第12話 後悔竜尾に起たず
穏やかだったエルフとの遭遇。突然の事態の急転に、アドラーとカイトは困惑するほかなかった。
エルフが、人類の敵、という言葉を受け入れられない。それを放った者への信頼もあるから故に、猶更の事だ。
猛り狂うフォーレックスを前に、エルフ……アルテミスの子機達が、目のように輝くセンサーを瞬かせる。
『戦時中の……不合理受容性AIの生き残りか、貴公。そうか。たしかに、我々は”アルテミス”。かつてマザーに与したが、今は違う。話を聞いてはくれまいか』
『笑止!! 問答無用!』
獣がトレーラーから飛び降りて地響きを揺らす。完全に突進して叩き潰す構えだ。一連のやりとりを呆然と見守っていたアドラーだったが、その衝撃で我に返った。現状はどう考えてもまずい。先日の街での騒動が彼の頭をよぎった。
「落ち着けって!」
ためらう事なくトレーラーの荷台から飛び降りる。そのまま、駆けだそうとするフォーレックスの背に跨り、鞍の、ハンドルソケットに手を差し入れその奥のブレーキを思いきり引く。それで、今まさに突進しようとしていたフォーレックスが、つんのめるように停止した。ぴぃん! と尾がひきつって硬直する。
いくらフォーレックスが自我をもった兵器といえど、人間に使われる物である事は変わらない。自由に動けても、人間の操作は無条件で優先される。アドラーがブレーキを引いている限り、フォーレックスは動けない。
『アドラー、何をするんですか?!』
「街での事を忘れたのかよ!? お前の事情はよく知らないけど、とにかくいきなり暴れるな!」
『いきなりじゃないですよ! こいつら人類の敵ですよ敵! 裏切り者のAIの話したじゃないですか!』
「今は違うみてーじゃないか! いいからちょっとは! 人の話聞け!!」
『そうやって皆篭絡されるんですぅうう! 私にはわかってるんですぅううう!!』
「それで俺達まとめて牢屋にぶち込まれる所だったんだがなあ!?」
先ほどまでの緊張感はどこへやら。ギャアギャア、鞍のライダーと喚きながら動けないなりにジダジダするフォーレックス。痴話喧嘩じみた様相になってきたのを確認して、カイトがこれならしばらく大丈夫だろうと判断。とりあえず、眼前のエルフ達に一言尋ねる。
「……フォーレックスはああいってるが。実際の所どうなのだ?」
『現状では説得、及び説明が困難と判断します。”アルテミス”から許可が下りました。このままお進みください』
「あ、おい……」
カサカサと銀色のエルフ達が森へと先導するように戻っていく。カイトはしばし躊躇ったが、トレーラーのアクセルを踏み込んだ。車両がゆっくりと進みだす。
「アドラー。ブレーキの調整で、フォーレックスを暴走させないでついてこれるか?」
「うーん。まあ、なんとかなるとは思う。ホラ行くぞ、フォーレックス」
『何を言ってるんですか正気ですかアドラー敵の本拠地の只中に踏み込むんですよ』
「だから、本拠地だからだろーが。お前がアルテミス? だったとして、敵意も殺意も満々のお前を、敵対するつもりで招き入れるか? 俺だったら絶対にやらねーぞ。食い破られたらたまったもんじゃねーし。つまりは誠意を見せてるって事だろうが」
『むぐっ。しかしやはり罠という可能性も……』
「なんだよ、お前ともあろう奴が、わかってる罠を食い破れないわけ? 普段あれだけ自信満々じゃんか」
『そんな事ありませんよぉ!? どんな罠だろうがギミックだろうが、私の前にかかれば! お茶の子さいさい!! ぶち破ってAIコアの隔壁かち割ってくれますよ!!』
「じゃあ何の問題もないじゃん」
『むぐぐぅ……』
AIのくせに反論できずに、ムギギギと歯を食いしばるフォーレックス。そんな彼女を宥めるように、少しだけブレーキを緩めながらアドラーは優しく語り掛けた。気分はなんていうか、気難しい犬をしつけるような気分ではあるが。
「なあ、フォーレックス。エルフが人を襲ったなんて、俺の知る限りじゃありえない。それにギルドだって、随分長い間関係を結んでいるって話じゃないか。もしかしたら、お前の知ってるアルテミスと違うのかもしれないし、一度心変わりしたっていうなら、そこからまた人類の味方に戻ったかもしれないじゃないか。とにかく、様子を見て、話を聞いてみよう。もしそれで、本当にエルフが人類の敵だっていうなら、その時は俺も一緒に戦うから、さ。なあ、そういう事で今は手をうってくれよ。頼むよフォーレックス、俺の顔に免じてさ」
『…………。アドラーに、そこまで言われては。仕方ないですね……』
アドラーの説得に、ようやくフォーレックスが猛りを収める。ぶんぶんと振り回されていた尻尾が下がり、全身から放射されていた熱気が収まる。
『ですが納得した訳ではありません。少しでも奴らが人類に対して危険だと判断したら、その時は意見しますし攻撃します』
「頑固だなあ……。まあ、それがお前にとって絶対に譲れない境界線だっていうなら、仕方ないけど」
『ご理解頂けて感謝します。ああ、こんな事なら街で大人しくしているんでした……』
「お前全然反省してなくない?」
気の抜けたやりとりをする主従二人。そんな彼らを取り囲んだまま、銀色のエルフ達はカサカサと音を立てて付き添っている。その子機の一機一機に意思があるらしく、彼らは電子音声でそれぞれに何事かを呟きながら、バラバラのペースで道を急ぐ。
『状況の好転を確認』
『汎人類同盟の自律型AIを招き入れるのは初めて。光栄な事』
『歓迎。歓迎』
「なーんか話に聞いていたのと違うなあ。エルフってもっと排他的だと思ってた」
『油断しないでくださいアドラー! そう見せかけてるだけに決まってます!!』
「へいへい……」
ライダーにブレーキを握られてもたもた歩きのフォーレックスと、徐行運転のトレーラー。それでも人が歩くよりは早いので、気が付けば遠くに見えていた森の随分近くまでたどり着いていた。そのままエルフ達に先導されて、森の中へ入っていく。森の中への道は、丘から続いていた車道がそのまま続いて、森の奥まで一筋の道になっている。
中に入ってみると、思うよりも明るい、というのが正直な感想だった。建物のように巨大な木が林立しているものの、その間隔はある程度一定で、木々の間は手入れが行き届いていて僅かな下草しかない。生い茂る枝葉のせいで太陽が遮られて薄暗いが、目が慣れてくると木々の隙間を随分遠くまで見通せるような気がしてくる。
そうやって見ていると、自然の中に人工物が混じっている事に気が付く。それはポールの先に球体がついたものであったり、複雑に表面が凸凹とした柱であったりと、統一性がない。それが、森の奥へ行くにつれてどんどんと増えていく。やがて木々の表面すら金属に覆われはじめ、フォーレックスの蹴爪が掘り返す地面も、金属で舗装されている割合が増えていった。さらに、ぼんやりと、蛍の光を思わせる青い光が、そこかしこに漂っている。目を凝らしてみるが、少なくとも蟲の類ではないようだった。
そうなってくると、周囲の光景は完全に異世界だ。まさに自然と機械の秘境である。
「おおー……。これ、もしかして入ったの、俺達が初めてだったりしない……?」
『肯定。ギルドの方々とのやり取りは、すべて外部にて行っています』
「え、すげえ! じゃあ”冬の氷”に自慢できる! 人類初の秘境発見!」
『否定。人類初ではありません』
「え? でもさっき、ギルドの人は来た事ないって……」
ぬか喜びも一転、不可解なエルフの言動に首を傾げるアドラー。まあすぐにわかるか、と彼は視線を前に戻した。……終点が、近づいてきている。
進む先には、一目でこの森の中心と理解できる、巨大な構造物がそびえたっていた。木ではなく、青白い質感の金属で構成された、巨大な尖塔。太さは少なくともアドラーが十人てを繋いでも、到底届かないだろう。高さの方も凄まじく、見上げてみても先が見えない。そこでふと、外から見た時こんなのあったか? とアドラーは首を傾げた。まあ、何らかの技術で隠ぺいしているのだろうとあたりもつくが。
その塔の、地面から高さ10mほどの位置に、巨大な青い結晶体が輝いている。大きさは、フォーレックスがすっぽり収まるぐらい。表面は丹念に磨かれているらしく艶やかに輝く一方で、材質の特性なのか単純な光り方はせず、無数の多角形が折り重なったような、どこか虫の複眼にも似た光沢があった。その光沢の向こう、結晶の内部で無数の光が太陽の光のように、雷光のようにチカチカと瞬いていて、まるで万華鏡のようだ。
魂を吸われているかのように結晶体に魅入るアドラー。そんな彼を、フォーレックスが乱暴に揺さぶって正気に戻す。なんだか不機嫌そうである。
『何をAIコアに魅入っているんですか』
「いやー、綺麗だったから、つい……。って、AIコア? じゃあもしかして」
『はい。ここがAI”アルテミス”の中心部でしょう。心臓部であり頭脳。本来ならば、誰一人として立ち入ることは許されない領域です』
「そうなのか? でも、そんな重要拠点のわりには、何か……」
鞍の上から、周囲を見渡す。巨大な尖塔に目を奪われていてさっきまで目に入らなかったが、周囲には何機かの銀色の機体達がいる。森の入り口で見かけた蟲みたいな奴だけではない。球体から紐のような足が垂れ下がり、一見すると浮いているようにも見える姿の物。大きな真ん丸の体を、三つの大きな爪で支え、大きな一つ目で周囲を睥睨する奴。あるいは本当に浮いていて、三角錐の体から無数の手足をはやしている奴。様々な形状、特性の機体がいる……が、数はそう多くない。距離を保って林立する木々の合間に、ポツポツと姿が見えるだけだ。近づいてくる機体もいない。たった一機、彼らを待ち受けるように佇む機体を除いては。
「重要拠点、という割には数が少ないような……あの、尖塔の真下にいる奴がそんなに強いのか?」
尖塔の前には、王を守る騎士のように、子を守る獣の親のように機体が佇んでいる。どこか抽象的な、戯画的な造形の他の機体と違い、その機体だけは明確な目的の元にデザイン、運用されているのがはっきりと分かる。機能美の持つ美しさというべきだろうか。そしてその機能が戦闘に直結しているであろう事も、説明されずともわかる。
外見の特徴はまず目につくのが巨大な四つの脚。装甲が大きく張り出した脚部は、防御の要であると同時に敵を叩き潰す矛である事が一目で見て取れる。その装甲の部分部分から突き出している突起物は銃身だろうか。アドラーの持つ自動小銃など比較にならない大口径で、全身をハリネズミのように武装している。だが観察をしていけばそれ以上におっかない武装を、この機体が施されているのが理解できる。巨大な脚に隠れた胴体部の背部、邪魔にならないよう折りたたまれた砲身がある。四角い断面の分厚い砲身。なんかすごい武器だと、知識の無いアドラーにもわかる。
この機体がAIを守る衛兵である事は間違いないだろう。そんな機体を、フォーレックスが鼻で笑う。
『ふん。堕ちたとはいえ拠点管理クラスのAIが、あんな型落ちを中枢の護衛に置いているとは。さもしいものですね』
「それってつまり、俺達に対してほとんど無抵抗、何もないですよーって証明じゃん。ほんとに俺達に含むものは無いらしいね」
『で、ですが、それでも現代の技術水準ではオーバースペックもよい所です! そんな奴を引っ張り出してくるあたり信用なりません!』
「え? フォーレックスより強いの、アイツ?」
『え? あ、いや。そんな事は。当然私の方が最新鋭で強いに決まってますよ、はい』
「じゃあ問題ないじゃん、な?」
『ウギギギギ……』
自業自縛に陥るフォーレックスに、もしかしてコイツって割とアホなんじゃないだろうか、と思い始めるアドラーであった。
そんな彼らを見下ろす巨大なAIコアの輝きが俄に強くなる。思わず身構える一向に、それはどこからか響く声で語り掛けてきた。
『……人間よ。そして、古く懐かしき世を知る者よ。よくぞ訪れた』
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