第6話 人助けは竜の為ならず




 翌日、アドラー達は旅立った。


 最後までフォーレックスの存在を村人は惜しんだが、それでも無理に引き留める事はしなかった。アドラーこと”東の鷲”の成功を祈り、送り出してくれた。


 彼らがまず向かうのは、近隣唯一の人間の集落、”街”だ。


 そこへ辿り着くためには、広大な荒野を超える必要がある。


 乾燥と荒れた道、降り注ぐ日光が旅人を苛む過酷な地だが、それ以上に危険なのが、荒野を徘徊する”魔獣”の存在だ。


 魔獣……フォーレックスの話によれば、自己再生産の果てに劣化・矮小化したかつての人類殺戮用無人ドローン兵器だが、性能が大幅に落ちたとはいえ人類にとってその存在は大きな脅威だ。最低でも自動小銃クラスの武器で武装していなければ荒野を超えるのは不可能だし、それでも十分な注意が必要である。そして村の人間には、自動小銃を一から作る能力はないため、自由に荒野を超える事は不可能だった。


 だから”冬の氷”も、アドラーも、鉄の墓場で武器を求めたのである。


 だが今やアドラーの手元には、自動小銃どころかフォーレックスという強大な協力者がいる。荒野を渡る上での不安はなかった。暴発して失われた自動小銃も、別のものを鉄の墓場から見繕って用意してある。最もその際、攻撃力のありそうな大型の銃を持っていこうとするアドラーと、騎乗での運用を考えて取り回しのいいのをすすめるフォーレックスの間でひと悶着あったのだが。それはまた別の話である。


 とはいえ、だ。


「熱い……」


 自然現象だけはどうにもならない。フォーレックスの鞍の上、ライダーを守る防壁の影に身を縮こまらせながらアドラーは唸る。


 頭上を見上げれば、煌々と輝く太陽と、虹色に霞んだ空模様。虹といってもきれいな七色ではなく、水に広がる油膜のそれだ。はるか昔に使われた大規模な環境破壊兵器の影響が、今も周囲に残留しているのだ。この大地がいつまでも乾いた荒野なのは、決して気候のせいだけではないはず、なのだが。


 尋常ではなく暑い。とにかく暑い。


「人類の英知の結晶なんだろ。熱いのぐらいどうにかならない?」


『残念ながら。専用のライダースーツなら熱いのも寒いのもオッケーだったので私自身にはそういうのないんです』


「くっそうなあ今からでも村に戻ってそれ作ろうぜ?」


『無理です。残念ながら。我慢してください』


「無理かぁ……」


 ぐったりと鞍に沈むアドラー。実をいうと、日光に熱されたフォーレックスのフレームが発する熱が彼を苦しめているのだが、フォーレックスはあえてそれを指摘しなかった。ライダーは鞍に跨っているべきである、というのが彼女の持論である。


『本当をいうと、トラックか何かが調達できると思っていたのですがね……。自走は負担がかかるのでやめたいのですが、仕方ありません。まさか周囲との流通が絶たれているとは……』


「荒野を超えるのは一苦労だからな。”冬の氷”は頻繁に返ってくるけど、よくやるわー……。アイツはなんか仲間の車にのってたけどさー」


『車ですか。だとしてもこの荒野を越えられるとなると並大抵のものではないでしょうね。その車喋りませんでしたか?』


「いや、そんなことないけど。だったらフォーレックスにあんなにびっくりしないって」


『そうですか。昔馴染みかと思ったのですが……うん?』


 呟きを零して、フォーレックスが足を止める。


「どした、フォーレックス」


『振動センサーに感あり。自然現象のそれではありません、大質量を二つ検出。これは……大型魔獣と何かが戦っている?』


「方角と距離は?!」


『作戦内容を』


「こんなとこで魔獣と戦ってるなら人間だろ。”冬の氷”……は、周期が違いすぎるから多分別人! もしかすると村の客かもしれないだろ、ほっとけない! 救援する!」


『了解しました。急行しますので、しっかりつかまっていてください』


 いうが早いか、フォーレックスは言葉通りの急加速で駆けだした。姿勢を低くして鞍にしがみつくアドラーを、急加速の負荷が襲う。


 あの地下施設の時と違い初めてではなく、場所も広く明るい。それでも本能的な恐怖を感じるほどの加速。それに反して、鞍自体はほとんど揺れない。


 フォーレックスがどれほどの性能を秘めているのか、そろそろアドラーも理解しつつある。その上でこう思わざるを得ない。


「こんなもんが必要なんて、人類は何と戦っていたんだ……?」


『震源付近に到達。そろそろ対象が目視できると思われます』


「ああ、こっちにも見えるよ。あれか」


 風防の影から顔を出して、アドラーは風圧に目を細めた。


 高熱で歪む大気の向こうで、二つの巨体が躍るように動いている。一つは人の姿をして。一つは獣の姿をして。


「人機?! フォーレックス、片方は人間だ! 多分!」


『そうでしょうな。現状のインフラで人型機体を維持しようと思うのは人類でしょう!』


 片方は雄々しき巨人。歴戦を越えてきたと思える風貌の、鋼鉄の人型。


 片方は禍々しき獣。有機的でありつつも無機質。乾いた質感の、”枯れる鋼鉄”で全身を編んだ灰色蜘蛛。


 二つの巨大な力の激突は、魔獣の方に軍配が上がろうとするところだった。


 懐に入り込み、巨大な剣で切りつける人型。その一撃を鋏角で受け止める傍ら、長い脚を振り上げる魔獣。人型が反応するよりも早く、振り下ろされた爪がその背後に深く突き刺さる。


 その途端、糸が切れたように人型が力を失い崩れ落ちる。動かなくなった人型を前に、勝ち誇るように咆哮を上げる魔獣。


『不味い、あの有様、制御中枢を破壊されたか?!』


「なんでもいいから、やれ! フォーレックス!」


『了解!』


 ぐん、とフォーレックスが疾走の勢いをそのままに姿勢を低くする。その様子を鞍の上で把握したアドラーは、その瞬間自分が早まった指示をくだした事を理解した。


 理解した、がもはや発した言葉は取り消せぬ。せめて振り落とされまいと全力でハンドルにしがみつき、奥歯をかみしめた次の瞬間。


『レックス、アンカー!』


 フォーレックスの体が、射出された。少なくともアドラーはそう認識した。実際には水平に跳躍したというべきなのだが、鞍にしがみ付いている人間からすると些細な違いである。


 機械でありながら有機的な可動を持ち、かつ生物ではありえない頑強さを両立させているからこその荒業だ。強靭というのも生ぬるい足首の出力と、機体全体の動力を連動させての水平跳躍。さらに跳躍した瞬間には姿勢を尾を用いた姿勢制御で巧みに入れ替え、先ほどまで大地を踏みしめていた片足が猛禽の爪のように前方に突き出されている。本調子であったならこれに脚部スラスタの加速が加わるのだが、それが無くともフォーレックスの巨体が砲弾のように魔獣めがけて飛翔する。


 着弾。


 脚部から突っ込んだフォーレックスの、大地を穿つ剛爪が魔獣の外殻に深々と食い込み、さらに剛力をもって割り砕く。その衝撃を受け止めきれず、魔獣は姿勢を崩しながら倒れこんでいく。濃い土煙が立ち込める中に、鋼の竜が軽やかに降り立つ。


『まさか大型ドローンがここにもいたとは! どうなってるのです現在の地上は!?』


「そんな事より、人命! そこの機体、中に人がいるんだろ?! 大丈夫か?」


 鞍の上でアドラーが背後を振り仰ぐ。倒れた人機は、庇うように降り立ったフォーレックスへ何の反応も示さない。まさか既に遅かったのでは、とアドラーの脳裏を最悪が一瞬掠める。


 遅れて答えのように、人機の装甲が軽い音を立てて爆ぜた。


「うわ、爆発した?!」


『緊急脱出装置を起動させただけです。ですが自力ではもう動けないようですね』


「じゃあ、早く助け出さないと……うわ!?」


 不意に、フォーレックスが動き出し慌てて鞍にしがみ付く。眼前では、体勢を崩していた魔獣が大地を揺らしながらゆっくりと起き上がろうとしているのが目に入る。その頭部にある目……フォーレックスの言葉を信じるなら人間殺戮ドローンの無機質なカメラアイの視線が、まるで仇敵を前にしたかのようにフォーレックスへと注がれているのがアドラーにも理解できた。


 いや、事実仇敵なのだろう。フォーレックスは人の為に作られた兵器で、魔獣は人を殺すために作られた兵器だ。


 時を超えて遭遇した宿敵に感極まったかのように、魔獣は雄叫びを上げて襲い来る。果たせなかった宿願を果たさんと、倒すべき敵を倒さんと剛腕を振るう。


 それを紙一重で回避するフォーレックス。


 恐れはない。だが質量の差は圧倒的だ。万が一攻撃を受ければ背後で倒れている人機のようになってしまうだろう。それを相手も狙っているのか、蜘蛛のような多数の節足を振りかざして矢継ぎ早に責め立ててくる。


 こういう時にやる事は一つだ。


「フォーレックス、支援する!」


 鞍の上でアドラーは自動小銃を抜く。前と違って、ストックは体に合わせて調整してるし反動の大きさも理解している。動く鞍の上で狙いをつけるのは難しいが、別に狙撃をするという訳でもない。あくまでフォーレックスの支援が狙いなら、狙いは大雑把でいい。


 狙うは、目。


 そしてアドラーが撃ちやすいように、猛攻を掻い潜るフォーレックスが、一瞬動きを緩やかに止めて、タイミングを叫んだ。


『アドラー!』


「ナイス!」


 マガジン一つ、引鉄を引きっぱなしでばら撒く。その大半が、巨大魔獣の眼前にばら撒かれた。


 怯んだのか、それとも純粋に前が見えなかったのか。巨大魔獣の動きが鈍る。その隙を、フォーレックスは逃さない。


『パワーで、私に勝てると思わない事です!』


 素早く懐に潜り込み、足の一本に食らいつく。普通ならばこの体格さに加え、何本もある脚の一つを抑えたところでどうという事はない。


 普通ならば、だ。


 しかしながらフォーレックス、人類の決戦兵器として生み出されたこの機体は、普通ではない。


 しっかりと咥えた顎をそのままに頭を振り上げればその勢いのまま、魔獣の全身が持ち上がる。尋常でない剛力の発露。だが、フォーレックスからすればなんという事はない。対して魔獣の方は、現状を理解できていないのかあわあわと無意味に足を振り回すばかり。鋭い爪は、しかし空を切るばかりだ。


 そのまま、フォーレックスは魔獣の巨体を近場に放り投げる。


 魔獣の武器である大地を揺るがす巨体、重量。それが、今ばかりは魔獣そのものへ牙を剥く。到底、運用数値を越えた高さから、それも逆さに地面に叩きつけられ、魔獣の体はその衝撃に耐えられなかった。弾けとぶように足が千切れ、甲殻が砕け、どす黒いオイルが吹き上がる。断末魔の一つも上げず、巨大な魔獣はそれきり、活動を停止した。


『動力反応の停止を確認。敵機の完全沈黙を保証。戦闘終了……ふん、でかければいいというものではないのです。巨大化は兵器の発展において回避不可能ですが、大きい事がメリットである事など、ごくわずかでしかない。考えなしに大型化すれば自重に潰されるだけです』


「いや、それをぶん投げるフォーレックスもどうかと思うけど……いやそうじゃない。人! 救助!」


 ばばっとフォーレックスの鞍から飛び降り、各座した人機に駆け寄るアドラー。その後ろを、念のため魔獣に注意を払いながらフォーレックスがついていく。


『大丈夫、体温と呼吸はこちらでもモニターしています。命に別状はないと思いますよ。ただ相当強い衝撃にさらされたようですから、ゆっくり、慎重におねがいしますね』


「ああ! ちょっと手伝ってくれ、挟まってる」


『どれどれ……』


 フォーレックスが、擱座した人機の装甲を咥えこみ、変形した分厚い装甲を紙でも千切るように引きはがす。


 露わになった操縦席。そこには、アドラーとそう年の変わらぬ一人の少年が、額から血を流して気を失っていた。

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