第8話 鷲と竜、街にいく



 翌日、トレーラーに同乗したアドラーとフォーレックスは、カイトの運転の元、”街”へと向かった。


 エルフの森は遠いため、下準備がいるのと、破壊された人機の中枢以外の部分はただのお荷物であるため、預けておく事になったからだ。そもそも、街はフォーレックスとアドラーの当初の目的地でもある。異存はなかった。


 さらにいえば、許可を取らないとエルフの森には入れないのだという(少なくとも後々トラブルの種になる)。その許可を取る相手が、街にいるという話でもあった。


 虹色に霞んだ空模様も、街に近づくにつれて青く澄んでいく。深刻な環境汚染の狭間、辛うじて人が生存できる領域に、街はある。条件としてはアドラーの故郷たる”村”と一緒だ。だが、”街”の規模は同じ生存拠点である”村”とはくらべものにならない。


 街は、高い城壁に囲まれた防御拠点だ。城壁は、戦時中に破壊された兵器の残骸を積み上げて作られている。街が残骸を積み上げたのかと思いきや、そうではなく、人が集まる前からこのような状態だったらしい。そしてその城壁ごしにも見える、巨大な球体が立ち並ぶ、街の異様な光景。下手をしたら村の家が全部放り込めるんじゃないか、という巨大な球体が、いくつも立ち並んでいる。


「すっげー……。なんだあれ、巨大魔獣の卵??」


「ははは、違う違う。もともとここは何かのプラントだったらしくてな、あの球体はそこでの生成物か原料を保存していたらしい。だが長い時間の間に中身は全部揮発するか劣化してダメになったみたいでな、その中に人が住み始めてだんだん人が集まったという話だ。雨風を凌げるし、かつて激戦区だったのか魔獣もあまり近づかない上に防壁もあったからな。流石に今は危険だから内部を補強してるらしいが」


『はあ……。コンビナートの廃墟か何かをそう使うとは……人間というのはたくましいものですねえ……』


 感心するフォーレックス。そうこうするうちに城壁の境目が近づき、衛兵が近づいてくる。


 顔見知りだったのだろう。やってきた衛兵とカイトが二言三言言葉をかわせばすぐに侵入許可が下りた。いいのかね、とアドラーがクビを傾げる。


「カイトはともかく、俺ら身元不明の扱いじゃないの? すぐに入って大丈夫なのか?」


「そこは俺の顔に免じてもらった。そもそも今の世で、明確な身分証明なんて難しいからな」


「へえ……。お偉い人様様ってとこかあ」


「……それも、俺次第だ。人機を失った以上、その”お偉いさん”でいられる根拠もない」


 口を引き結ぶカイトに、ああ、これは思ったよりも大事な事を引き受けちゃったかな、とアドラーは今更ながらに理解した。


「とりあえずは、ガレージに人機を預けよう。運ぶのは中枢だけでいいからな。それから、食事にしよう」


「食事! いいなそれ、なあなあ、このあたりの名物教えてくれよ!」


「名物といわず、お勧めの店だってあるぞ。と、ここだな。ガレージは」


 カイトがトレーラーを止めたのは、球体ほどではないが大きな建造物のふもと。長方形で天井がやや丸みを帯びているその建物には、『ハウゼン・トレーラーハウス』という看板が出ている。


 周囲にはあまり人がいないが、数人、やたらと人相の悪い男と目があって、アドラーはそっと目を逸らした。……アドラーの見えない所でフォーレックスが威嚇するように牙を剥くので、今度はその男たちがそそくさとその場を離れたのは、だからアドラーは気が付かなかったが。


「俺のように人機を扱う者は数多い。が、それをそのまま街に持ち込めばトラブルの種になるばかりだ。だから、それなりに大きな街には必ず、こういった預け場所が存在する。有料で金をとられるが、裏路地に機体を置いて部品を盗まれたりするよりは全然マシだからな」


『どのぐらい信用できるのですか?』


「それは完璧とはいかないが、人機を使って旅をするようなのはほぼ例外なく荒くれものだ。ソイツの持ち物を勝手にうっぱらって、ただで済むと思うか? 蛮族の理屈だが、まあ抑止力にはなってる」


『なるほど。逆にいうと、持ち主が何かしらの都合で戻ってこなければ、遠慮なく売り払われるわけですね』


「ははは。そうだな。タチの悪いトレーラーハウスになると、預け主を街中で暗殺して機体を売り払う、という話を聞かないでもない。せいぜい注意する事にしよう」


「……俺、なんかお腹痛くなってきたよ」


「そう不安がるな。少なくともここの主とは顔見知りだ、そんな事にならないさ」


「たのむよマジで。……っていうか、もしかしてフォーレックスも預けなきゃならないのか?!」


 今になって思い当ったのか、アドラーが声を上げる。それは困る。アドラーにとてフォーレックスは歩く辞書だし、身を守る武器だ。せいぜいが自動小銃ぐらいしか持ち歩いていない田舎者が、おっかない都会で身を守れるのだろうか。


「え、これを街中で連れ歩くつもりだったのか? いくら自意識をもっているとはいえ、それはちょっと……」


「うう……なんとかならないか、なあ」


「そういわれても……悪目立ちするし……」


『仕方ありませんね。アドラー、ちょっと鞍の収納ケースを開いてくださいな。その間にカイトさんは、申し込みを済ませてきてください』


「え?」


 屈みこんだフォーレックスに言われるがまま、鞍をガパッと開いて、中を見る。内部には色々なツールが入っているという話で、アドラーには用途の分からない小道具が色々と収まっている。


『そう、その中に通信機が入ってます。わかります?』


「え? あ、いやなんとなく……いやまてよ、通信機あるならもっと早く教えてくれよ!?」


『いやだって出会ってから離れるような事殆どなかったですし……。それに予備がある訳でもないので、可能な限り使うのは避けたかったのですよ。あ、そうそう、それです。ひもを通して首からぶら下げておいてくださいね』


「お母さんかよ……」


 気恥ずかしさから文句を言いつつも、手のひらほどの箱型のツールに麻紐を通し、首に下げる。紐ぐらいは必需品として、どこにだって持ち歩いている。


『私から通信をかけたら震えますので、そしたら手にとってくださいね』


「なあ、こっちからかける事、できないのかこれ?」


『できなくはないですが、通信機器の操作できます? 今この場で教えられるほど簡単じゃないのですが……』


「ちぇっ。じゃあ仕方ないな」


 手間がかかるというなら仕方ない。横目に、トレーラーハウスの主人らしき初老の男を伴ってカイトが歩いてくるのを見ながら、荷台から飛び降りる。どうやら今の間に、主人との賃貸契約は済んでしまったらしい。


「もう大丈夫かい?」


「ああ、悪い悪い」


「よろしいですかな? じゃあぼっちゃま、キーをお借りします」


「ああ、頼む」


『私がしっかり見張っておくから、気にせずアドラーは街を楽しんできてください』


「ははは。頼もしいな。じゃあ、行こうか、アドラー君。まずは最初に、私の受けていた依頼の顛末を報告しなければならない。つきあってくれるだろうか」




 トレーラーの上から見る”街”も賑やかだったが、自分で歩いてみるとその賑わいは段違いだった。とにかく、人が多い。人、人、人。それもみな一様に同じ格好、なんていう事はなく、様々な色、様々な衣装、さまざまな人種。見慣れた麻の衣服もあれば、体をすっぽり覆うポンチョを纏った人もいれば、分厚いジーンズにタンクトップという姿もいるし、仕立てのよいスーツで身を包んだ者までいる。服装がきちんとしている人は僅かで、雑多な布の塊、としかいいようのない恰好の人間が大半だったが、とにかく種類が豊富だ。そして人種も。金の髪、赤の髪、黒の髪、灰色の髪。黒い肌、白い肌、黄色い肌。村では見る事のできない、無数のコントラスト。


 人並みをぬって、肌と肌が触れ合うような距離をすれ違っていく人々。目を奪われているアドラーはさながらお上りさんだ。


「すっげ……人間、いる所にはいるんだな……」


「話には聞いていたが、随分と僻地から来たんだな。いや、嫌味ではないんだが……」


「ぶっちゃけ”冬の氷”の話を聞いていても半信半疑だったんだよな……」


 きょろきょろしながらも、人にぶつかることなく、ちゃんと自分の後をついてきている事にカイトは内心ちょっと感心した。ここではないが、カイトも自分の故郷より栄えた街を訪れた時は風景に魅入るあまり、道に迷ってしまったものだ。


「さ、こっちだ」


 そういってカイトが案内したのは、街の外からでも見えたあの巨大な球状構造物のふもとだった。近くで見ると、文字通り見上げるような大きさだ。


 ただちかづいてみると、思っていたよりも劣化が進んでいるようだ。ところどころが破けていて、この球体が薄い金属板で作られているのが見て取れる。


「あれ、これ、わりとしょぼい……?」


「外装はただの砂避けさ。昔は燃料を貯蓄していたらしいけど、放棄されて数年で中身は揮発してしまったらしい。だけど大きな事には代わりないから、中身をこうして……な」


「あ! 裏側からみたら、中に建物がある!」


 完全な球体に見えたのは、やってきた方向から見た時だけ。実際には球体の一部が大きく破損しており、そこから中がのぞき込める。そして球体の中には、櫓(やぐら)のような建造物が収まっていて、たくさんの人が上から下へ、下から上へ行き来しているのが見て取れた。


「この街で最初に人が住み始めたのが、ああいったタンクの陰さ。風や砂、魔獣の目から逃れる事ができる物陰に人が集まって、やがてそこからこの街が整理されていった。風通しもいいし悪くないぞ。高い所まであがるとちょっと怖いがな」


「へえー。場所によりけりってやつか」


 鉄骨を組み合わせて作られたような櫓に上っていく。櫓は今や住居というより酒場のように使われているようで、人々の喧騒、食べ物の焼ける匂い、笑いと怒号に満ちている。


「あれ、こっちでいいのか? 先に依頼の報告をするんじゃ」


「いや、いいのさ。ここがそうさ。魔獣討伐を請け負ったり、隊商の護衛を契約したりする、いわゆるギルドの組合がここなんだ」


「ここが? なんか飲み屋にしか見えないけど」


「はははは。依頼を終えたら、報酬で一杯やるものだろう? 自然とそんな感じになるのさ。大丈夫、受付があるフロアはちゃんとしてる」


 果たしてカイトの言う通り、到着した階層は飲み食いする者の姿はなく、フロントで書類とにらめっこしている中年の男性の姿があるのみだった。階下からは飲み食いする人々の雑多な歓声が聞こえてきてはいるが、それもどこか遠い。


 カイトは手慣れた様子で受付の男性と一言か二言か話すと、男性は受付の奥へと姿を消す。それを確認すると彼は手近なソファにアドラーを招き、自らもその隣に腰を下ろした。


「少し大きな街になると、この手のギルドは必ずある。なんせ人が集まると魔獣が襲ってくるし、魔獣は金にならないからね。必要な事だけで回していると必ずどこかで破綻する。誰かがお金を回して魔獣を討伐するように仕向けないと、せっかく復興した集落もあっという間に離散してしまうものさ」


「それ少しわかるなあ。うちの村でも魔獣とは戦うだけ損、って感じでさ。それでも襲ってくるからたたかわなきゃいけないんだけど」


 枯れる鋼鉄。その名の通り、魔獣の外殻は鉄に匹敵する硬度をもってるくせに、倒すとたちまちのうちに朽ちて使い物にならなくなる。溶かして鋳固める事もできないし、燃えないから燃料にもならない。人を殺す、それ以外の事に全く存在する意味がないのだ、魔獣というものは。


「そうだな。私の家、シデンはポートゥを大型魔獣から守った功績で名を上げたが、そういう例はあまり多くない。大型魔獣なんて戦うだけ損で、しかし倒さなければ人類に大きな脅威になる。だからギルドは隊商の護衛などで稼いだお金等をやりくりして、魔獣討伐に賞金をかけているんだ。小型の魔獣なんかなら手持ちの銃でも倒せるから、腕に覚えのある奴が集まって部隊を作り、集落周辺の魔獣を狩り出して小金を稼いでいる。そして大型魔獣は、私のような人機持ちに声をかけて、高額の依頼を払って撃退するのさ。……今回は、情けない事になってしまったがね」


「うーん。俺もあんな大きな魔獣、村を出るまで見たことなかったんだけど、外にはあんなの多いのか?」


「まさか。あんなのがゴロゴロしてたら、とっくに人類は滅ぼされてる。だから、最優先で報告しにきたのさ。それに、修理のあてについての話もある」


「あ、言ってたな。エルフと話をつけるアテがあるって」


「まあね。とはいえ私一人では無理だ。せめてギルドにとりなしてもらわないと……」


「カイト・シデン様とオスト・アドラー様ですね」


 ビクッとアドラーの肩が跳ねる。


 気が付けば、二人のすぐそばに、一人の中年男性が佇んでいた。品のある、ぱりっとしたスーツ。それだけで、彼がここの重役である事が見て取れる。だがそれ以上にアドラーの心を逆立てたのは、その男性の持つ空気とでも呼ぶべきものだろうか。”冬の氷”も持っていた、冷徹な実力者のそれ。対面しているだけで背筋に冷や汗を感じるような。なのに、顔つきに個性を感じない。どこにでもいるような、作られた没個性としかいいようのない男。


 大体この男。一体いつの間に近くに寄っていたのだ。そもそも、何故アドラーの名前を知っているのか。


 警戒するアドラーとは裏腹に、カイトは見知った仲のように男性に語り掛ける。彼は、この男性に脅威を感じていないらしかった。


「やあ、ギルマス。先日受けた依頼の報告に来たよ。ちょっと、ややこしい事になっているが……」


「事情はおおむね把握しております。巡廻の者が、巨大な魔獣の残骸を確認して以降、事実確認に奔走しておりましたので。我々一同、カイト様から詳細を伺えるのを手ぐすね引いてお待ちしておりました。となると、やはりあの残骸はカイト様が?」


「……残念ながら、私は返り討ちにあったよ。まさかギガント級とはね」


「それについては我々の不手際でございます。あくまで市民の報告に基づくものでしたので、せいぜいがラージ級かと。まさかギガント級だとは夢にも思わず」


 ちらり、と男性の視線がアドラーに向けられる。魔獣と目線があったとき以上の緊迫感を覚えて、アドラーの心臓が高鳴った。


「となると、そちらのお方……アドラー様の所有されるドラグーンが、ギガント級を撃破したと、そういう事でよろしいので?」


「ああ。そのドラグーンについても話があるんだが、とにかく手柄は全部彼のものさ。報酬も手配できたら、彼に渡してやってくれ」


「全部ですか? よろしいので? ……何か私共に頼みたいことがあられるようですし、取り分をチップ、という事にすれば話もスムーズにいくと、提案させて頂きますが」


「そうは言うがな……」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。待って。うん」


 知り合い同士のノリでとんとん拍子に展開されていく話にストップをかけるアドラー。放っておいたら、自分のあずかり知らぬところで全部決まってしまいそうで、声をかける。


「いやいや、俺がよく知らないのが一番いけないんだが。報酬金? その前に、こういっちゃなんだが俺たちの言い分がすらすら通るのおかしいだろ。証拠とか、書類とか」


「書類ならちゃんと書いて頂きますよ、勿論。話が通るのは信用、と申せばよろしいでしょうか。カイト様とは長いお付き合いでして、特別扱いをするに足る関係なのですよ。勿論、事前に十分な現地調査を行った上での話です。依頼を出したからはい任せます、とはいきませんので。あれだけ派手に暴れればこちらでも把握しておりますよ」


「は、はあ……」


「報酬については基本的に、魔獣の外殻の総質量から計算させていただいております。なんせ魔獣の残骸ときたら、ありとあらゆる利用法がなく、また機密処置プログラムによって内部の機関は全部自壊してしまいますからね。特に価値のある部分も、意味もある部分もありませんから、どうしてもそういうやり方になります。本当は、残骸をご自身で回収して受付に持参して頂くのですが、今回は量が量ですからね……。こちらのほうで回収部隊を出して計量しております」


「だから、報酬はいいって。俺もフォーレックスもそんなつもりで魔獣を倒したわけじゃねーし」


 それになんか収まりが悪いんだよ、とアドラー。


「俺は依頼を受けてないし、あくまでカイトに雇われただけの身だからな。どうしても、っていうんなら、カイトの頼み事を俺がちゃんと達成した時に、がっぽり報酬をもらう。それでいいか?」


「あ、ああ……」


「ほほほ。初めての依頼はきっちりと、という訳ですか。なかなか将来が楽しみな少年です。……して、カイト様。話とは?」


「ああ、うん。だがここで立ち話はなんだかな、ちょっと奥の方、いいか?」


「いいですとも」

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