているだろうし一晩明けてから……」
今すぐにでも始めたいだろうに、頭を振ってそんな事を言い出すカイト。育ちの良さがでているというか、なんというか。思わずアドラーは苦笑をこぼした。
「俺は大丈夫だよ。フォーレックス、付き合ってもらってもいいか?」
『いいですよ。しかしエクター、この設備で不足がある訳ではないのですが、培地は使えないのですか?』
「培地?」
突然、機械とは縁が無さそうな物の名前をフォーレックスが持ち出してきたので、アドラーとカイトはそろって怪訝な顔をする。何かの例えだろうか。
そしてその意味が通じているであろうエクターは、眉をしかめて首を横に振った。
「残念ながら、培地は現在使えない状態です。設備がない訳ではないんですが、ただいま調子が悪くて妙な物を精製する事故が相次いでいて、母上の部下達が対処中なのです」
『ああ、それで外回りのドローンが妙に古めかしい作りだった訳ですか』
「お恥ずかしいのですが、そういう事でして。ああ、でもこの設備でしたら、フォーレックスさんの修理もできますよ。見たところ、脚部周りを中心に整備不良状態でしょう? ナノマシンで機能を最低限維持しているようですが、ナノ資材が尽きておられるようですし。ここなら完全な整備もできますし、フルスペックとまではいかないまでも、かなり元の状態に戻せると思いますよ」
「そりゃ助かる。よかったじゃんか、フォーレックス」
エクターの指摘した部分は、アドラーもまた歯痒く思っていた部分だ。脚部のスラスター周りやパワーシリンダーといった機構は、現代の人間の技術力では手に余る。きちんとした所で整備できるならそれに越したことはなく、その事は散々フォーレックス自身がぼやいていた事だ。ナノ資材? とやらの事は、アドラーにはさっぱりだったが。
だが彼女の反応は芳しくなかった。
『お気持ちはありがたいのですが、エクター。それは無用です』
「しかし……」
『私はまだ貴方達を信用していません』
「そうですか……」
淡白な拒絶の言葉に、エクターが悲しそうに肩を落とす。が、すぐに気持ちを切り替えて、彼はニコニコとフォーレックスに何かしらのコードを提示した。
「じゃあ仕方ありませんね。これ、この設備へのアクセスコードです。無線に対応していますので、どうぞ」
『了解しました。じゃあカイト、さっそく初めても構わないでしょうか。ギルドへの報告もありますから、適宜解説を加えながら行おうと思うのですが、大丈夫ですか?』
「それは問題ない、準備してきました」
そういってカイトが用意しているんのは、分厚く積まれた紙の束とペンに、撮影器具がいくつか。紙は今の世の中、決して高くない事を知ったフォーレックスからすると、かなりの大奮発である。それだけ本気、という事なのだろう。しかしながら、実際の作業はほぼ機械まかせで、その機械も今の人類には作れないだろう事を把握している彼女からすると、もうちょっと詳しく説明しておけばよかったかな……と気まずい思いだったりする。こうなったらアルテミスの子機にでも手伝わせて映像を見せようと彼女は決めた。
『アドラーはどうしますか? 正直、貴方から見てもよくわからなくてつまらないと思いますが……』
「だよなあ……。まあ、ほかにする事もないし、許可が下りるなら森の中を見て回りたいんだけど……」
「! で、でしたら、僕が案内しますよアドラーさん!」
「え? でもいいのか、責任者として見てなくて……」
「僕が見てなくても母上や部下達が見てますから大丈夫ですよ。それに対して、ほら! 人間の感覚での見どころとか、僕じゃないと紹介できませんし! ね?!」
「お、おぅ……」
なんだかやたらと乗り気なエクターの勢いに飲まれてのけぞるアドラー。傍らでフォーレックスとカイトが、やっぱり子供だね、と言わんばかりに顔を見合わせるが、エクターはそれに気が付かない。顔を真っ赤に上気させて、自らがいかにアドバイザーに適切かを熱心にアピールしている。
『いいんじゃないですか、アドラー。せっかくですから、アルテミスの森観光ツアーとしゃれこんできてはいかがでしょう。そうそう人間が入ってこれない、という意味では秘境ですよここは。貴方に何かあればきっちり私がアルテミスを破壊しますから』
「お前、実は俺を口実にする気じゃないだろうな……?」
『はっはっはは、マサカソンナ』
「? 大丈夫です、森には危険な動物は……ほんの少ししかいませんし。いても、僕とホーンズがどうにかしますから、大丈夫です!」
「少しはいるのかよ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます