第10話 ありふれたトラブル


「さ、腹ごなしも済んだところで、トレーラーハウスに戻って作戦会議をしよう。アルテミス森林はそれなりに遠い場所だ、しっかり計画を立てないとな。アドラーは長旅の経験は?」


「や、ある訳ないだろ。村を出たのも街にきたのも今回が初めてなんだからさ」


「ならなおさらしっかり計画を立てないとな。ある程度の備えはあるようだから、あとは消耗品だな……」


「お、おう……」


 アドラー自身よりも乗り気で計画を立てるカイトに、やや戸惑うアドラー。これでは雇い主というより、引率か何かである。旅の初めで親切な相手に巡り合えた幸運を喜ぶべきなのだろうが、なんだか居心地の悪い気分になる。それだけカイトが必死、という事なのだろうが。


 二人話あいながら、通りをでる。途端に多数の人込みに足がとまってしまう。自然と、横道にそれて、二人の脚は裏道へ。


 そこで。二人の前後を挟むように複数の影が差し込んだ。


「……? 何だ?」


 現れたのは、ガラの悪い複数の男だった。あきらかにカタギじゃないです、という顔付で、これ見よがしにナイフやハンドガンといった凶器をチラつかせている。


「よう。あんたら、街の入り口のトレーラーハウスに来ただろ? 見たことないドラグーンと、めっためたに壊れたガラクタ積み込んでさ」


「俺たちゃ余所者に親切な事で評判でさあ。身に余る荷物と役にたたないガラクタ、買い取ってやろうと思ってな?」


「……ああ、そりゃ親切な事で」


 要は、強請り集りである。ニタニタと品のない笑顔を浮かべながら、スキンヘッドの男がにじり寄ってきて、馴れ馴れしくアドラーの肩に手を回した。


「なあ兄弟。悪いようにはしないって。俺達のいう通りにしてれば……なあ?」


「そうだな。お前らのいう通りだ」


「へっへっへ。物分かりがいい奴は嫌プギャ!?」


 豚の潰れるような声を上げて、スキンヘッドの男の体が宙を舞う。下からのアッパーで半回転しながら吹き飛ばされる男を見下しながら、アドラーは凶悪な笑顔を浮かべて肩を鳴らした。


「いやあ、安心した。さっきから親切にされすぎて居心地が悪かったんだ。お前らみたいな悪党がでてきてほっとしたぜ」


「てめぇっ!」


 アドラーの笑みに悪漢の一人が手にした拳銃を向ける。だがその銃口がアドラーに狙いを定めた時には、彼の姿は男の足元にあった。踏み込んだ勢いのまま、深く屈みこんで脚を払う。倒れこんだ拍子に拳銃が暴発して明後日を撃った。


「このガキ!」


「こいつ、ちょこまかと!」


 悪漢たちが怒声をあげて得物を振り回す。が、アドラーは背の低さをいかして回り込み、彼らにペースを掴ませない。明らかに喧嘩慣れしたアドラーの動きに、悪漢たちは完全に翻弄されている。そのうちに、脛を蹴倒され、脚をかけられ、次々と地面に転がされていく。


「へえ。やるな……旅に出よう、というだけの事はあるか」


「何余所見してるんだてめぇ!」


 アドラーの動きを感心したように観察していたカイトにも、悪漢達が襲い掛かる。が、次の瞬間彼らの動きは強制的に停止させられた。その眼前に突き付けられる、白刃によって。


「……私ともやる気か? 怪我では済まないと思うが」


 カイトが懐から音もなく抜き放ったのは、スティール製の護身刀。柔らかく、しかし折れず、懐に丸めてしまえるほどの携帯性を持ちながら、使い手によっては服ごと肉を切り裂くほどの威力を発揮するソレ。カイトがその一部の使い手であろう事は、護身刀を抜くよどみない仕草と、隙一つ見当たらない構えが物語っている。


 気おされて悪漢達が怯む。その間に、アドラーはさらにもう一人悪漢を蹴倒してその背を踏みにじって笑った。


「なんだぁつまんねーの。この程度でからんでくるんじゃねーって。外で小型魔獣でも狩ってろよ。そっちの方が有意義だぜ」


「違いない」


「このガキども、調子に乗りやがって……!」


 悪漢の一人が顔を真っ赤にして、ベルトで肩から下げていた得物を手にする。それは常識的に考えて威嚇目的にとどめるべきであり、こんな街中で決して使ってはいけないもの。


 歩兵用の汎用機関銃。


 流石に、アドラーとカイトが目を細める。


「おいおっさん。そいつはやめといたほうがいいぞ。小競り合いで済まなくなる」


「うっせえよ。お前らぶっ殺してから考えるさ……!」


 完全に頭に血が上ってしまって、思考能力を失ってしまっているらしい悪漢。どうしたもんだか、とアドラーは流石に緊張感を伴って考えを巡らす。


 この至近距離だ、反動の強い機関銃で、それもロクに扱えてない上に頭に血が上った悪漢の射撃。なんとかかわせるかは、五分五分といった所だろうか。だがどっちにしろ、流れ弾が不味い。裏道に入っているとはいえ、建物を挟んで人の歓声が聞こえてくるこの状況。そもそも建物の中にだって人がいるだろう。


 悪漢が機関銃なんか持ち出した段階で、大袈裟に怯えておくべきだったか? と後悔するも後の祭りだ。血を流さずに終わらせたかったが、どうもそうはいかないらしい。


 ヌアムサン、と村の風習を口にし、アドラーが覚悟を決めたその時、呼応するように通りの方で一際大きな歓声があがった。


「……?」


 そういえば。知らぬ街の事だからと流していたが。歓声? 通りで祭りでもやっていたっけ?


 そんな風にアドラーが違和感に抱いた疑問に、申し合わせるようにその答えはやってきた。


『アドラー!!』


 巨体が宙を舞い、一行の上に影が差す。一瞬だけ訪れた夜のような闇の後に、地響きを立てて鋼鉄の獣が路地裏に降り立った。その衝撃で壁が崩れ、土埃が舞い、路地裏には大きすぎる巨体が普通に建物を破壊する。


 フォーレックス、堂々の登場である。


「お前ー!? え、お前ぇー!?」


「え。まさか、大通りを正面から突っ走ってきたのか? え、本当に?」


『大丈夫ですかアドラー!?』


 アドラーとカイトは突然の機獣の暴挙に呆然自失。一方フォーレックスはそんな事問題ではないといわんばかりにアドラーの体を鼻先で弄り、怪我がないかを確認する。一通り確認して満足したのだろう、満足気に鼻先を揺らすと、今度はぎろりと悪漢達に視線を巡らせた。さっきまで自動小銃を手に勝ったつもりでいた男も、そうでない男も、そろって背筋を泡立たせた。


『貴方達が。私のライダーを脅かした人達ですね?』


「ひ、ひぃ……?!」


「ちょ、お前ら、何を考えてる!? こんな街中でドラグーン動かすなんて!?」


「俺じゃねーよ! コイツが勝手に動いたんだ!」


『私の製造目的は人類の守護。救済。しかしその上位命令として、私の行動目的はライダーの守護。ライダーに従い、ライダーを守り、ライダーの目的を遂行する。それは全てにおいて優先されます。故に、ライダーを脅かした貴方達を排除します。これは最上位命令にあたります』


「あ、これ、止まらない奴では?」


「ひぃいいいい!?」


 カイトの呟きをきっかけにしたかのように、フォーレックスが悪漢達に襲い掛かる。鋼鉄の顎が、間一髪で悪漢が回避した背後の壁を、土くれのように噛み砕き、振り回される尾が周囲の壁をまとめて削ってえぐる。早速小さな建物が一棟、崩壊する。


 もうしっちゃかめっちゃかである。


 その後フォーレックスの狂乱は、アドラーが鞍に飛び乗り手綱を握って、ようやく停止した。そして目出度く、悪漢共々二人は治安部隊に御用となったのであった。

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