第9話 食事と丸薬
ギルドの男性に案内された部屋は、アドラーの私室と同じぐらいの小さな部屋だった。ただ、敷いてあるカーペットやら、品のいい調度品やらで、滅茶苦茶金がかかってるのはアドラーの金銭感覚でもわかる。さらにいえば、先ほどまで聞こえていた喧騒が全く聞こえない事からも、防音処理がなされているらしい。
というか、案内された後はこばれてきたカップの中に入っている黒い液体は、もしかしてコーヒーという奴なのだろうか。絵本の中でしか聞いたことのないものの恐らく本物を目の当たりにして、どうするべきなのかアドラーは困惑していた。ちなみにそんな彼の隣で、カイトは悠々とコーヒーを飲みほしている。
「それで、カイト様。お話というのは?」
「そうだな。まず、アドラー君の相棒の話なんだが……彼のドラグーンは”吟遊詩人”だ」
「……なんですと」
カイトの言葉に、中年男性が明らかに顔色を変える。
「なあカイト。なんだその、吟遊詩人って」
「大戦前からの技術・知識を有するまま現存するAI搭載メカニクスの事さ。彼らの知識を出力する機材はもはや人類には用意できないが、彼らの言葉を聞くことで我々はその知識を得る事ができる。故に、吟遊詩人と呼ばれているのさ」
「前例はいくつかありましてな。いずれも、そのもたらす知識が人類の復興に大きな助けになりました。それにカイト様の口ぶりですと、ただの吟遊詩人ではないようですな」
「ああ。なんとな、彼女は制御中枢の修復知識を持っているらしい。しかるべき設備さえあれば、一から中枢を製造できるそうだ」
「なんと……! ああ、なるほど。カイト様のお願い、というのも検討がつきましたぞ。エルフとの伝手、ですな?」
察しのいい話である。まあそういう人間だから、ギルドの上役っぽい役職なんだろうな、とアドラーは得心した。話がスムーズに進むに越したことはない。
「そうなる。……恥を晒す訳だが、ギガント級との闘いで人機が損傷した。あれは我が家の家宝だ、修理する手段があるなら私はどんな事でもする。幸い、フォーレックスどのの知識があれば修理が可能なのは話がついている。なんとしてもエルフとの交渉に臨みたい」
「一番近くのエルフの生息域は、アルテミス森林ですな。彼らとはギルドも浅からぬ関係があります。交渉はできるでしょう。少なくとも、ただ中枢を製造してくれ、というだけより、自分で作るから施設を貸してほしい、なら彼らの協力を得られる可能性は大きいと思います。ただし、彼らの行動原理は我々人類からすると少々難解な事があります。彼らには彼らのルールがあるといいますか……必ずしも、協力を得られると確約はできませんぞ」
「それでいい。頼む」
「……わかりました。ギルドから話を通しておきましょう。ただし、このルートを他者が使う事を彼らは好みません。あとは直接、現地にいってください」
「感謝する」
「えらい簡単に承諾するんだなあ。エルフが気難しい、ってのは田舎者の俺でも知ってるけど……」
「彼らはなんだかんだで人類の援助に熱心でしてね。この街の発展にも彼らは深くかかわっています。とはいえこちらから何かを要請しても答えてくれる事はまれで、基本的に彼らが一方的に何かを押し付けてくる事がほとんどなのですけども。機械なり、インフラの整備だったりね。その過程で、ツテもできた、というだけの話ですよ。あてにならない以上、もったいぶる必要もないでしょう?」
「おい、カイト。これ信用できる……?」
「信用するも何も。俺にはこれしか頼れるものがない。可能性として小数点以下でも、ゼロでないならばやるだけだ」
「さいですか……」
「そういわれても何も言い返せないのが悲しい所ですね。しかしながら、皆さまの行く先に幸運がある事を祈っておりますよ。それとアドラーさん。もし、中枢建造の具体的な情報をいただければ報酬を支払いますので、是非成功の暁にはギルドに顔をだしてくださいね」
「あ、ああ……」
表面上はにこりと微笑んで見せる中年男性に、相変わらず威圧感を感じながらアドラーはうなずいた。なんだか気が付けば、ギルドが必ず得をするような話に持ち込まれているような気がしないでもない。やはり、偉い人は怖いなあ、と思いながら、アドラーは意を決してコーヒーに手を伸ばした。
「苦っ」
「砂糖いれますか?」
「……よろしく」
ギルドでの面談を終えた後、アドラーとカイトはそのまま階層を移動し、食事をする事にした。カイトお勧めだという屋台の席に座り、注文したものを待つ。その間に、アドラーは少しひっかかっていた事をカイトに尋ねた。
「結局、誓約書とか書かないのな」
「うん?」
「いや、結局俺たちの関係って口約束だろ。ギルドいったのはそのあたりをちゃんとするつもりだったと思ってたからさあ」
「ああ……。そのことか。なんだ、やめるのか?」
「やめないって! だけどさ、そんなホイホイ見知らぬ相手を信じていいのか?」
「見知らぬ相手ではないよ。これでも人を見る目はあるつもりだし、そもそも、そうやって忠告してくる時点で自分はお人よしだ、って白状してるようなものだぞ?」
「いやそうだけどさ……」
口をもごもごとさせて百面相するアドラーに、カイトは苦笑すると一点、まじめな顔で真正面からアドラーの顔を見据えた。
「……さっきもいったが、人機は俺にとって全てだ。それを失った今、俺には何もない。君という頼りを失えば、俺は何もできない。お金は多少あるから、護衛を雇う事はできるけど、そうした所でこの先俺はどうやって生きていけばいい? 力を失った武芸者に存在意義なんてないんだ。その力を取り戻す唯一の縁が、君とフォーレックスなんだ。逆なんだよ。決定権は君にある」
「いや、そんな大袈裟な」
「……まあ、君がそう思うなら、それでいいよ、アドラー君。とにかくよろしく頼むよ。世間慣れしてない部分は、私がフォローする」
あまり気負い過ぎるのもどうだろうと思ったのだろう、全然そう思ってはいない表情でカイトが話を切る。アドラーとしては、正直、カイトとの距離感をつかみかねているが、だからどうすればいいというのもわからない。あまり難しい事を考えずに、雇い主と雇われでいればいいのだろうか。
二人の間に気まずい沈黙が訪れる。だがそれを打ち破るように、第三者の朗らかな声が響いた。
「はーい、3番テーブルの方! ご注文の串焼きお持ちしましたー!」
店員の若い女性が、ドン、と大皿に山と積まれた串焼きと、薄めたエールが並々と注がれたカップ。それに真っ赤なソースが満たされた小皿と、食後用の丸薬。鼻孔を香ばしい香りがくすぐり、嫌が応にでも食欲が刺激される。
「おお……旨そう……」
「ははは、そうだな。熱々のうちに頂こうか」
互いに顔を見合わせ苦笑し、手を合わせて祈りをささげたあと、串を手に取る。鉄の串に、しっかり焼かれてカリカリの焦げ目とじゅわじゅわの油を滴らせる何かの肉が突き刺さっている。匂いを嗅いでみるが、獣臭さは殆どなく、独特の生臭さがわずかにするが、焼けた肉の香ばしさにほとんど隠れて気にならないだろう。間違いなく美味しい。
「なあなあ、なんだこれ? 豚肉でも鶏肉でもないよな。もしかして牛肉ってやつか?!」
「はは、まさか。牛肉なんて私でも食べたことが無いよ。これはスナウナギって呼ばれているこのあたりの特産品さ。油がのった魚みたいなものだと思えばいい。そこの赤いソースをつけて食べるのがお勧めだ」
「了解! あ、つっこんで浸していいか?」
「いいとも」
許可を得て、串をソースの入った小皿につっこむ。多すぎず、少なすぎず。それでいて、まんべんなくソースを肉にからめとり、口に運ぶ。
まずは、酸味のあるソースのすっぱさを舌に感じる。その下から、芳醇な肉の油が口いっぱいに広がって、油の旨味とソースの旨味が絡み合いながら口いっぱいに広がっていく。かみしめると、サクサクとよく焼けた歯切れのよい肉の食感、それでいて柔らかくほぐれていくような。夢中になってかみしめているうちに、溶けるように肉が消えていく。あとに残るのは、さっぱりとしたソースの後味。かみしめてる間は芳醇な肉のうまみを感じさせながらも、けっしてくどくない。
「旨い!!」
「喜んでもらえると嬉しい。塩もいけるぞ、ほら」
いわれて、岩塩らしきものを串に振る。口にすると今度は塩で肉のうまみが引き立てられるものの、もともとそういう質なのか過剰にくどい事もなく、あっさりとした後味。ソースと違ってこちらは肉本来の味が際立っている。
「うん、旨い旨い! いくらでもいけるぞ」
「喜んでくれるのはいいけど、丸薬飲めるぐらいには腹を開けといたほうがいいぞ。それけっこう汚染きついから」
「わかってるって」
生返事で答えて、次の串へ。流石に連続で塩はくどいので再びソースをつけて味わう。すっぱいソースは味覚のリセットも兼ねているらしく、脂っこいのに連続で食べてもくどくない。
それでも流石に少し脂っこさを感じるので、ジョッキに注がれた薄いエールをぐびりと一口。苦みのきつい炭酸と爽やかな香りで、口の中の油を押し流す。これは気持ちがいい。
エールはあくまで生水を飲めない地域での飲み物であって、好き好んで飲んでいる訳ではないと思っていたが……これはなるほど、認識を改めなければならないようだ。村では脂ののった食べ物はそうそうなかったので気が付かなかった。いやまあ、村の水は普通に飲めるのでエール自体、めったに飲まなかったが……。
そして再び塩で味わう。よく焼けた表面のサクサクとした食感と、その向こうのジューシーでしっとりとした食感の多重層。味わって食べたいけども、気が付けば飲み込んでなくなってしまう。次へ。
そうするうちに、山と積まれていた串焼きはすっかりなくなってしまっていた。アドラーの対面ではなんだかんだで、シデンも相当な量を平らげたようだった。
「ふう、ごちそうさまでした。ほい、丸薬」
「ああ。……これは流石に水で飲むか。店員さん、お湯をもらえるか?」
「はいなー、すこしお待ちを」
店員が厨房に引っ込み、奥で薬缶を傾けてすぐに戻ってくる。盆には、ぬるめのお湯が満たされた杯が二つ。アフターサービスもばっちりという訳だ。
「冷たいエールを飲むと、ぬるいお湯が体に良いの。はい、どうぞ」
「ありがとう」
杯を受け取って、丸薬を口に含み、飲み込む。
中和用の丸薬は、場所によって独自の配合がある。その土地で食べる物が違えば、当然、成分も変わってくる。今回の丸薬は、なんていうか。
「……にっげえ……」
「うむ。苦いな。……食事の余韻がまるごと消し飛んでしまうのが難点だ」
「違いない」
村で飲む丸薬も苦かったが、これはその比じゃない。とてもよく効きそうだが、せっかくの美味な食事の余韻が台無しだ。とはいえ、だからってまた食事をしては意味がない。アドラーは名残惜しく思いつつも、席から腰を上げる。
「いや、旨かった。いくら払えばいい? 少しはたくわえがある、”冬の氷”から相場も聞いてるから足りない事はないと思うが……」
「この程度、おごった内にも入らんよ。さ、後が使えてる、はらって置くから先に出てくれ」
追いやられるように、店を出る。振り返ればカイトが、店員に金属ペレットを支払っている所だった。それなりの額を顔色一つ変えずに払い、すました顔で歩いてくる。慣れているというか、住んでる世界が違うなあ、と改めてアドラーは感じるものだった。
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