第7話 ポートゥのカイト



 日が暮れる。そうすれば当然、夜がやってくる。


 荒野の片隅で、ぱちぱちと燃える炎。ちっぽけな炎が、闇をわずかに照らし出す。


 そんな儚い焚火を囲んで、アドラーとフォーレックスは休んでいた。傍らには、横に寝かされた見知らぬ青年。少し離れた広場には、人機の残骸と、これまでそれを運んできたであろうトレーラーが置かれている。ただしくは、トレーラーを探し、その近くに野営を行ったのだが。


「しっかしよくわかったなフォーレックス、近くにトレーラーがあるはずだって」


『あのタイプの機体は、単体で長距離移動ができません。かならず近くに輸送用車両が存在すると思いました。しかし、この時代にこのレベルの機体を運用しているとは……』


 フォーレックスの視線は、残骸と化した人機に向けられている。機体は、比較的原型をとどめてはいるが、もう二度と動かないとフォーレックスのお墨付きだ。


「そんなに珍しいのか? 人機は、外の世界じゃちょくちょく見るって話だけど」


『そうなのですか? なるほど、物持ちがいいのですな……。人型機は、AIとの戦争で生み出されたものではありますが、あまり効率的とはいえないものなのですよね。人間の意地で作られたといいますか。なので残存数は多くないと思っていたのですが』


「え、そうなのか? 人機は魔獣と戦う人類の主力だって聞いたけど」


『え゛? あんな整備の手間がかかるし工学的に戦闘にむいてないものが、主力?? ええー……』


 人間であれば信じられない、といった体で人機の残骸に目を向けるフォーレックス。アドラーからすれば、話に聞く限り対魔獣戦力といえば人機なので、何故そんなにフォーレックスが不思議がるのかがよくわからないが。昔はフォーレックスみたいな見た目の奴が主力だったのだろうかと内心、理解できないが納得しておく事にする。


「ところで、あの人大丈夫かな?」


『センサーで見る限り、命に別状はありませんよ。そろそろ目を覚ますんじゃないですか?』


「ならいいんだけど……って、ほんとだ。噂をすればなんとやら」


 電熱ヒーターにかけていた薬缶をとり、コップにお湯を注ぐアドラー。彼は一度沸かしたお湯を手に、毛布から半身を起こし険しく目を細める青年の元へと歩み寄った。


「ほら、飲め。夜は冷える」


「君たちは……」


「覚えてないか? 助けに入ったんだけど」


「……ああ。そうか。君たちか」


 アドラーが仕草でフォーレックスを指し示すと、青年は理解を得たように緊張を緩めた。そのまま、アドラーのコップを受け取る事なく頭を下げる。


「私は、ポートゥのカイト・シデン。街の近隣に出没する巨大魔獣を撃ち果たす依頼を受けて出向いたが、このざまだ。助けていただき感謝する、この恩は一族の名にかけて必ずお返しする」


「お、おぅ……」


『どうしました、アドラー。何かトラブルですか?』


「あ、いや……」


 畏まったカイトの態度に、おどおどと返すアドラー。その様子を見ていたフォーレックスが、興味深そうに首を伸ばす。


 喋った……?! という驚愕の顔のカイトを置いておいて、アドラーはいそいそとフォーレックスに近づき、耳打ちをする。


「フォーレックス、この人名字持ちだ。ようはえらい人か金持ちだ」


『ほう?』


「どうしよう、俺礼儀とかそういうのぜんっぜんわかんねえ。どうしたらいいと思う?」


『普通に対処すればいいのではないでしょうか』


 なにやら困った様子のアドラーに対し、フォーレックスはなんということはない。相棒を差し置いて、カイトへと視線を巡らせて臆した様子もなく語り掛ける。


『初めまして。私はフォーレックス、彼はオスト・アドラー。貴方をこの荒野で救助したものです』


「こ、これはご丁寧に……?」


『いえいえ。とりあえず、人機の残骸は回収しました。あの輸送車両は貴方の物でよろしいかな?』


「私の機体を……?!」


 人機の話題に触れた途端、カイトの顔色が変わる。視線を巡らせた彼は夜闇の中に沈む自分の機体を見つけて、砂漠でオアシスを見つけた旅人のような、そんな顔を見せた。


「ああ、確かに私のトレーラーだ! 有難い、感謝する……!」


『いいえ、そこまでの事はしていませんよ。大体あの機体、もう二度と動きませんし』


「…………」


「フォーレックス、ちょっと待てよ! 言い方ってもんが」


「いえ、構いませんよアドラー君。それは、私も理解していた事です」


『中枢は設備さえあれば治せるでしょうけど、メインフレームがへしゃげてます。今の冶金技術じゃ再建造は不可能でしょうね』


「メインフレームはどうにかなりますが、中枢の電子部品をやられました。今の技術では中枢の再建造は不可能です」


「『……ん?』」


 カイトとフォーレックスが声をダブらせて顔を見合わせる。


『え、複合合金のフレームを鋳造できるんです、今の人類?! あれ当時の最新鋭技術で、かなり規模の大きいインフラがいるんですよ!?』


「設備さえあれば中枢を治せるというんですか!? そ、そのあたり、詳しく!!」


 どうやら、互いに知識の前提に食い違いがあったらしい。きょとんとするアドラーを他所に、一人と一匹は顔を突き合わせて情報の交換を始める。専門用語が飛び交うため、アドラーにはさっぱりだ。後でフォーレックスにようやくしてもらおうと開き直り、彼は再び薬缶を火にかけた。


『なるほど……数百年前の設備を未だ保持している集団が存在するのですか……。人機とやらが多数現存しているのもそれで納得しました。いやあしかし恐るべきは人間の欲かな、趣味嗜好の産物だと思ってた人型である事がそのように働くとは……』


「そ、それより。本当に中枢の修復、いや、製造が可能なのですか?!」


『勿論です。設備さえあれば、別に。あれは私よりもかなりレベルの低いAIというか、ただの制御システムで動いているようですし。しかし中枢の製造は、有害物質を扱う精密機械を用いた工程が必要ですよ? 極めて純度の高い化学薬品も必要です。先ほどのお話を伺うに、今の人類には不可能なのでは? 冶金技術は相当なものでしょうが、それとは全然話が違います』


「確かに人類には不可能です。あくまで人類には、ですが」


『ふん?』


「あ、その話なら俺もわかるぜ。つまり、あれだろ、あれ」


『え、アドラーは分かるのですか?』


「ああ、勿論、あれっつったらあれだよ。……エルフだろ?」


『その名前、以前にも聞きましたね。現在のエルフとは一体何なのです?』


「……高度な技術を保有する、人ではない者達だ。彼らの協力なくして、人類社会は維持できない。まあ、彼ら自身は、人間にあまりかかわらないのだが……かといって非協力的でもなくてな。繋がりさえあれば力を貸してくれる。あくまで人間の要望に応えてくれるだけだが」


 カイトが補足する。人ではない者達、というあたりでフォーレックスが首を傾げたが、少なくとも人類の敵ではなく同胞なのだろうと理解する。彼女の知識において、そう呼べるのはAI達だが、しかし彼ら彼女らは人類に奉仕する事が存在意義だ。エルフというのは、AIにしては聊か人類に対して消極的なのではないだろうか。


『まあ、細かい所は落ちておきましょう。つまり貴方はそのエルフやらと繋がりがあり、協力を受けられるアテがあると?』


「ああ。……頼みがある。無茶な話だとは分かっているが」


 フォーレックスとアドラーに向き直り、カイトは頭を下げた。びっくりするアドラーに構わず、額を地にこすりつけて土下座する。


「頼む。どうか、エルフの森までの護衛と、修復への協力を願いたい。報酬は満足するだけのものを出す。必ずだ。シデン家の名にかけて」


『そこまで重要なものなのですか?』


「あの機体は、シデン家の象徴。100年以上の間、ポートゥを守ってきた我が家の武力の象徴なのだ。それを失って、家には帰れん……!」


「ふーん……。なあ、受けようぜフォートレックス」


『アドラー、いいのですか?』


「これも縁だろ。別に期限のある旅じゃないしさ、お偉いさん助けるのもいいんじゃね? ”冬の氷”へのいい自慢話になる」


「いいのか……?! 感謝する!!」


 アドラーの手を取って感謝の言葉を上げるカイトに、フォーレックスは人間であれば溜息ともとれる動作をとってそのまま丸まった。


 カイトが悪い人間だとは思わないが、目的地の地理を把握しないまま依頼を受けるのはよろしくない。そもそも第三者を介してない口約束である以上、反故にされたって文句は言えないやりとりだ。それをアドラーは分かっているのか、いないのか。


 まあ相棒がやりたいというなら、それに付き合うのもやぶさかではない。なんせ、フォーレックスは人を助けるのが存在意義なのだ。

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