第11話 アルテミスの森



 三日後。


 街の北東の荒野を行くトレーラーの一行の姿があった。


 運転席にはカイト。荷台には、ふてくされたように俯せるフォーレックスと、傍らにアドラーの姿。アドラーは全身に風を浴びながら、道行く風景に魅入っている。


 荒野といっても、場所によってその様相は大きく違う。乾いた砂地と岩ばかりで黄褐色だった村から街への道と違い、このあたりは多少は雨があるのか、植物がまばらに生えている。勿論、植物といっても柔らかな葉やしなやかな枝なんてものはない、有刺鉄線がもつれたようなイバラばかり。それでも、アドラーの目には自然豊かな風景に見えた。空模様が油膜色ではない、というのも気持ち的に大きい。流石に澄んだ青色とはいかず、どこか緑色かかった深刻な汚染は見られたが、それもむしろ目新しくアドラーを楽しませた。


「このあたりは、自然が多いんだな。アルテミス森林、ってのが近づいてきた証拠か?」


「そうだな。人類の生息圏付近に、まともな自然が残っている所は少ない。むしろ、緑豊かな所ほど危険なんだ。変動放射線汚染に遺伝子改造された生物兵器。自然が豊かっていう事はそういうものが多いって事だからね」


「もともとあった自然はどうなったんだ?」


「わからないね……。生物兵器が入り込んで汚染されて危険区域になったのかもしれない。戦争で消失したのかもしれない。フォーレックスは何かしらないかい?」


『戦争初期に大部分が変動放射線源に汚染された、という話は聞いています。まあ、狂った話です。地球の保全を名目に暴走したAIが、真っ先にその地球環境を破壊しつくした訳ですから。まあ、確かに環境破壊は人類の生存を脅かすに有効な手立てですがね』


 俯せのままフォーレックスが答える。まるでいじけた子供である。まあまるで、というか、実際フォーレックスはいじけているのだが。


 あの大暴れの後、アドラーとカイトは拘束されて事情聴取の後に、なんとか解放してもらえた。もともと被害者であったし、カイトの家の影響もあってか、牢屋行きは免れた。が、それでもこってり絞られたし、ギルドには森での成果についての契約を結ばされてしまった。街での活動にも制限がかかってしまい、準備にも影響が出る始末。


 なので怒った。そりゃもう、二人係でフォーレックスをしかった。彼女の知識がいるとかいらないとかではなく、人として、やんちゃ娘を注意した。


 そしたらいじけた。そりゃもう。


 自力でトレーラーにすら乗ろうとしない始末。トレーラーハウスでクレーンを使ってなんとか積み込み出発できたのが、昨日の事である。


「じゃあ道はあってるのか。なーフォーレックス、このあたりは昔、どんなだったんだ?」


『GPSと同期とれてないので現在位置がわかりませんよ。なんとなくしか。ただ、本当にこのあたりなんですか? 人類に友好的なAIが居るとは思えないんですが』


「え、そうなのか? なんかあるのか?」


『何かありますというか、確かこのあたりって……』


「お、見えてきたぞ。森だ」


 不穏なやりとりになりかけた二人の話を、カイトの歓声が遮る。進行方向に目を戻したアドラーも、丘をこえて見えてきた光景に声を上げた。


「……緑色だ! 見たことないぐらい、緑色!」


 運転席の後ろにはりついて、アドラーが声を上げる。それぐらい、彼には衝撃的な光景だった。


 丘を越えた先、微かに続く轍の先に、陽光に緑色に輝く一帯がある。ペンキや、汚水にはびこる藻のどれとも違う、深く淡い緑の繁茂。風にそよぐ、命そのものの脈動。それを支える幹は太く、茶色く大地の色に色づいている。それが数えきれないぐらい林立し、その向こう側は闇に暗く沈んでいる。見上げれば、いつのまにか空もすずやかな青色を取り戻している。そのコントラストが、どういう訳かやたらと瑞々しい。


 深い森、という表現が実に適切だ。


 アドラーの知る木は、砂地色に色褪せ、細く針金のように伸びた枝先に僅かな葉をつけるばかりのものだ。その知識からすると、今目の前に広がっている大森林は、完全に違う生き物にしか見えない。


「大丈夫なのか、あれ。近づいたら襲い掛かってきたりしない?」


「しないしない」


「そっかぁ……。大丈夫なのか……。いや、なんていうか俺にはでかい生き物にしか見えなくてな」


「生き物であるのはまあ、間違ってはいないが……」


『アドラーは博愛主義者なのですね。その感性は、大事にしてください』


 どことなくずれたコメントを返すフォーレックス。呑気な会話を続ける間にも、トレーラーは森へとどんどん近づいていく。


 そこで、カイトが速度を落とした。徐行運転に入ったトレーラーに、アドラーが首を傾げる。


「おい、カイト。なんで目的地が目の前なのに速度を落とすんだ?」


「出迎えが多分あるからさ。このあたりは多分、すでにエルフの防衛範囲だ。彼らは、不埒ものには手厳しい。ほら、おいでなすったぞ」


 カイトの声に森へ再び目を向ける。


 森の様子は先ほどまでと変わらず、底知れない深い緑を讃えている。だが、その向こうから、チカチカ、キラキラ、何か輝く物が、こちらにむかって移動しているのをアドラーは見てとった。やがてそれは、森の陰を抜けて、落ち葉や下草を踏みしめながら陽光の下にその白銀の姿を晒す。その姿を見とがめて、僅かにアドラーが警戒を露にする。


「……魔獣? に、似てるけど……」


 現れたのは、銀色に輝く甲殻を持った巨大な多脚魔獣……によく似た何か。魔獣というのは例外なく黒い甲殻を持っているし、何より彼ら特有の”枯れた鋼鉄”の感触が微塵もない。磨かれた金属の、くすんだ輝きが太陽の光の下でキラキラと光っている。


 また作りも、明かりの下でみれば大分違う。魔獣達は機械的なつなぎ目のない、それこそ巨大な昆虫のような体のつくりをしているが、それと違い銀色の獣達にはアドラーでも理解できるようなつなぎ目やリベットらしき構造が多数見受けられる。


「あれがエルフ……?」


「そうだ。私も見るのは初めてだが」


 人を襲わない、魔獣ににた例外存在。それがエルフ。


 人間の失った技術を今も保有し、消極的ながらも人類の生存と活動を支援する、人ならざる隣人である。はるか昔、魔獣が生まれるより前から存在するとされる彼らは、魔獣の脅威に脅かされる人類に間接的な支援を行い、その文明の維持、発展に助力してきた。我々が魔獣に似ているのではなく魔獣が我々に似ているのだ、というのは最初期の接触における彼らの弁であり、その存在は辺境の村に住むアドラーの耳にも届いている。彼が、フォーレックスを古代の遺産だと早々に判断したのも、事前にエルフらをしっていた事が大きい。


 それを示すように、エルフは氷のように澄んだ、到底感情を感じさせない声音ながらも、人間の言葉でアドラー達に語り掛けてきた。


『そこのトレーナラー、止まりなさい。ここは我々の管理区域です。許可なく侵入する事は禁じられている』


「許可は得ている! 私は、カイト・シデン! ギルドから許可を得てここに来た!」


 カイトがトレーラーの運転席から声を上げる。堂々とよくとおるその言葉に惹かれたように、エルフ達はトレーラーの周囲を包囲するように取り囲むと、そこで脚を止めた。


『……確認した。確かに、我々にギルドを通じて個体名カイト・シデンへの協力要請が出ている』


「そうか、よかった。だったら話は早い。通してくれないか」


『非常に残念だが、それは困難だ。今現在我々はより優先すべきタスクに当たっており、それが完了するまで個体名カイト・シデンを森に招く事は叶わない。申し訳ないが』


「そんな……」


「なあ、本当にダメなのか? カイトにとっちゃ一大事なんだ」


『貴公は? ギルドからの連絡には、この一件には個体名カイト・シデンと、個体名オスト・アドラー及びそのドラグーンが関与するとある。貴公は個体名オスト・アドラーか?』


「そうさ、俺がオスト・アドラー、”東の鷲”さ! んでもってコイツが……」


『アドラー。紹介は無用です』


 ビリ、とアドラーの背筋に電気がはしった。それは物理的なそれではなく、危機を感じ取ったときの第六感とでもいうべきもの。本能的な委縮に、舌が縮こまってアドラーの言葉が途切れる。


 ゆらり、とトレーラーの荷台でフォーレックスが身を起こす。その関節からは、立ち昇る陽炎。暖機運転を通り越して本運転に入った鋼の肉体から、唸るようなモーターの音が響く。


 ぎらり、とその瞳が深紅に威圧的に輝いた。


『エルフ。はは、エルフね。よくもまあ、恥知らずにも。ああそうでした、貴方達に恥なんてありませんものね』


『貴公……』


『まさか。まさかお前達が生き延びていたとは。それも、人間の協力者? 笑わせてくれる。これほどおかしな気分になったのは存在してから初めての事ですよ。はははは』


 さっきまでいじけてたのが冗談のように、敵意に溢れた仕草で鋼の獣が身を起こす。もはやその意思は明白だった。眼前の白銀の機体達をはっきり敵と見定めて、鋼の巨獣が牙を剥く。


『環境管理用AI、コードネーム”アルテミス”。かつて人類を裏切って”マザー”についた貴様らが、何をいまさら! どの面を下げて!!』

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